第17話 集結! かつての教え子と欧州国際連盟魔法部

「あら~、ルシウスじゃない! やっぱり来ていたのはあなただったのね」


 ビストルの町外れから、案内役の梟に連れられ三十分。

気持ち引き締まった表情で獣道を歩いていたリーシェルは、開けた場所に出た途端、自分たちを迎える青年に気付いて笑みを見せた。

大きな会議室を思わせる円卓が並ぶ中、ルシウスは他の職員たちと共に頭を下げている。


「お久しぶりです、先生方。今回は王国と連盟の作戦にご協力いただき、感謝します」

「あなたも遠いところから大変ね、ルシウス。レシノスとはもう会ったの?」

「ええ。相変わらず、お前は騎士にならなくて……ってお決まりの文句言ってましたよ」

「まぁ、ふふ」

「というか、堅苦しいなぁ、おい、ルシウス。いつも通り気楽でいいんだぞ?」

 改まったように胸に手を当て、礼を述べるルシウスに、リーシェルは笑い、フェズカは握手を交わしながら声を張り上げた。

どうやら職員の中では、ルシウスだけがリーシェルたちと旧知らしく、皆口々に彼の名前を呼んでいる。

すると、懐かしい彼らとの再会に、後ろ三名を若干気にしながら、ルシウスは苦笑して言った。

「いやぁ、今回は魔法部職員代表として、こいつらをまとめる側でもあるので、そうもいかないんですよ、師匠。クークスも元気そうで何よりです」

「フーン。じゃあこの子たちはみんな部下か?」


 切れ長の青い瞳に苦笑を乗せ、半歩後ろに控える彼らを見遣ったルシウスに、フェズカは興味を示した顔で問いかけた。

 フェズカを師匠と仰ぐルシウスは、陽華ようかの一族・アフォロニア家の出身で、魔法部の中でも魔法生物の保護・調査をメインとする魔法生物課に所属している。

もしかしたら後ろの面子も、同じような部署で働いている子たちなのかもしれない。

「大体そんな感じですね。取りえず紹介しますよ」

 と、見覚えのない職員たちを警戒しているのか、今のところ一切発言しないティジーやミネアも見遣りつつ頷いたルシウスは、徐に三人を振り返った。

そして、まずは自分の右側にいた、水色の長い髪に、青紫色の釣り目が印象的な、少しばかり気の強そうな女性に目を向けて言う。

「彼女はセシリーヌ。俺のパートナーです。元は地中海の海淵かいえんにある、シーメルという王国の第三王女で、縁あって三十年ほど一緒にいるセイレーンです」

「せ、セイレーンって、少し前まで海の魔物と呼ばれていた人魚か!? 本物なのか!? 海の生き物なのに、陸にいて生きられるのか……!」


 柔らかい笑みで彼女を見つめ、ルシウスが紹介すると、すぐさま反応を見せたのはフェズカだった。

人間との交流を得手としない種族として、長年生態が謎に包まれていたセイレーンに、魔法生物学者の血が騒いだようだ。

セイレーンと言った途端、子供のように目をキラキラさせて問う師匠を見つめ、ルシウスは続きを説明する。


「もちろん本物ですが、彼女の場合は少し特別ですね」

「……!」

「セイレーンは本来、海でしか生きられない種族です。彼女たちは海水を失うと、鰭や鱗といった特徴を失い、ほとんど人と変わらない姿になる。そして長く地上に居続けると、いずれは魔力まで失ってしまうそうです。セシリーヌはそれを防ぐため、海と同じ要素エレメントを持つ、海玉珠かいぎょくしゅという宝石を身に着けているので、こうして地上でも生きていられるんですよ」

「なるほどな。水じゃなくて海水が必須なのか! じゃあ今は海玉珠を身に着けているおかげで、脚は人と同じになりつつも、力は失わずに済んでいるってことだな」

「その通りです。他に質問があれば後程聞きますので、まずは紹介を済ませてもいいですか?」

 好奇心の塊となり、首を伸ばしてセシリーヌを観察するフェズカに、ルシウスは同じ魔法生物好きとして共感しながらも、やんわりとそれを制止した。

やはり師匠とはいえ、自分のパートナーをじろじろ見られるのは嫌なのだろう。

ごほんとひとつ咳払いをしたルシウスは、次に自分の左側にいる二人に目を向けて言った。


「この二人は、中欧にあるフランヴェーヌ王国のマクレス・ベルグリア公爵と奥さんのチェリフィア夫人です。不思議なことにマクレスは魔法名家の血を…――」

「ベルグリアだって!? なんと。では私の孫の子?…いや孫の孫かねぇ」

 若草色の髪にエメラルドグリーンの瞳をした青年と、その隣に立つ、白銀の髪にレモンイエローの瞳をした穏やかそうな少女の名前を出した途端、ルシウスの声を掻き消すような反応を見せたのは、後方で様子を窺っていたミネアだ。

思わずフェズカを押しのけて飛び出してきた彼女は、困惑する周囲をよそに口を開くと、

「ラウディ・ベルグリアはお前さんの何に当たる子だい?」

「え、えっと、そちらは俺の祖父ですね……」

「そうかい! ではやはり孫の孫だねぇ。マクレスと言うのかい。嬉しいねぇ。よく見ると色は私に、顔立ちはキュリスに似ているよ。なんだか涙が出てきたねぇ……」

「え、マクレスがミネア先生の孫の孫? ……なんですか?」

 話を聞くうちに、感極まった様子で目元を抑えるミネアに、ルシウスは慌てた顔で声を掛けた。

確かに彼女は出戻りだと聞いたことがあったけれど、それでも偶然過ぎる出会いに、驚きを隠せないようだ。

「そうだよ。私は一七三〇年にベルグリア家へ嫁いで、一七八三年にこっちへ戻って来たんだ。よし、かわいい孫の孫たちよ、もっとよく顔を見せておくれ」



「……ルシウス、取り敢えず私たちにだけ紹介の続きしてくれる?」

 今にもぎゅうと抱きしめそうな勢いで両手を広げ、彼らに近付くミネアに、リーシェルは小さく笑んだ後でルシウスを促した。

非魔法族との婚姻に悩み、夫が永眠した後は、魔力を持たなかった子供たちを置いてこちらに戻ってきたミネア。会いたくても会えなかったであろう彼らに、思うこともあるだろう。

短い時間とはいえ、会話を楽しんでほしいと願いながら声を掛けると、呆気に取られていたルシウスは気を取り直したように、続きを言い出した。

「え? ああ、はい。マクレスは中欧の公爵家の人間なんですが、森の精霊の加護を受けていて、身の内に魔力エレメントを宿しているんです。まさかミネア先生の子孫だったとは…驚きました。取り敢えず、色々あって一年程前から自国の大臣と魔法部の職員を兼任している、俺の部下です」

「色々……?」

「そこは後で説明しますよ。そして奥さんのチェリフィアは侯爵家出身の非魔法族なんですが、なぜが彼女のには精霊たちが反応するんです。先生方は理由とか分かったりしますか?」

 実に特異な夫婦……と言わんばかりの表情で、ルシウスは彼らのことをそう語った。


 この世界に数多存在する精霊エネルギーたちは、魔力エレメントを宿した者の歌声に鼓舞され、力を増すと言われている。

イオルシュタイン魔法学校でも選択科目として声楽が存在し、大きな魔法を行うときには併せて歌を用いることも多い。

尤も、聞けば精霊がと噂のリーシェルは、周囲から歌を禁じられているので、機会に恵まれないものの、歌の力はよく分かっていた。

だが、非魔法族の歌声に精霊たちが反応するなんて……。


「聞いたことのない例ね。精霊たちは歌に籠められた魔力に反応する。もし本当に非魔法族の子が精霊を鼓舞できるとしたら……」

「それはもう「イリゼの女神」しかありえないですねぇ」

 周りと顔を見合わせ、首を傾げながら話すリーシェルに、マクレスとチェリフィアをぎゅうぎゅう抱きしめていたミネアは答えを引き取って言った。

 「イリゼの女神」とは建国神話に登場する伝説的な女性のことで、彼女は魔力を持たない存在でありながら、魔法名家を加護する七つの精霊に愛され、彼らの力をまとい、歌によって世界を救ったと言われている。

実際は、戦乱を治め、国を統べた初代国王の伴侶として、建国に貢献したことから名付けられているのだろうと言うのが、学者たちの見解ではあるものの、そのくらい非魔法族が精霊を鼓舞するなどありえないことだった。



「でもそれなら、マクレスが私の血を濃く受け継いだ甲斐もあるというものです!」

 と、誰もがチェリフィアの事例に首を傾げる中、ミネアだけは嬉しそうに表情を綻ばせ、さらにテンションを釣り上げた。

彼女は魔法民俗学者として神話・民話・伝説をこよなく愛し、学生時代から「イリゼの女神」にとても興味を寄せていた。そんな特別な存在かもしれない女の子が、自分の孫の孫の嫁として現れたことに、喜びを隠しきれないのだろう。

「「イリゼの女神」は文献によると、不遇な環境に生まれ、真の愛を得たときに覚醒する存在だそうです。だから私は、女神を愛し守る運命を得た子にだけ、自身の魔力をあげたいと願っていたんですよ! もっとも、息子も孫も非魔法族でしたが……。でも、いつかこんな日が来ると信じていました!」

「そ、そう。おめでとう、ミネアちゃん」

「はい!」

「まあ、女神の話は今から二千年くらい前のことだし、不確定要素も多いけれど……と、取り敢えず、みんなのことは分かったから、話を今回の作戦に戻しましょうか」


 近年稀に見るハイテンションで饒舌に語り続けるミネアに、リーシェルは苦笑すると、視線をルシウスに戻して言った。

ミネアの子孫と不思議要素に話がずれてしまったが、今は闇魔法師団一掃作戦のときだ。

いつ何を仕掛けてくるか分からない奴らの情報に、話を戻した方がいいだろう。


「……そうですね。では先生方もあちらの円卓にお掛けください。奥で待機していた魔法名家の方々もじき集合するはずです」

 すると、リーシェルの声掛けにひとつ頷いたルシウスは、奥に見える円卓へ彼らを促した。

各席には分厚い資料が置かれ、先行していた魔法名家を始めとした屈指の実力者たちが、ちらほらと着席している。

その見知った顔に表情を引き締めたリーシェルは、いつの間にか肩を離れ、円卓で寝転ぶクロナを追って歩き出した。

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