第3話 出会い

 ――そして今。


 目の前には、美味そうな兎がいる。


 兎を挟んだ反対側には、薄汚れた灰色のトカゲの姿があった。


 どっちも兎を狙っている。トカゲは、兎を丸呑みできるくらいにはでかい。俺がギリギリ抱え上げられそうな程度だ。


 だが、俺は腹を空かせていた。さっきから腹の虫が「早く食べさせてよー!」と泣いてうるさいんだ。よしよし、すぐに食わせてやるからな。え? 塩焼きが食べたい? うん、脂が滴り落ちる中にピリッと効いた塩味、いいねえ。あ、でも塩はマジックバッグの中……素焼きでいこう、素焼き、うん!


 だが、トカゲも相当飢えているのか、口から涎をダラダラ垂れ流している。……なんか可哀想だな。


 俺はダメ元でトカゲに話しかけてみた。


「なあ……俺、マジで腹が減って死にそうなんだ」


 トカゲがぴくりと反応する。


「冒険者パーティーから理不尽に追い出されてさ、荷物も全部奪われて、マジでヤバい状況なんだよ」


 トカゲは何も答えない。当然だ、だってトカゲだもの。


「――だから頼む、今回は俺に譲って……、」

「やだ! ボクもお腹ペコペコなの!」

「……はい?」


 今、誰が喋った?


 キョロキョロ周囲を見渡す。誰もいない。目の前のトカゲと固まっている兎以外には。


 だけど、トカゲは俺の目を見つめ続けながら、口を動かして確かに喋ったんだ。


「ボクだって、お父さんに崖の上から「大きくなれよー!」って落とされて! やっと、やっと見つけた獲物なんだ!」

「おい、お前の父ちゃん頭大丈夫か」


 思わず突っ込む。獅子は我が子を千尋の谷にうんたらかんたらっていう逸話は聞いたことがあるけど、トカゲもそれやるの? ていうか喋ったのが兎の方じゃなくてよかった。さすがに喋る兎は食べたくない。罪悪感で泣く。


「ドラゴンが一人前の戦士になる為の儀式なの! 地上で頑張って生き抜いて大きくなったら里に戻ることが許されるんだ!」

「へ、へえ……――え? ドラゴン?」

「お父さんは立派な戦士なんだぞ! だから頭大丈夫だもん!」

「ドラゴン……」


 なんか喋り続けてるけど、ちょっと待って。俺今驚いてるから黙って。


「お前! 聞いてるのか!? お父さんは――」

「あーはいはい。おかしくないのね」


 ドラゴンって、あの伝説の? ひと目見たら一生分の幸運を使ったのと同義って言われるあの? まじ?


 トカゲ――もとい子ドラゴンが、頭を縦に振った。


「そうだよ! さあ、分かったらボクに兎を、」

「ちょっと待った。言葉が通じるなら話は別だ」

「えっ?」


 子ドラゴンは、明らかに戸惑った表情を浮かべる。まさか人間如きがドラゴン様に待ったをかけると思わなかったのか。


 だが――俺の頭の中は、激レアアイテム「ドラゴンの鱗」や「ドラゴンのひげ」で一杯になっていた。


 この先二度と巡り会わないかもしれない激レアアイテム入手の機会を、おいそれと逃しては魔道具師の名が廃るッ!


「そもそもさ、気高い戦士が、身包み剥がされて困っているか弱い人間の食糧を奪っていいのか?」

「ぐっ!?」


 子ドラゴンが詰まった。よしよし、と俺は続ける。


「それに考えてみろよ。こうやって挟み撃ちにすれば、獲物は捕らえやすい。お前さ、これまで捕まえられてなかったんだろ?」

「――確かに!」


 子ドラゴンが思い切り食いついた。うおう、チョロ……ゲフンゲフン。何となく純粋培養な感じがしてたんだよな、さすが俺の鑑定の目は狂いがないぜ。


 後は決定打だ。咄嗟に思いついたものだけど、俺には策があった。


 ドラゴンとはいえトカゲなら、「調理しないよね?」と――。


「俺たちさ、共同戦線といかないか? 俺なら、お前に肉を焼いてやることもできる。味付けをしてやることもできる。美味いぞ、焼いた肉。ピリッと効いた塩味。芳醇なタレに絡む肉汁……食ったことあるか?」

「味付け!? なにそれ!」


 地面を濡らす涎の量が倍増した。本当分かりやすいな、こいつ。いくら戦士になる為とはいえ、こんな疑い知らずの奴をひとりにしてヤバくないか? こいつの父ちゃん。


「どうだ、乗るか?」

「乗る!」

「よし、じゃあ俺たちは今から相棒だ。俺の名はホルスト。魔道具師だ」


 子ドラゴンが、縦長の瞳孔の瞳を輝かせた。


「相棒!? うわ、格好いい!」

「だろー?」


 見かけは灰色の大トカゲだけど、なんか反応がいちいち純粋すぎて、愛着が湧いてくる。


「ボクね、ミウ! よろしくホルスト!」

「おう、よろしくな!」


 ぴょんぴょん跳ねるミウ。名前も行動も可愛いなおい。


「ボク、まだ飛べないし歩くのが遅くてなかなか獲物を捕まえられなくて……ホルストが捕まえたら、風で仕留める!」

「了解!」


 ありがたい申し出だった。今の俺はナイフ一本すら持っていないから、捕らえたところで皮を剥ぐことすらできない状態だからだ。


 ジリ、と構える。


 俺は兎に飛びかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る