第23話 決戦開始! それぞれの戦局

 日の出と共に始まった闇魔法師団一掃作戦から六時間が経った。

 作戦通り、自分たちの奇襲を相手側に悟られなかったことが功を奏したのか、構成員三万人に対する圧倒的な数の不利も、今のところ大きな障害とはならず、着々と掃除が進んで行く。


 フェレアの森と山岳地帯の狭間に位置する草原では、非魔法族の騎士たちが長剣を手に敵を薙ぎ倒し、砲弾や銃弾が飛び交う中、雑魚たちを抑制。幾度となく大きな爆発音が鳴り響き、砂塵と石礫が互いの気力を消耗させていった。

 また、その少し先では、王国が誇る魔法騎士たちが歩みを進め、敵と対峙。

 協力者である吸血鬼や小型の竜をはじめとした魔法生物の手も借りながら、相手側の戦意を喪失させるため、各々の力を駆使していく。


 一方、首領及び幹部討伐を一手に引き受け、本拠地への集合を目指すリーシェルたち魔法名家は、それぞれの手段で下手な戦闘を避けつつ、山岳地帯を進んでいた。

 ある者は空から、またある者は森を縫いながら、徐々に敵の奥地へと。

 このまま上手く敵を躱すことができれば、戦わずして本拠地へ乗り込むことも可能だろう。

 自らの体力と魔力の消耗を計算しつつ風に乗っていたリーシェルは、次の瞬間、突然襲い来る紫色の礫に、慌てて身を翻した。


「……ま、そう上手く行くわけないわよね」

「びっくりしたにゃ。リーシェル、敵襲?」

「そうみたい。クロナ、これから敵に突っ込むけれど、無理しちゃダメよ!」

「にゃあ!」

 鎌風を呼び起こすほどの強力な礫を幾度か躱し、やはり戦闘は避けられないと悟ったリーシェルは、敵の位置を確認すると、ヒトガタ化しているクロナに念を押した後で精霊に願いを語った。

 途端、強い風を味方につけた彼らは、地面に向かい疾風となる。

 森の木々が騒めき、草葉がなびく音を聞きながら、二人が地面に降り立つと、そこにいたのは、フードを被った怪しげな男。

 警戒心を露わに杖を握りしめた男は、リーシェルとクロナをじっと見据えている。


「一度だけ言わせてもらうわ。ダグニス・テラーに用がある。怪我をしたくなければ、今すぐそこを退きなさい!」

「そう言われて易々と退く者はないだろう。首領の命により、お前たちを排除する」

「……やっぱりそう返って来るわよね。なら、私だって負けるわけにはいかないんだから!」

 敵対する者同士の常套句とも言うべき言葉を交わし合い、杖を掲げたリーシェルは、すぐさま男の排除に動いた。

 同時に相手も攻撃を仕掛け、二人の声がその場に木霊する。

「風の精霊tourbillon旋風を起こして! 標的はフードの男!」

「石の精霊frapper殴れ! 無数の礫で奴らを葬るのだ!」


 リーシェルは風、男は石、それぞれに願いを語った途端、魔力の結晶である礫が溢れ、精霊たちと共に相手へぶつかる。

 バチン! と大きな音が響き、リーシェルが作り出した旋風が、男が飛ばす禍々しい紫色の礫と石を蹴散らしていく。

 しかし男は不利を悟るでもなくすぐさま杖を上げると、何度も殺傷力の高い魔法を繰り返した。

 森の木々が鞭となり、吹く風は鎌風へと速度を変え、大地が物量的な破壊を試みる。その度にリーシェルは「calme凪いで」と精霊たちに願い、寸でのところで攻撃を躱しているものの、流石幹部と思しき男の魔法は、魔法名家にも劣らぬ強さと総量を持っていた。

 もっとも、この男が闇魔法師団におけるヒエラルキーの、どこに位置するのかは分からないけれど、これだけ魔法を使って消耗が少ないところを見るに、普通の魔法使いでは歯が立たないだろう。

 通常、使うほどに魔力と体力を消耗していく魔法への考察をしていたリーシェルは、予想以上の厄介さに苛立ちと、他の皆に対する心配を募らせ、次の手を繰り出した。


「クロナ。時間をかけるのも面倒だから、ちょっと大きな魔法を使うわね。そっちの雑魚と遊んでていいから、巻き添えにならないように離れて!」

「にゃっ! 了解にゃ!」

 珊瑚を思わせる桃色の瞳に剣呑な光を宿し、リーシェルは男の手下と思われる魔法族二人を相手に、鋭い猫パンチを繰り返していたクロナに言い置いた。

 そして、もう一度男の魔法を打ち消した瞬間、大きく叫ぶ。

「光と風と水と炎の精霊、力を貸して!」

 いきなり四種もの精霊に語り掛けた彼女は、黄緑色の礫を纏うと、男を始末するための魔法を――。



「……うっ!」

「大丈夫か、ティジー!」

 同じころ。山岳地帯の山際をティジーと共に進んでいたフェズカは、突如空から襲来した闇魔法の使い手に苦戦を強いられていた。

 相手はいずれも藍の礫を操る幹部と思しき三名。ティジーもフェズカも魔法名家の一員とはいえ、三人を一度に相手するのは骨だ。

 大地と氷の魔法を駆使し、相手の殲滅を目標に攻撃を仕掛けていると、次の瞬間、不意を突くように背後で大きな爆発が起こった。

「……!」


 ドゥン! と大きな音と共に巻き起こった爆風は、敵に集中していた二人を諸に吹き飛ばす。

 咄嗟の判断である程度の防御は適うものの、この攻撃は彼らにとって痛手となる。

 あちこちに傷ができ、ティジーの額からすぅと赤い血が流れた。

「……! クークス! ちょっと時間、稼いでくれ。ティジーの止血するからよ」

「グルル」

 すると、それを見たフェズカが奥の手として出してきたのは、自身の襟巻となっていた白狐のクークスだ。

 魔力を持つ狐であるクークスは、普段こそ全く役に立たないものの、ひとたび命令となれば、全力で答えてくれる良き相棒である。

 すとんと地面に降り立ち、牙を剥きだしに毛を逆立てたクークスは、狐と見縊みくびる奴らを見据えると、いきなり大きな炎を見舞った。

 そして、大火に驚く奴らに準備の隙を与えず、ガブリと噛みつく。


「ティジー、しっかりしろ。すぐ傷を塞いでやる」

 途端悲鳴が上がり、三人を翻弄するクークス善戦の横で、フェズカは倒れたティジーを抱き起すと、すぐさま自分の魔力エレメントを使って治癒を施した。

 幾筋かの血を流した彼女は、辛そうにフェズカを見上げている。

「ごめんなさい、あなた。足手纏いになってしまって……」

「そんなことで謝るな。絶対に死なせないし、絶対に作戦を成し遂げる。俺たちは、リーシェルを義妹いもうとにしたいんだろう。そのためにずっとあいつを支えてきた。最後までやり切るぞ」

「……ええ。分かってるわ」

 決意を宿すフェズカの灰青色の瞳に押され、ティジーは不甲斐なさを殺すと頷いた。

 彼らには、彼らなりの目標がある。

 だから今まで、この長い年月を支え合って生きてきたのだ。

 治癒を終え、立ち上がった二人は、また幹部たちとの戦いに身を投じた。



「チッ」

「まだまだ甘いな、リンクス」

 一方、フェズカたちから数キロ離れた山の斜面では、リンクスがレシノスの助けを受けながら前へと進んでいた。

 やはり普段国王の付き人として、守りに徹することの多いリンクスでは、騎士団筆頭魔法使いたるレシノスの強さには敵わないらしい。襲い掛かって来る中程度の相手を颯爽と蹴散らすレシノスに、リンクスの舌打ちが飛んだ。

「悔しければお前も騎士団に入るんだな。アフォロニア家の直系男児にも拘らず、騎士団に入隊していないのはお前とルシウスだけだ。まったく、どこで教育を間違えたんだか……」

「うるせ、ジジイ。誰が好き好んで剣なんかブン回すかよ! それより、俺はひとりでいいから先行けよ!」

「そうはいかないだろう。ひよっこを放置して死なれでもしたらリチアに合わせる顔がない。そら、次の相手が現れたぞ!」


 駆け足で斜面を登り、一太刀で雑魚を蹴散らしながら進むレシノスに後れを取らぬよう、リンクスはくらいつきながら、きつく前を睨みつけた。

 レシノスの言う通り、斜面の途中には岩の如く筋骨隆々の男が立ち塞がり、禍々しい紫色の礫を見せている。

 どうやらここでも、幹部との闘いが始まるようだ。

「ついにお出ましか。さあ行くぞリンクス! リチアの仇を取るのが息子だろう!」

「ああ! ……って、母さん別に死んでねぇけどな!」



「ほんっとしつこい! いい加減倒れなさいよ、あんたら~っ!」

 共に金色の礫を出現させ、レシノスとリンクスが幹部と闘い始めたころ。

「文句を言ってもどうにもならんだろう、ナディ。苛立ってないでさっさと倒すぞ」

「うるさい、指図するんじゃないわよ、ルシウス!」

 山岳地帯の中腹では、幹部二人を相手に、合流したナディとルシウスが対峙していた。

 昔から気の短いナディは、いくら攻撃を放っても倒れない幹部たちに早速苛立ちを募らせ、無茶苦茶に精霊たちを酷使している。

 一方、ルシウスは冷静に前を見つめているものの、想定以上に攻撃を回避してくる闇魔法の使い手に、焦りは感じているようだ。

 なんだかんだと背中を預け合い闘うナディに目を向けた彼は、端的に切り出した。


「このままじゃらちが明かないな。ナディ、五分でいいから俺に協力しろ。お前は得意の炎で相手を攪乱、隙を見て俺が光の矢を造り仕留める。さっさと終わらせねぇと首領を前に体力が尽きるぞ」

「……っ。あんたって微妙に強引よね! いいけど! あの人魚ちゃん、よく愛想つかさずにいるなって、感心するわ!」

「そりゃセシリーヌとは運命だからな! おら、無駄話は作戦後だ! 行くぞ!」

 ぎりりと奥歯を噛み締め、不満ながらも作戦を了承するナディに、ルシウスは大声で言うと、今も戦況を見守っているであろう彼女を想った。

 セシリーヌとの約束を果たすためにも、こんなところで倒れるわけにはいかない。

 それにきっと、この状況を見たミネアの判断により、もうすぐ「イリゼの女神」が歌を届けてくれるだろう。


 七つの精霊を纏い、歌の力で世界を救うという女神。

 彼女の歌が上空から届けば、その声に反応した精霊たちの力は、魔力を持つ者が歌う以上の効力を発揮し、力強い煌めきを放つだろう。

 そして、所詮人間の負の感情を魔力に転換しただけの闇魔法の使い手と異なり、精霊の加護を受けた魔法名家の力を最大限に引き出してくれる。


 幹部たちとの闘いが始まりおおよそ半時間。

 勝機はまだこちらにある。

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