第8話

 基晴とは十八からの付き合いだ。

 二人は小倉の医療系予備校で出会った。


 基晴は博多の小さな町医者の長男で、秀行は小倉の歯科医院の一人息子だった。

 出会った頃の基晴の口癖は、「弟が馬鹿でヤンキーだから、俺が医者になるしかない」だった。


 秀行は、「俺は一人息子だから、やっぱりなるしかない」と応じた。

 他に選択肢がないと信じていた二人は愚直で純真だったと思う。


 しかし二人はそれほど優秀なわけでなかった。二人は二度の受験に失敗した。

 三浪など、医療系の予備校ではめずらしくもなんともなかった。


 二人は国公立への進学を希望していたので、尚更だった。状況は許してくれていたのだった。


 しかし、若者特有の焦燥感に常に二人を追いつめられていた。

 先に進学を決めたのは、基晴だった。


「おめでとう」

 一人残される不安をひしひしと感じながらも、秀行は基晴の合格を寿いだ。


「おまえも行けば良かったのに」

「え?」

 どこに?


「ほら、あの、スナック通りに立つおばさんのとこ」

「ああ」


 秀行はやっと合点がいく。


「やっぱりあのおばはん、すげーよ。俺、試験のヤマ、ばっちしだったもん」

 秀行は基晴の言葉に苦笑する。


「おまえ、まだ信じてないな」

「だって」


「だってじゃねえよ。俺が生き証人になってるのによ。おまえより成績のずっと悪い俺が受かって、おまえ、落ちとるやん」

「俺とおまえ、同じとこ受けてねえし」


「そりゃそうだけど、おまえA判定とりまくっとったやん。それでも落ちるなんて、運の問題としか思えん」

「・・・」


「このこと俺達に教えてくれた佐藤さんだって五浪してたのに受かったやん」


 基晴は熱心に秀行に説いた。

 何でこいつこんなに一生懸命なん? マージンでも貰ってるんやないか?


「でもさあ」

「でも何だよ」


 ちんぽの先から幸運が吸収されんのか。むしろ出すんやろうに。

 思ったが言えなかった。


「いや、別に・・・」

「おまえ、来年絶対行けよ」


 基晴の言葉に、秀行は首をひねって苦笑したが、四浪目の冬、受験のプレッシャーに耐え切れず、女が夜な夜な立つというスナック通りへと向かったのだった。

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