第21話 いざ作戦開始!
「あらリンクス、朝から素敵な飾りをつけてどうしたの?」
翌朝。小鳥の
生意気そうなつり目に不満を燻らせ、眉根に皺を寄せた彼は今、一心にスープの鍋をかき混ぜている。
状況から見てルシウスが殴ったわけではなさそうだが、一体何があったのだろう。
「さっき陛下への報告
すると、リーシェルの問いに唇を尖らせたリンクスは、拗ねた子供のように呟いた。
本人は殴られる覚えはない、とでも言いたげな表情だが、母親でなくても殴りたくなるほどの暴言だ。
「……それは、当然ね」
「ですよね先生。それで、いいから手伝いして来い! ……って家を追い出されたらしいです」
「なんでだよ! 事実を言っただけだ!」
「リンクス……もう一年でいいから学校に通いましょう? あなたは見た目が幼いから学生で通せるし、もう少し常識を学んだ方がいいと思うの」
「ババアに幼いとか言われたくねぇ!」
だが、話を聞いた途端二人が見せる「残念なもの」を見るような視線に、リンクスはさらにつり目を吊り上げた。
早々に
それでも、学生扱いは気に食わなかったようだ。
「朝からうるさいねぇ。何事だい、リンクス……」
「にゃあああ……」
と、朝から大声で騒ぐリンクスの声に叩き起こされたのか、ほどなくして全員がもそもそとテントから這い出てきた。
ルシウスはそれに合わせて朝食を配り始め、場が少しだけ活気に満ちてくる。
そして、パンとスープと果物だけのシンプルな朝食を終え、一行はすぐさま昨日の続きをし始めた。
既に欧州国際連盟派遣の騎士や各国の魔法騎士団は、闇魔法師団の本拠地に向けて出発し、雑魚を中心に粛々と掃除を進めている。
ソフィリス側の筆頭魔法使いであるレシノスは、魔法名家ながらも先陣を指揮し、何かあればすぐにでもこちらに知らせを寄越すだろう。
だからこそリーシェルは、何かが起こる、もしくは本拠地への道が開ける前に、各人の行動を固めておきたかったのだ。
「おばちゃまー、あたしとユタは周囲の警戒に行ってくる。精霊を通して話は聞いておくから」
「……!」
すると、意気込み始めたリーシェルを見つめ、不意にオリティナが明るい声で言い出した。
リーシェルの姪であるオリティナとパートナーのユタは、魔法族でも珍しい、人の心の声を聞ける開心術の得手だ。
その能力を駆使すれば、物影の敵兵にも気付きやすいだろう。
たとえ偵察でも、心の声までを完全に隠すことは不可能だと知っているリーシェルは、二人を交互に見つめ頷いた。
「分かったわ、気を付けるのよ」
二人が警戒してくれるなら、こちらは会議に集中できるというものだ。
「リーシェル先生、私も外してもいいですか?」
そう思い、リーシェルが二人を見送っていると、次にチェリフィアとセシリーヌを伴ったミネアが声を掛けてきた。
心持ち生き生きとした彼女は、
「あら、何をするの?」
不思議そうに首を傾げるリーシェルを見つめ力強く宣言する。
「もちろん、
晴れやかな笑みに好奇心を乗せ、ミネアは拳を突き上げる。
確かに魔法名家を加護する七つの精霊を纏い、歌で世界を救うという女神の伝説が本当なら、それは我々にとって大きなプラスとなるだろう。
だが、彼女を戦場に行かせる気のなかったマクレスは、やけに慌てた様子で。
「お、お待ちください、おばば様! チェリフィアは八方安全な場所で……」
「安心しなさいな、マクレス。彼女らは空から戦況を見守り、ここぞと言うときに歌を届けるだけ。私が傍にいるし、お前さんも一緒さ」
「お、俺もですか……?」
「そうとも。女神が真に力を発揮するには番の愛が重要だからねぇ。お前さんは傍でチェリフィアを守りなさいな」
心底不安そうな顔で、ミネアの言葉に瞳を揺らしたマクレスは、彼女を見つめ口ごもった。
ルシウスの命により、経験が浅いながらもこの場についてきた二人は、自分たちができる最善を尽くそうと決め、今ここにいる。
だが、戦いの切り札として戦場に出向くなんて……。
「私は大丈夫です、マクレス様。ミネア様のためにも、できることをいたしましょう」
「チェリフィア……」
「だからどうか、お守りくださいましね」
「……!」
「……分かった。きみのことは何があっても守るから」
すると、柔らかい笑みで運命を受け入れるチェリフィアに、マクレスは心を決め頷いた。
そして「セシリーヌのこともちゃんと守ってくださいよ、先生」なんて隣でぼやくルシウスと共に、リーシェル側の作戦を聞くため、二人と別れる。
一方、円卓から少し離れた場所に腰を下ろしたミネアは、チェリフィアとセシリーヌを交互に見つめると問うた。
「さて、これが遺跡で見つけた女神の歌さ。かなり昔の古語で、中々に厄介。お前さんらはここらの言語…ソフィス語を理解しているようだが、他に知り得ている言語から類似の文字を見たことはあるかい?」
紙に写した古語を見せ、ミネアは二人に目を配る。
そこには記号のような文字がびっしりと並んでいるものの、音符などの配置を見るに、楽譜なのだろう。
だが、延べ六枚に亘る楽譜を見せ問うミネアに、チェリフィアはしかし、小首をかしげて言った。
「いえ……、残念ながら私が知る言語に、類似のものはありません」
「そうかい。セシリーヌちゃんはどうかな?」
「……七つの
肩を
そこに絶対の自信はないものの、文字を読んでいる風な彼女の呟きに、ミネアは驚いた様子だ。
「読めるのかい?」
「セイレーンの古い文字に似ている。正しいかどうかは分からないけれど、その要領で見ただけです。でも、おそらくは」
「なんと素晴らしいねぇ、ルシウスも良いパートナーを得たものだ。ささ、続きを頼むよ」
コクリと頷き根拠を告げるセシリーヌに、ミネアは笑って楽譜を差し出した。
人との交流を避け、海を生きるセイレーンにも独自の歴史があると聞くけれど、もしかしたら、彼らは過去どこかで、魔法族と関わりがあったのかもしれない。
そう思うと、長い時を経て紡がれた縁のようなものに驚嘆しながら、ミネアは解読を進めるセシリーヌを見守った。
そのころ。
「だあああっ、邪魔だ猫ども!」
「うにゃっ!」
本拠地での行動について作戦を練っていたリーシェルは、フェズカの苛立つ声に顔を上げた。
何事かと思い視線を向けると、フェズカに首根っこを掴まれたクロナと、ナディが連れていた蝙蝠羽の生えた猫の姿が映る。
どうやら二匹は、闇魔法師団の本拠地がある山岳地帯周辺の地図を前に陣取っていたようで、なんとなく、フェズカの邪魔をしていたらしい。
だが、それを見た途端、抗議の声を上げたのはナディだ。
「ちょ、シャドラに乱暴な真似しないでくださいよ!」
「なら、しっかり面倒見てくれ。リーシェルもな」
そう言ってフェズカに押し付けられた生き物――シャドラと呼ばれる中欧の固有種を、ナディは慌てて抱っこした。
シャドラは主人と認めた者に対する強い忠誠心と守備力を持つ希少なペットで、本来魔法生物学的に大事にすべき種なのだが、緊張感が漂うこの状況で気が立っているのだろう。
「僕は地図を見てただけにゃ」
そっぽを向くナディと、それを横目にまた地図を見るフェズカの一触即発に肩を竦めたリーシェルは、序でに文句を言うクロナを撫でながらそれぞれを諫めた。
「みんな落ち着いて。話を元に戻しましょう。これで作戦は凡そ決まったけれど、特に重要なのは、最終的に各魔法名家が本拠地へ集うことだと思うの」
目の前に集う面々をじっと見つめ、リーシェルはハッキリとそう告げる。
加護を受けた七つの精霊の力をひとつに合わせる、これが過去の文献に書かれた魔法の力を最大限にする方法だ。奴らを完全に打ち砕くためにも、本拠地に最低各一人は辿り着く必要があるだろう。
「そうですね。少なくとも、ミネア先生とマクレスは上空から魔力を届けることが可能でしょうし、あとは我々、
「だといいわね。それに「
実力と自信と、一抹の不安。
それらを抱えながらも努めて明るく言うルシウスに、リーシェルは小さく微笑んだ。
きっと、こうしている間にも出陣のときは迫っている。
「よぅ、ミネア」
遠くに響く戦いの空気を感じながら、各々が作戦を詰めていた、そのとき。
「レシノスじゃない。あんた前線の見張りに出てるんじゃあなかったの?」
不意にミネアの傍に、軍服姿のレシノスが現れた。
ちょうど楽譜の解読を終え、リーシェルたちとの合流を試みていた彼女は、突然現れたレシノスに不思議そうな顔をしている。
「ああ、それなんだがな……」
ヒュウ……ッ
「……! 木々の精霊!」
だが、それ以上言う前に、彼らの元へ飛んできたのは砲弾だった。
咄嗟にミネアが精霊に願い、受け止めたおかげで実害は出なかったものの、これはまさか……。
「敵襲。俺たちの動きに闇魔法師団の幹部たちが気付いたらしい」
「もっと早く言いなさいな!!」
嫌な予感を募らせる彼女に、レシノスは不遜な態度で咲笑う。
途端、ミネアの文句が森中に響き渡った。
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