第9話
日中の日当たりが悪いのか、雨が降ったわけでもないのに、足下がゆるくなっていた。
湿気の溜まった臭いがして、この一帯だけ空気が重い気がした。
繁華街のはずれ、薄暗い路地を抜けていくと、弱いが再び明かりが戻ってきた。
進むと、ずらりと古ぼけたスナックが並んでいる。
店から漏れる明かりと、小さな看板の照明があたりを静かに照らしていた。
どの店の間口も狭く、二階建てになっている。
二階は住居になっているのだろう。どこかの店の二階から、テレビの音が聞こえていた。
スナックの入口の明かりを貰うように、女たちが立っていた。
二、三人でつるんでいる女と一人で立っている女、半々ぐらいだ。全部で十数人は居るだろうか。
女たちは秀行を試すような、値踏みするような目で見た。
客はこっちだろ。ぶしつけな視線に不快感が湧き上がる。
ならばと秀行は遠慮なしに女たちを観察した。
若い女など居なかった。きれいな女も。若い頃はきれいだったのではないかという女も居たが、夜目なので信用できない。
民子もそんな女の一人だった。
民子を見つけるのは簡単だった。
香水を馬鹿ほどつけてるおばさん。
基晴の言っていた通り、周囲の店から流れる油の臭いを消してしまうほどの強烈な匂いを放つ中年の女が居た。
女は秀行を見ることなく、空を見ながら、煙草をくゆらしていた。
「民子さん?」
「はい?」
「・・・」
「そうだけど」
民子の目は思ったよりもずっと澄んでいた。
荒れた生活、自分からみたら堕ちた生活をしている女がこんなに穏やかな目をしていることに秀行は怖じた。
「・・・お願いします」
思わず下手に出てしまい、悔しさや羞恥がこみ上げる。
「どうぞ」
民子はそんな秀行の気持ちに気づかず、なんでもないというふうに応えた。
今から知らない男に抱かれるというのに。
男とのやりとりにすっかり慣れきっている民子が、秀行はやはり恐ろしかった。
民子は煙草を放ると、奥へとゆっくりと歩き出した。
店が途切れた奥は明かりが少なく、薄暗い。
そっちへ民子はゆっくりと歩いていく。その足どりはどこか楽しそうにも見えた。
暗い穴の中へ進んでいくのに、この女はどうして。
秀行は民子を見失わないように、そのすぐ後ろについて行った。
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