第22話 参戦!戦いの渦中へ
「なんだよ、ちゃんと着弾する前に来ただろう?」
「あんた後で覚えていなさい……!」
レシノスの雑な報告に出陣のときを悟ったミネアは、すぐさまリーシェルたちの元へ駆けた。
目の前に見える円卓では、誰もが緊張感を露わに最終打ち合わせを行っており、まだ異変に気付いた様子はない。それに焦りを覚えながら、ミネアは大きな声で叫ぶ。
「先生! 皆さん! 敵方がこちらに気付いた模様です! 一刻も早く、戦闘態勢を!」
「……!」
よく通る少女の声に剣呑な響きを乗せ、声を大きく張り上げる。途端全員の顔つきが一気に引き締まり、場の空気がピリリと凍りついた。
そんな中、一行の頭上に現れたのは、砲弾の雨だ。
「全員散れ! 予定通り闇魔法師団の本拠地に集合だ! 抜かるなよ!」
「リーシェル、気を付けて。オリティナとユタも。あなた達に何かあったら、ヘリゼ兄様に合わせる顔がないわ。ピンチのときは必ず助けに向かうから、絶対に生きて会いましょう」
「うん。おばちゃまたちも無理しないで……」
「ええ。姉様も。みんな、無事で……!」
ドドドォゥン……!
降り注ぐ砲弾の雨を避け、散り散りになった一行は、目的を果たすべく移動を始めた。
フェズカはティジーと先攻し、ラエーレとナディ、リンクスは単身空へ、そしてオリティナはユタと共に森を抜ける。
次に彼らと会うのはきっと、闇魔法師団の本拠地でだろう。
これが最後の別れではないと願い、家族と急ぎ言葉を交わしたリーシェルは、突然の砲弾にしっぽを太くしてしがみつくクロナを撫でると、自分たちも行動を始める。まずはクロナを、例の姿に。そして……。
「私たちも行こうぞ、マクレス。ここから先は一刻の猶予も許さない状況だよ」
「はい、おばば様。チェリフィアおいで。俺から離れないで。セシリーヌさんは……」
同じころ。リーシェルたちから少し離れた森の奥で、ミネアはマクレスとチェリフィア、そしてルシウス、セシリーヌと共にいた。
これからルシウスを除く四人は、敵に目視されない程度に上空から戦況を見守り、必要に合わせて歌を届ける。
きっと彼女たちの出番は、皆が満身創痍となった戦いの後半だろう。
的確に歌を届けるためにも、上手く戦況を見極めなくては。
「……ルシウスは、共には来てくれないのか……?」
そんな中、傍に抱き寄せたチェリフィアを、空に上るため、魔法で大きくした薔薇の花びらに乗せたマクレスは、悲壮感漂うセシリーヌの声に顔を上げた。
二人の近くで互いに見つめ合う彼らは、これから離れることになる。
戦場で離れ離れになることに、セシリーヌは不安を覚えているのだろう。
彼女の長い髪を撫でたルシウスは、優しく笑った。
「ああ。魔法部の職員が誰一人戦渦に投じないわけにはいかないだろ? それに俺は、アフォロニア家の一員だ。魔法名家として、この戦いに参戦する義務がある」
「だが……」
「心配するな。俺は死なない。夢を叶えていないのに、死ぬわけにはいかないからな。だから安心して、ミネア先生たちと共にいてくれ」
普段の気の強そうな雰囲気を潜め、見た目相応の少女らしい表情を見せたセシリーヌは、髪を撫でるルシウスの言葉に頷くと、ぎゅっと彼に抱きついた。まるで、彼のぬくもりを記憶するような行動に、沈黙が落ちる。
本来なら一刻の猶予も許さない状況だと言うのに、誰も彼女の行動を否定はしなかった。
近くでまた、砲弾が落ちたような爆発音が聞こえてくる。
「……死んだら許さないからな」
やがて、ルシウスをぎゅっと抱きしめていたセシリーヌは、リミットを悟ったように呟いた。
本当はいつまでだってこうしていたいけれど、そんな我が儘を押し通すほど子供ではない。
今このときもきっと誰かが傷つき、誰かが倒れている。貴重な戦力であるルシウスを、これ以上引き留めることはできなかった。
「ああ。必ずセシリーヌの元へ戻って来る。約束だ」
「約束。破ったら怒る」
「分かった」
「……セシリーヌちゃんもお乗りなさい。大丈夫、ルシウスは強い。自らのパートナーを信じなさいな」
「はい」
ヒュウと吹いた風と共に、戦地へと向かうルシウスを見送ったセシリーヌは、優しい声音で自分を呼ぶミネアの声に振り返ると、硬い表情のまま、大きな薔薇の花びらに腰かけた。
途端ミネアの魔力の結晶である緑色の礫が周囲を包み、一行は空へ舞う。
「さあ行くよ! 風の精霊、
行先は皆と同じ、闇魔法師団の本拠地近く。
上空とはいえ、敵襲がゼロとは言えないだろう。急襲や流れ弾に注意しながら、ミネアはじっと前を見据え、自分なりの戦いを始めた。
「にゃあ、リーシェル~。着替えたにゃ」
着々と参戦が進み、砲弾や魔法の礫が飛び交う音を間近に緊張感を昂らせていたリーシェルは、茂みの奥から出てきたクロナにコクリと頷いた。
昨日の宣言通り、ヒトガタでの参戦を望んだクロナは今、リーシェルが完成させた変身薬を服用し、エデアによく似た青年の姿となっている。
だが、リーシェル自身がエデアと混同しないようにするためか、彼のねこ耳は頭にちょんとついたままだ。
「何度やってもネクタイを結ぶのが下手ね、クロナ。はい、ちょっとしゃがんで」
「にゃあ……。服にゃんてめんどくさいにゃあ」
「エデアの姿で淫らな恰好されたら私の身が持たないからダメ。はい、ローブ羽織って。あとこれ、フェズ兄がクロナのために作った鉤爪付きの手袋よ」
黒のねこ耳をシュンと垂れ、大人しくしゃがむクロナに、リーシェルは手を伸ばすと微妙になっていない服装を整えた。そして、ヒトガタでも彼の猫パンチや引っ掻きが通用するよう開発された、鋭い鉤爪のついた手袋……もとい、ふわふわの毛並みと肉球まで再現された猫の手のような代物を手渡す。
クロナはヒトガタで戦える手段に満足しているようだが、両手に手袋をはめた彼を見上げるリーシェルは、なんとなく、照れた様子だ。
「にゃあっ! これで準備万端にゃ。……にゃ? リーシェル?」
(か、かわいいわエデア……じゃない、クロナ。でも、彼にねこ耳とねこ手は反則……っ。こんなにかわいいなら、ねこ耳までちゃんとヒトガタ化する変身薬を渡すんだったああ……っ! 効力は持って半日とはいえ、くぅぅ……)
「リーシェル? 大丈夫かにゃ?」
「……っ。大丈夫。私たちも急いで向かいましょう。ダグニス・テラーを倒すのよ!」
リーシェルの「混同しないように」との作戦が裏目に出たおかげで、ねこ耳にねこ手のかわいいエデアが完成した状況に、しばらく悶絶していたリーシェルは、ごほんと咳払いをすると強く意気込んだ。本当ならもうしばらくかわいいエデア……ではなくクロナを愛でていたいものだが、絶対にそんな場合ではない。
だが、逸れないよう彼の手首を掴んだ途端、クロナは何を思ったのか、不意に彼女を抱き寄せた。
「リーシェル、この作戦、絶対に成功させようにゃ。そして、絶対にダグニャスを問い詰めよう。僕、リーシェルのためにゃら、にゃんでもするから」
「……!」
「だから、逸れないでいてにゃ?」
釣り目がちの綺麗な瞳に意志を宿し、クロナはまっすぐにリーシェルを見つめ、笑う。
氷色の瞳が持つ強い熱に、リーシェルはついドキリとしてしまった。これはクロナであり、決してエデア本人ではないと、分かっていたはずなのに。
「クロナ……っ」
「リーシェル、一回だけ、目を瞑っていてにゃ?」
しかし、予想以上の破壊力を持つ視線に戸惑う彼女を見つめ、クロナは傷をつけないよう気を付けながら彼女の頬に触れると、優しく口づけた。
もしこの戦いの果てにダグニスを質し、エデアを回復させるきっかけを得られるとしたら、クロナの持つエデアの
だから一度くらい、口づけを許してほしいと思った。
「にゃあ、ヒトガタだとちょっぴり緊張するにゃあ」
「……っ」
ほんの少しだけ唇に触れ、柔らかく笑ったクロナは、すぐに彼女を離すと、頬を染めるリーシェルを見下ろした。猫のときはすりすりしたり、手や顔を舐めても緊張しないのに、ヒトガタだとどうにも気恥ずかしく感じてしまうのはなぜだろう。
姿が違うことで感じる違和に首を傾げたクロナの傍で、リーシェルは深く深呼吸をすると、どうにか気持ちを切り替えた。
「い、今はそんなことを考えている場合じゃないわ! いい行くわよクロナ! 私たちが出遅れるわけにはいかないんだから!」
数百年ぶりの口づけに動揺する気持ちを何とか
その途中、空で待ち構える幾人かの魔法族と出くわしたものの、彼女の敵ではなく、風を操るリーシェルの魔法に、呆気なく蹴散らされて行く。
眼下に広がるフェレアの森と山岳地帯の狭間の草原では、幾つもの爆発音が鳴り響き、剣と防具を手にした騎士たちが、闇魔法師団の手下と思われる魔法族と闘う姿が見て取れた。
本来、闇魔法の使い手は、人間の負の感情を魔力を使って取り込み、藍や紫と言った禍々しい礫を操るものだが、やはり下級構成員たちの中で、それを使いこなしている者は少ないのだろう。手練れ騎士の斬撃に倒される闇魔法師団の姿を眼下に見ながら、リーシェルたちはできるだけ無駄な戦いを避け、進む――。
(みんなは無事かしら……。ここから先は、闇魔法師団の幹部たちやダグニス・テラー本人が待ち構えている。激しい戦闘は避けられない。だけど、絶対にこの作戦を成し遂げなくちゃ……!)
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