第18話 闇魔法師団との因縁
「はぁ~、話が長げぇよババアども。ったく、ここは親族集会の場所じゃねぇぞ」
「……!」
ルシウスをはじめとした魔法部職員に促され、森の中に設置された大きな円卓に赴くと、遠巻きに話を聞いていたらしいリンクスの文句が聞こえてきた。
ホワイトベージュの髪をバリバリと掻き揚げ、行儀悪く椅子に腰掛けた彼は、細めた青い瞳に呆れを乗せたまま、こちらを見つめている。
だが、またしても挨拶もなくババア呼びするリンクスに、リーシェルは肩を
「ねぇルシウス……あなたの甥っ子生意気過ぎない? どんな教育しているのよ」
「いや、知りませんよ。俺だって数日前初めて会ったんです。姉さんからは「恥ずかしがり屋で人と会うのが苦手なんだ」って聞いてたんで、俺もびっくりなんですから。
「うるせーぞ、叔父さん」
わざとらしく声を潜め、リンクスをちらちらと見ながら、二人は彼について語った。
ルシウスの甥であるリンクスは、子供のころから年の近かったソフィリス王の付き人のようなことをしており、就学は一年だけと短い。
だが、王族の付き人にはありえない口の悪さで、彼女たちの記憶に濃く残っているようだ。
「あら、あんたの若いときにそっくりだと思うけれど? ルシウス」
と、徐々に人が集まり出す中、次に声を掛けてきたのは赤い髪の少女だった。
炎を思わせる瞳に勝気な笑みを浮かべた彼女は、蝙蝠羽を生やした猫っぽい生物を肩に乗せ、なぜか青薔薇の鉢植えを抱えている。
「ナディか。ようやくお出ましかと思えば、いきなり心外だぞ」
「遅れたことは謝るわ。でも仕方ないじゃない。植物研究所の鍵当番だったのよ。先生方もお久しぶりです」
そう言って、大事そうに鉢植えを抱きしめた彼女は、ルシウスに軽口を叩いた後で、リーシェルたちには丁寧に頭を下げた。
赤毛が印象的なこの少女は、ルシウスと同い年の幼馴染みで、炎の精霊の加護を受けた
「久しぶりね、ナディ。魔法植物の研究について色々聞きたいところだけど……」
「お話し中すいません。ルシウスさん、今回お呼びした全員揃った模様です」
「みんな集まっちゃったみたいだし、あとでお話聞かせてね」
「もちろんです。先生の魔法薬のこともぜひ聞かせてください」
「えー、この度はお集まりいただき、感謝申し上げます。全員揃いましたので、これより闇魔法師団との因縁、及び、一掃作戦の最終打ち合わせをさせていただきます」
マクレスの呼びかけに雑談を終わらせ、ドーナッツ状の円卓の中心に進み出たルシウスは、改めて礼を告げると、そう切り出した。
名だたる魔法族が集う中、臆せず声を張り上げる彼に、全員の視線が向けられる。
すると、それを確認したルシウスは、心地よい春風が常緑樹を揺らす森にて、闇魔法師団に関する歴史と因縁を紡いだ。
「さて、皆さんもご存じかとは思いますが、闇魔法師団と呼ばれる連中が最初に姿を見せたのは、十四世紀のことだと言われております」
「……!」
「人が持つ羨望や嫉妬といった負の感情を、
中世からの歴史をざっとなぞるように、資料を手にしたルシウスは滔々と語った。
ここに集められた七十数名のうち、八割を占める魔法名家の中でも、この時代の歴史を知っている者はほんのわずかだろう。
堂々と欠伸をするフェズカや、円卓の上で丸くなるクロナのブラッシングを始めたリーシェルにとっては蛇足かもしれないが、作戦決行にあたり、事実確認は重要だ。
出来るだけ手短に終わらせようと、ルシウスはその先を語る。
「……ですが、決してしっぽを掴ませない奴らの手口と、異端審問の影響もあって、連盟が奴らと罪人の繋がりを最初に決定付けたのは、一七三〇年と随分遅かったようです。このとき闇魔法師団は、事件で更迭された大臣を隠れ蓑に、西欧への足掛かりを得んと画策……」
「その事件なら知っているわ。在位歴四十年を誇る大臣の悪事を、勇気あるご令嬢が打ち砕いたルリエル王国の件よね。当時新聞でかなり話題になっていたもの」
すると、聞いていないようで聞いていたのか、クロナの抜け毛を毛玉にして遊びながら、リーシェルは当時を思い出したように呟いた。
普段国の外に出ることのない彼女たちも、欧州国際連盟が発行している連盟新聞には目を通しているらしく、内容を語れる程度には詳しい模様。
それに頷いたルシウスは、資料をめくりながら言った。
「流石先生。もしかしたら承知のことも多いかもしれませんが、ご容赦を。さて、この事件をきっかけに闇魔法師団は、その存在を顕著にしながら暗躍を続けて行きました。ここ一三〇年程の歴史の中で、欧州を騒がせたほぼすべての革命と戦争に関係していると我々は見ています」
「でもどれも、あんまり上手く行かなかったんだろう? おかげで今世紀に入ってから、奴らによる魔法名家暗殺が勢いを増してるもんなぁ」
「ええ。うちの姉さんも危うく死にかけましたし、親族が被害に遭われた方も多いでしょう。ではここから、彼らが今になって、大っぴらに戦争を仕掛けてきた理由と思われる、大きな事件を三つ挙げさせていただきますね」
円卓の上へ行儀悪く足を上げ、いかにもテキトーに聞き流している風なフェズカに、ルシウスは苦笑すると、さらに一枚、資料をめくった。
そこには、これまでも様々な悪事を働き、しかし幾度となく阻止されてきた闇魔法師団が、数百年の暗躍を経て、今さら戦争を仕掛ける気になった理由と思われる事件の詳細が、事細かに記載されている。
「まずは一八五六年に終結を見た、クリミアでの戦争です。表向きは欧州国際連盟と、不凍港奪取を試みる北の帝国との戦いだと言われていますが、その実、闇魔法師団は北の帝国と組み、連盟や魔法王国の弱体化を狙っていた模様です」
「……!」
「
資料と共に歴史の流れを一気に進め、まだ記憶に新しい戦争の話をした途端、この場の空気が幾らか冷たくなったように感じた。
休戦協定の締結からまだ三年余り、実害を受けた関係者も、少なくはないのだろう。
選ぶべき言葉に注意しながら、ルシウスはさらに説明を続ける。
「次は一八五七年の夏に起きた、アイビア王国によるエイビット王国への軍事侵略です。この件に際し闇魔法師団は、アイビア国王を煽り、軍事侵略を実行させ、欧州国際連盟からの糾弾・除名を画策。後ろ盾を失った大国を手中に収めんと計画していた模様です。しかし、彼らの思惑とは裏腹に、アイビア王国は除名を免れました。そこには王太子殿下の懸命な説得があったようですが、またしても計画が挫かれ、奴らの怒りは溜まっていきます」
「……!」
「そして、この怒りに拍車をかけたと思われるのが、軍事侵略とほぼ同時期に起きた、フランヴェーヌ王国での
欧州を騒がせた多くの事件に関与していると言った自身の言葉を裏付けるように、ルシウスは、波紋を呼んだ二つの事件を簡潔に語った。
途端、空気はさらに冷え、手足が震えるほど、吹く風も冷たく感じる。
すると、この場に落ちる重たい雰囲気を払拭しようと思ったのか、徐に
「こうして、立て続けに阻害を受けた闇魔法師団は、邪魔者を一掃するため、連盟と魔法族に戦を仕掛けようとしている……というのが、集めた資料を基にした我々の見解です。さてマクレス、お前は当事者として何を思う?」
「え。いや、いきなり振らないでくださいよ。こちらとしては、正しいことをした末の逆ギレ他ならないですからね」
と、ルシウスの隣に立ち、進行の補佐をする形で話を聞いていたマクレスは、目を瞬いた後で困ったように呟いた。自分たちが武器の供給源を断ったことは事実だが、まるで戦争のトリガーを引いたと暗に言われているみたいだ。
そのことを気にしたマクレスは、彼の真意には気付かぬまま、補足事項として言った。
「それに、アイビア王国の件にしても、レイル王太子の懸命な説得がなければ、闇魔法師団の思惑通りに進み、今頃もっと悲惨な事態になっていた可能性もあるんですからね。尤も、彼は先の軍事侵略に大変心を痛めていたので、こちらの件は伏せておきたいですけれどね……」
「確かに自国を救うための説得が、他方で戦争を招く引き金になっていただなんて知らせるのは酷だな。歴史書に載るまで他言無用としておこう。さて……」
職員同士のささやかなやり取りの末、資料を下ろしたルシウスは、今一度円卓に集う人々を見回すと、彼らが事実を呑み込むまで待った。
ここまで一気に説明してしまったが、奴らが戦争を仄めかしている以上、早急に根幹を叩く必要があるだろう。
そうしなければ最悪この戦が、世界中を巻き込むほどの事態にだって発展しかねない。
それだけは、何としても……。
「奴らとの因縁は分かったわ、ルシウス」
すると、秘かに焦る心内を抱え黙り込むルシウスに、代表してリーシェルが口を開いた。
先ほどまでの様子と違い、瞳に強さを宿した彼女は、その先を語り出す。
「じゃあ次は、具体的にどう奴らを一掃するのか、そちらに話を移しましょう」
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