第21話 幕間:白い鳥と悪意

 葉奈が東の森へと進み始めるのと同時刻、デイヴィス王国にて。

 勇者たちは、再びバオバブの森で実践訓練を行っていた。

 騎士団長ことバラルが死んだ今、バオバブの森での訓練は危険だと誰もが承知していたが、それでも強くなりたいと勇者たちは頼んだのだ。

 今、彼らの思いは一つだ。


 …バオバブの森深奥部の魔物にも負けず、そして魔族にも圧倒的に勝てるような力が欲しい。


 そのためには努力は必要不可欠だ。だが、勇者たちはこの世界に来た当初は、自分達が特別であることを鼻に掛け、努力を怠った。

 その結果、バラルとショウナは死に、悠とカンナは逃げたのだと勇者一行は考えた。バラルとショウナは別に慢心はしていなかったが、二人が危機に瀕しているときに誰も手を貸さなかったのが死んだ原因で、悠とカンナがいなくなったのは、そんな彼らに愛想を尽かしたからなのでは、と。どちらも間違った結論なのだが、それは勇者たちが知る由も無い。彼らは、彼らが建てた仮説を信じ込む他なかった。

 そして現在に至る。


「そっちにビッグボアが行ったぞ!」

「相田さん! こっち手伝って!」

「はい!」


 彼らの現在の敵は、隊長2メートルにもなりそうな巨大な猪…ビッグボアである。

 その魔物の行動パターンは、基本的に頭突きの一種類。そしてその行動を取る前に何か兆候は見られはしないかと徹底的に把握し、勇者たちはがむしゃらに戦っていた。


「…くそっ…こういう時、外内なら簡単に対処できたはずなのに…!」

「ヒュウガと篠桐がいれば、コンビネーションがばっちりですぐ突破できたのに…」


 人間とは、真に大事なものの存在を失ってから気付くもの。勇者一行の一部は、本当に大事にすべきだった優しさの精神と、それを失ったことにより消えた仲間の強さを実感した。


「あの時は盾だ何だと馬鹿にしてゴメン! お願いだから帰って来てぇ!」

「なんで落ちこぼれの友達なんかやってるんだろうとか、考えた俺が馬鹿だった!」

「外内のことだから、きっとどこかで生きている…そうだ、生きているんだ…生きていてくれ…」

「どうして今日はいつもより魔物の量が多いんだよ!」


 彼らは何度もそう叫んだ。だが、失ってしまったものはもう戻って来ない。

 皆それを分かっているので、やがてそんな弱音も吐かなくなった。




 そんな勇者一行の成長ぶりを見守る者が一人。バラルに後任者として後を任されたロバーヌその人である。

 彼は、誰よりも騎士団長バラルを尊敬し、誰よりも騎士団長バラルを信頼した、いわば友である。それ故に、バラルの死には耐えるので精一杯だった。


(バラルさん、見ていてください。あなたに代わって、私が勇者たちを立派な戦士に育てて見せますから)



 …と、彼らを見ながら決意を固めるロバーヌの視界に、ふと、白い何かが飛び込んできた。

「…? 何だ?」

 ソレは、美しい雪のような色をしたモノだった。木の枝に留まっていて、鴉のようでもあり鷲のようでもある。とても美しい雪の鳥だ。

 だが、そういった“鳥”に見えたのは一瞬で、実際のソレはバラルの目の中では人の形を成し、小高い木の太い枝に音も無く座っていた。赤色の笑顔を描いた仮面に、不思議な模様を反射する真っ白な服。肌も同じように白く、むき出しの素足を軽く揺らし、興味深そうに小首をかしげている。そんな可憐とも言えるナニカが、こちらを見ていたのだ。

「…」

 ロバーヌは、たちまちその不思議なモノに目を奪われた。いや、。思考が一瞬にして、その生物に奪われたのだった。


 彼が気付くのと同時に、ソレは森の奥へと飛んで行ってしまった。

(行かねば。追いかけねば…)

 無意識にそう感じ取り、それが飛んで行った方向へとふらふら歩いて行った。その姿を見て、元級長の相田彩織が訝る。


「…ねえ、やっぱりロバーヌさんおかしくない?」

「ん? なんで今そんな話をすんだよ」

「だってあれ…」

 彩織はロバーヌを指さす。彼は危険だと言っていた森の深奥部へ、自分から向かっているように見えた。

 それを見て、勇者一行は彼のここ一週間の行動を思い出す。

 ロバーヌは最近、何かに強く惹かれたように心を無くすことが多々あり、そのときに限って記憶は無いというのだ。まるで夢遊病患者のようであり、勇者たちは敵が彼に何か呪いをかけたのではないかと勘繰った。

 だが、呪いの痕跡は調べても出て来ず、心を無くしている間の彼は何度も「白い鳥が…白い鳥が…」とうわ言のように呟いていることから、彼は精神の病にでも侵されたのだと結論付けられた。


「おい…」

「止めた方が良いんじゃ…」

「私、ちょっと話してく…」

 言いかけて、彩織は言葉を失った。

 急に言葉を切った彩織に、周囲がどうしたのかと問おうとしたとき…。


「キャアアアア!!」


 唐突に彩織が甲高い悲鳴を上げて、うずくまった。顔を両手で多い、何かに怯えたように激しく体を震わせていた。

「ど、どうしたの彩織ちゃん!」

 彼女の友人、児玉こだまリサが彼女に駆け寄って問いかける。けれども彩織は、何も見たくないとでも言うように、首を横に振るだけだった。


「彩織ちゃん、彩織ちゃん! ねえ、どうしたの!?」

「…と、鳥…」

 ようやく彩織が口を開く。だが、その声はやはり震えていて、蚊が鳴くようにか細かったので、リサはよく耳を澄まさなければならなかった。

「鳥?」

「鳥……し、白い…鳥…が………ろ、ロバー、ヌ、さん…く、首…」

「?」

 聞こえてくるのは断片的な言葉ばかり。リサは首をひねってその意味を把握しようとした。

「白い鳥がいたの?」

 リサがそう確かめると、彩織は微かに頷いた。

「白い鳥って…ロバーヌさんがよく言ってた奴だよね。えっと…ほ、本当にいたってこと?」

 彩織はその問いにも頷いた。


 そう、彼女も確かに白い鳥を見た。鴉のような、鷲のような、あの白い鳥のことを。…本当は人の形をしているはずなのに、「鳥」と表現してしまう“ソレ”のことを。

 だが、彼女とロバーヌで違っていたことと言えば、ロバーヌがその鳥に魅了されたのに対し、彩織は死をも覚悟させるような恐怖を覚えたことだった。

 理由は無い。ただ、圧倒的な絶望感を前にしたような恐怖に叩き落された。彩織はそれに怯え、幻覚を見たのだ。ロバーヌの首があらぬ方向へ曲がる瞬間という、見えてはいけないような幻を。


「わ、悪い奴なんだね?」

「…分から、ない…で、でも…とても…こ、怖い…」

 彩織はそれ以上何も言えなかった。何か嫌な予感がして…。

 誰かが叫んだ。


「おい! ロバーヌさんはどこへ行ったんだ!」

 混乱の最中に、ロバーヌは「白い鳥」だと称したナニカを追って、森の奥へ消えた。

「探そう!」

 誰かが叫んだ時だった。


「い、いやっ!」

「キャアッ!」

 彩織とリサが再び悲鳴を上げて、弾かれたように飛び上がった。それはが、彼女たちの視界に転がってきたからだった。

 当然、それは他の者の注目も浴びる結果となる。


「ひっ…」

「な、何なんだよこれ…」

「これも敵の仕業なの?」


 魔物に食われたはずのバラルの首がそこにあることに皆は困惑し、次いで不安で満ちた混乱が徐々に訪れ始める。

 それに次いで、今度は城側の道の方からガサガサと物音がし、ナニカが木の上から落ちてきた。それはバンジージャンプの時のように地面すれすれでバウンドし、木に吊り下げられている状態だと皆は理解する。

 そして、その吊り下げられたモノの正体とは…。


「う、うわああああああ!!」

「嘘、嘘嘘嘘嘘…」

「一体何が起こってるんだよ!」


 そこに吊り下げられていたのは、首が270度回転されたまま首を吊る、ロバーヌの姿があったのだ。




 混乱の中、鴉のようなソレは霧のように消えた。

 無邪気なようで、悪意に満ちた笑い声を残して。

 恐怖と不安をない交ぜにした、その場を残して…。

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