第15話 因縁と参戦の引き金
「だっ、ダグニス・テラーだって!? おい、そいつはもう数百年も前に死んだはずだぞ!」
「私もそう思っていた……。た、確かなことなのでしょうか?」
欧州各地で暗躍を続ける闇魔法師団を一掃したい。
集められた王宮で、召集の理由を聞かされたフェズカとラエーレは、固まるリーシェルを気遣いながら、闇魔法師団の首領だというダグニスの名に反発した。
リーシェルが許婚であるエデアとの未来を失ったあの日、フェズカたちは彼女の強い
なのに、その名を、五〇〇年以上経った今、聞かされるなんて……。
「間違いはない。欧州国際連盟魔法部が、何十年もかけてやっと先日突き止めた情報だ。死んだという噂も確かにあったようだが……。お二人は奴について何か知っているのか?」
すると、予想外の話に、思わず過剰な反応を示す二人を見つめ、クウィンザー王は答えと共に疑問を放った。
おそらく彼は、情報を集めることによって、それを闇魔法師団の一掃時に生かそうとしているのだろう。だが、彼の問いかけにようやっと冷静さを取り戻した二人は、すぐに首を振ると、これ以上動揺を悟られないように言った。
「……っ、いや、久々聞いた名に動転しただけだ……です」
「ええ……失礼致しました」
囁くような声音で疑問を
なぜなら、あの日の出来事を知る人間はもう、リーシェルと彼らを除き他にいない。
下手に墓穴を掘って、眠り続けるエデアやクロナの心のことを言及されるようなマネだけは、絶対に避けたかったのだ。
「む、そうか。まぁ、我々の話が唐突だったのは事実だ。今日は一旦ここまでとしよう。明日改めてこの場に集い、皆の答えを聞かせてくれ」
「……」
覚束ない気持ちのまま解散を許された一行は、ぞろぞろと連れ立って謁見の間を出ると、すぐ近くの部屋に通された。
そこで宰相だという壮年の男から今後のことを聞かされ、ここにいる大多数が王宮に泊まるための部屋をさらに案内されて行く。
傍に実家があるリーシェルたちは、泊まらず自分たちの屋敷に帰るようだが、リーシェルも、ラエーレも、フェズカも、紙のような青白い顔で、ただ無言を通すばかりだ。
「先生方、大丈夫ですか?」
すると、明らかに普段の様子とは異なる彼女たちを心配してか、帰りがけにミネアが声を掛けてきた。
魔法騎士団としてこちらに出向いていたレシノスと共にやって来た彼女は、今やリーシェルよりもほんの少し年上に見える
「心配をかけてごめんなさい、二人とも。ちょっと…因縁ある名前にびっくりしただけなの」
「因縁って……まさか、リーシェル先生が学生だったころ、ダグニス・テラーの求婚を秒で断ったって噂、本当なんすか」
「え」
「ちょ……っ、レシノス! どう考えてもそんな雰囲気じゃないでしょうよ!」
だが、教え子たちに心配をかけてしまったと、心の中で反省したのも束の間。
かっちりとした軍服に身を包んだレシノスから出てきたのは、思いもよらない言葉だった。
途端慌ててミネアが制止を入れたものの、初めて聞いた噂に、リーシェルは驚いた様子だ。
「レシノス……その噂、どこで聞いたの?」
「え? あー、学生のころ、魔法史学のベレ先生が話してたんです。先生は誰かから聞いたって言ってましたけど、当時様々な悪名でその名を轟かせていたダグニス・テラーが初めて求めた少女がリーシェル先生なんだ…とかって」
「そんな噂……っ。……。誰が流したのかしらねぇ……?」
記憶を手繰るように斜め上を見つめ、噂の出処を告げるレシノスに、リーシェルは目を瞬いた後で、なんとなくの情報源を察したように隣を見上げた。
思わず声のトーンを一つ低くして視線を遣ると、同じく察したらしいラエーレが、フェズカの耳を思いっきり抓っている。
王宮の廊下に悲痛な声を響かせた彼は、どこかきまり悪そうな表情だ。
「痛でででで……っ、千切れる! ラエーレ! 耳千切れるから!」
「あら~、どうしてかしら~? なんだかとーっても抓りたい気分なのよねぇ」
「俺じゃないから! 絶対、たぶん! きっと!」
「ふふふ~」
「……ゴメンナサイ、二度と法螺は言いません……」
真っ赤に腫れ上がった耳を抑え、涙目で反省の言葉を口にするフェズカを背に、リーシェルとラエーレは、今後のことを決めるため、屋敷に向かって移動を始めた。
現在、ネセセリア家の本邸に住んでいるのは、ラエーレと彼女の曾孫姉弟の三人だけだ。
もちろん、リーシェルや姪のオリティナのように、別の街に住む親族は多少いるものの、本当に長い時を生きる魔法族というのは、ごく稀なのだろう。
それにしても久方ぶりとなる実家に、リーシェルはどこか変な気分だ。
「ここに来る前、ヒューちゃんがみんなのためにお菓子を作るって言っていたから、帰ったらまずはお茶にしましょうか。落ち着いたら陛下に打診された件も考えなくちゃね」
「そうね、姉様」
「あー、一応フェズくんも来ていいから、当事者として意見を聞かせてくれるかしら?」
「ハイ。ティジーを実家に置いて、すぐ向かいます。すんませんでした!」
リーシェルに対する優しい姉の雰囲気とは違い、随分棘のあるラエーレの言い方に、フェズカは思わず姿勢を正すと、びしりと頭を下げた。
きっと、彼の中でラエーレは怒らせてはいけない相手なのだろう。
古い仲だからこそのやり取りに、リーシェルはちょっぴり元気を取り戻したように笑っている。
「……ラエーレ姉様もフェズ兄も相変わらずね。なんだか少し、安心したかも」
「そうかもね~。フェズくんの法螺が治らない限り、きっとこんな感じよ。まったく、話を盛るにしても内容を考えてくれないと困っちゃうわ」
フェズカと一旦別れ、王宮の目の前にあるネセセリア家の本邸へと帰って来た二人は、他愛のない会話を続けながら、美しい風景式庭園を横切ると、大きなシャンデリアが目を引くエントランスへ足を踏み入れた。
途端、大勢の使用人が一斉に頭を下げて彼女たちを迎え、奥からラエーレの曾孫であるヒュリナが現れる。
背中ほどまである長い髪を靡かせた彼女は、かわいらしい笑顔を見せて言った。
「お帰りなさい、おばば様、リーシェル叔母姉様。随分遅かったですね」
「ただいま、ヒュリナ。昔馴染みたちとお話ししていたのよ。オリティナとユタは?」
「二人とも部屋でお茶をしています。スコーンが焼きあがっているので、おばば様たちもいかがですか?」
「ありがとう、そうさせてもらうわ」
笑顔で出迎えてくれたヒュリナと挨拶を交わし、屋敷の二階にある談話室へと入った二人は、彼女が作ったスコーンとダージリンで一息吐くことにした。
クリームとミックスベリージャムを塗ったスコーンの優しい甘さ、そして口に広がるダージリンの味わいに、リーシェルもラエーレもようやっと落ち着いたようだ。
しばらくして、フェズカがお詫びのアーモンドタルトを持って現れたところで、彼らは解決しなければいけない問題に取り掛かる。
「……さて、じゃあさっきの件、どうするか決めましょう。参戦するか否か」
「俺は参戦するぞ」
「……!」
すると、ラエーレが切り出した問いかけに、一番に頷いたのはフェズカだった。
二つ返事で参戦を承諾する彼に、二人とも驚いた顔をしているが、そんな彼女たちを見つめ、フェズカはずっと考えていたことがある、と前置きして言った。
「ダグニス・テラーはあの日、あの現場にいた。もしかしたらあいつは、エデアの欠けた心のことを、何か知っているかもしれない」
「……っ」
「もちろん、まだ可能性に過ぎないが、探しても見つからなかった欠片の行方を知っている奴がいるとすりゃあ、あいつだけだ。俺はそれを問い質したい。あの日、あの部屋で何があったのか」
灰青色の瞳でまっすぐに二人を見つめ、フェズカは理由をそう締めくくった。
確かに、ダグニスがあの場から逃げ遂せていたというなら、そのとき奴が何かを見た、もしくは奴自身が欠片をどうにかした可能性はある。
今回の参戦に乗じて彼を捕え質すことで、エデア回復のきっかけを得られるかもしれないのだ。
「……フェズくんって、なんだかんだ弟思いよね。でも、言っていることは私も賛同できた。オリティナたちも参戦する気らしいし、私も行くわ」
「ラエーレ姉様……」
「でもね、リーシェル。あなたは無理をしなくていいのよ? あんな男に二度と遭いたくはないだろうし、私たちも会わせたくない。エデアくんと一緒に、ここで……」
「いいえ」
ふぅとひとつ息を吐き、自身は参戦を決めた後でリーシェルに向き直ったラエーレは、心からの心配を乗せ、そう言った。
だが、姉の言葉をすぐに遮ったリーシェルは、覚悟を決めたように視線を上げ、
「ダグニス・テラーは私が捕らえる。フェズ兄が言うように、あの男が何かを知る可能性があるなら、絶対に問い詰めたい。私は、彼の心を取り戻したいの……!」
ずっと変わらない思いを胸に、リーシェルは願いを乗せ、自身の想いを吐露した。
たとえそれが、どれだけ小さな希望でも、リーシェルはずっとそれに賭けてきた。
なら、可能性を見出した今、動かないわけにはいかないのだ。
「……お前ならそう言うと思ったよ、リーシェル。ま、お前ほどの
「ええ……。でも、何かあったらお姉ちゃんが必ず守ってあげるからね」
「うん。ありがとう、フェズ兄、ラエーレ姉様」
リーシェルの決断に、呆れと感心と心配、そんな感情をごちゃまぜにした顔で頷く二人を見つめ、彼女は力強く微笑んだ。
エデアの心を取り戻す、その舞台は大きな戦へと、続く――。
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