第19話 世界を変える男

 木々の間を縫うように吹く風が、椎の木の葉を揺らす。

暗紅紫色の木蓮が春を感じさせる森の中、闇魔法師団の因縁と歴史を紐解いた一行は、今まさに作戦内容へと話を進めていた。


 奴らの本拠地は、ここから東の山岳地帯に存在し、構成員は三万人と言われるほどの規模を誇る。今回はそこを連盟と王国、そして、ここに集まった実力者たちで襲撃し、大規模な戦争へと発展する前に叩くことが目的だ。

「この案件には迅速な実行が求められます。ぐずぐずしていては、こちら側の動きを悟られる可能性もある。説明後、皆様には即時動いていただくことになると思いますので、聞き逃しのないよう、お願い申し上げます」

 宙に大きな地図を掲げ、奴らの本拠地だと思われる場所を指しながら、ルシウスは集まった全員に目的と危機感を共有した。

そして、全員が息を呑む中、こちら側の陣営を簡潔に語り出す。


「欧州国際連盟からは、非魔法族の騎士が七千名ほどこの地へ集結しています。流石に闇魔法を操る実力者相手では敵わないでしょうが、誘導役として雑魚を相手にしてもらう予定です」

「なるほどなぁ。雑魚に捕まることほど体力の無駄遣いはないもんな。んで、俺らはどこ行きゃあいいんだ?」

「順番に説明しますよ、師匠。それとも、ぜひ本拠地へ乗り込んでください! ……て説明だけでいいですか?」

「よし来た」

 すると、長い会議に飽きてきたのか、どうにも端折りたがるフェズカに苦笑しながら、ルシウスは最後に言おうと思っていたことをさらりと告げた。

魔法部の作戦では、闇魔法を覚えたての雑魚の相手を連盟派遣の騎士が、それなりの実力者を魔法王国の騎士が、幹部クラスを魔法名家が相手にするのが妥当だと考えていた。

 正直、戦いに慣れている魔法騎士団でも、純粋な強さでは魔法名家には敵わない。

だからこそ、ここにいる魔法名家で本拠地に乗り込んでほしいと慎重にお願いするつもりが、随分あっさりしてしまった。

フェズカは気負うことなく意気込んでいるものの、他の面子はどんな反応を示すだろう。


「……やっぱりそうなるわよね」

「でもこれは、ダクニス・テラーを直接問い詰めるチャンスよ、リーシェル。私は行くわ」

「めんどくせ。俺は後方がいいぞ、叔父さん」

「行儀悪いねぇ、リンクス。先陣切るのはアフォロニア家の宿命だよ。諦めなさいな」

「あたしはどっちでもいいけど、あんたに指示されるのは癪だわ、ルシウス」


 そう思って周囲を見回すと、リーシェルは諦めたように頷き、ラエーレは意気込む。その近くでリンクスは足を組んで嫌がり、ミネアはたしなめ、ナディは曖昧に遠くを見て……と、その反応はバラバラだが、思った以上に否定の声は上がらなかった。

やはり、どこでどんな職業に就いていようと、有事の際、王国の盾であり矛であれと育った魔法名家にとって、この展開は想定内なのだろう。

リンクスの声だけしれっと無視しつつ礼を告げると、すっかり会議は終わった顔で伸びをするフェズカが、ふと気になったように言った。


「そういや、俺らが本拠地突っ込んで、その他が雑魚を抑えるって作戦は分かったが、周りはどうするよ? 北の帝国に救援を求められちゃあ、いよいよこっちの数的に厳しいし、逃げ道を与えるのも利口とは言えないだろ?」

「その点はご心配なく。俺とセシリーヌがここ三十年程で培ってきた伝を使いますので」

「伝?」

「ええ。俺たちは世界中のすべての種族が手を取り合う世界を目指し、これまで欧州各地を旅してきました。そこで出会った様々な種族の力を今回借りる予定なんです」

 抜かりなく下準備を進め、師匠の問いに力強く頷いたルシウスは、円卓でお茶とお菓子を配っていたセシリーヌに目を遣ると切り出した。

 年間十を超える国々を仕事ついでに訪れ、交流を図る彼らの助っ人は多様性バラエティに富むらしい。

魔法生物学者として再び興味をそそられながらフェズカが聞くと、ルシウスはもう一枚資料を取り出して言った。


「俺たちの作戦に協力してくれる助っ人は以下の通りです。まずは、老齢の 三十名……」

「おいおい吸血鬼!? あぶねーだろ、それ」

 だが、説明も束の間、第一項目で目を見開いたフェズカの声に、全員が振り返った。

吸血鬼といえば、人の生き血がご飯な奴らだ。来てもらっても、こちらに害が及ぶだけではないだろうか。

「普通はそうなんですけどね。彼らはどうやら年齢が上がるほど、吸血意欲が下がるようなんです。ライランド王国に定住している彼らと交流し、危険がないことは実証済みです。平均年齢七〇〇歳くらいですかね。力は申し分ないので、戦力にはなりますよ」

「そ、そうか……」

「あ、ちなみに彼らへの報酬はショットグラス一杯分の血液です。あとで皆様、献血にご協力を」

「あ!?」

「次に、北欧の竜使い少数民族 二十五名。彼らには、山岳地帯と北の帝国の間に待機してもらって、万が一にもかの国へ救援を求められないよう、妨害をお願いしています。また、山岳地帯から北に逃げた場合は、その地に棲むケンタウロスが、クウィンザー側から海へ逃げた場合はセイレーンがそれぞれ対処してくれる予定です。あとは小人及び魔法生物が……」


 ころころと表情を変え、何か言いたそうな顔で口を開く師匠に言葉を挟ませる隙も与えず、ルシウスは指折り助っ人とその立ち位置を説明した。

彼らの協力により、闇魔法師団の逃げ道はなくなることだろう。

あとは自分たちが仕事をこなすだけだ。


「流石、すべての種族が手を取り合う世界を掲げるだけあって、凄いわねルシウス」

 そう思って話すと、傍で説明を聞いていたリーシェルは、感心したように息を吐いた。

これなら圧倒的な数の不利も、作戦次第では追い込めるかもしれないと希望が見えてくる。

「ええ。皆が雑魚や離脱組を抑えている間に、本拠地潰して戦意喪失させましょう、先生!」

「ブフッ……」

 だが、ルシウスが掌を握りしめ力強く宣言した、途端。

不意にリーシェルの斜め後ろから小馬鹿にしたような笑いが聞こえてきて、鉢植えを愛でていたナディがお腹を抱えている姿が目に入った。

今までのやり取りを振り返っても、笑いが起きるような場面ではなかったと思うのだが、一体何事だろう。


「すいません。だってルシウス、すっごく真面マトモなことを言ってますけど、すべての種族が~ってあれ、動機が不純なんですよ。知ってます?」

「不純?」

 何かがツボに入った様子で肩を震わせるナディを不思議に思って問うと、彼女は笑いをこらえながら切り出した。

 異端審問の時代は去れど、相変わらず非魔法族優先のこの世界において、種族間平等を掲げるルシウスの考えは立派だろう。にもかかわらず、不純扱いする理由が分からなくて、おうむ返しするリーシェルに、ナディはなおも、幼馴染みだからこそ知る事実を暴露する。


「はい。ルシウスの最終目標は、すべての種族が人間と同じ世界に戸籍を持てるようになることだそうです。でもそれって、単純に今はまだ地上に戸籍を持たない愛しの人魚ちゃんに戸籍それを与えて、正式な夫婦になりたいからなんですって。不純ですよね」

「それのどこが不純なんだよ。いいだろう、別に」

「だって、そのために世界を変える~なんて英雄ヒーローっぽいこと言っているくせに、動機は結婚願望だなんて不純じゃない! もっとマシな理由ないの?」

「人間より動植物命なお前が言うな。それに俺は英雄ヒーローには興味がない。ただ、セシリーヌと結婚するためなら、世界くらい変えてやる。それだけだ!」


 リーシェルへの説明がいつの間にか喧嘩へと発展しながら、ルシウスは大きな声で宣言した。

途端、近くでマクレスやチェリフィアと共に様子を窺っていたセシリーヌが、真っ赤になって俯いている。

やはり長く一緒にいるとはいえ、こんな場所で公開プロポーズ然とした宣言をされるのは恥ずかしいのだろう。

それに気付いたリーシェルは、微笑ましく思いながらも小さく笑って言った。

「ほらほら、セシリーヌちゃん照れちゃったし、二人とも喧嘩しないの。まったく、アフォロニア家の男共ってすぐ女の子と喧嘩するんだから。ここは教室じゃないのよ~」

「すいません。完全ナディのせいなんで」

「なんであたし……」

「そこまで~。今は喧嘩より作戦会議の方が大事だわ。ルシウスと助っ人のおかげで退路は断てても、肝心の私たちが奴らを追い込めなきゃ意味がないんだから」


 ぽんぽんと手を叩き、いつまでも続きそうな喧嘩をいさめたリーシェルは、話の軌道を修正するともう一度周囲を見遣った。

自分たちが横道に逸れたせいか、円卓に集っていた面子も既に会議は終わった顔でそれぞれに話している。

あとは本拠地に乗り込む側の作戦を決めるだけとはいえ、時刻はもう夕方だ。

悠長におしゃべりばかりはしていられないだろう。


「大丈夫にゃ、リーシェル。僕が力になるからにゃあ」

 すると、近くにいた魔法名家の面々を見回し、話を固めようとしたリーシェルに、一番に協力を示したのは、会議中毛玉になっていたクロナだ。

円卓からぴょんとリーシェルの腕の中へ飛び乗り、すりすりと頬擦りをした彼は、喉を鳴らして語り出す。

「リーシェルが完成させた変身薬を使って、僕はエデアの姿で参戦するにゃ。きっと、ヒトガタの方が敵を倒す力ににゃれる」

「……!」

「僕あの姿好きにゃ。リーシェルをぎゅーってできるんにゃもん。きっとうまく行くにゃ」

 リーシェルに対する甘えと強い意志を乗せ、クロナは嬉しそうにくっついた。

正直、クロナ参戦だけでは作戦に微塵の進捗もないのだが、自信満々にごろごろ喉を鳴らされると言いづらい。

しかしここは、リーシェルからはっきり……。


「そうね、ありがとう。クロナがいれば百人力だわ。みんな歴戦の猛者だし、何とかなるわよね」

「にゃあっ」


 そう思って誰もがクロナに注目する中、リーシェルだけは嬉しそうに笑った。

どうやらこれで、今日の作戦会議は終了のようだ。

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