第20話 入るか、入らないか

「…マジですか、仮装樹さん…」

 これは迷宮だ。明らかに、見間違えるはずも無く。だってこの形、よくマンガで見たもん!

 思わず口にした言葉だが、仮装樹は相変わらずの無反応。本当に木に返ってしまったように、素知らぬ顔で平穏な風に揺れている。

 …でも、さっき絶対に動いたよね? 位置が変わってるし、元居た場所に迷宮が出現しているし。もしかしてさっきの消耗試合、僕に「負けた」という判定になって、隠していた迷宮を出現させたんじゃ…。あれだ、本来の役目はこの迷宮の門番…みたいな?


 それにしてもこれは、マジでどうするべきなんだろう。ノリで入るべきか、一旦戻ってしっかり準備してから入るべきか。普通なら後者なんだけど、僕の場合は、一旦戻ればもう二度とここまで戻って来られない可能性が出てくる。そうすると、僕が仮装樹さんと戦った意味が無くなるし、あと悲しい。

「…入る、べき…? いや、でもなぁ…」

 入ったら入ったで、今度はこの迷宮の中に居る魔物の強さがどの程度なのか分からず、もし僕より強かったら、普通に殺される可能性が出てくる。それじゃあ、「悠とカンナと再会する」という一番の目標が達成できず、本末転倒となる。死んだら意味無いし。


「ねえ仮装樹さん、どう思う?」

 答えが返って来るわけが無いと分かってはいるけど、尋ねたくなって言った。そしてしばらく待ってみる。さあ、何か返事が来るかな?


 …うん、やっぱりラノベみたいにはいかないみたいだ。やっぱりコイツ、素知らぬ顔で風に揺れているだけだy…

「うをっ!?」

 と思ったら、まさかの枝攻撃が来た。急に枝が振り下ろされたから、そして「どうせ来ない」諦めかけていたから避けるのがギリギリになってしまった。

「ちょっと! 今のはズルいだろ!」

 僕が飯食ってるときは何もしてこなかったくせに、どうして今更、しかも飯食ってる時以上に油断してるときに! …いや、普通はそれが当たり前か。油断しているときの方が狙いたくなるよね、うん。…でも許さないぞ。

 一方の仮装樹は、僕がぷりぷり怒っているときでもどこ吹く風。「え、何もしてないけど?」みたいな感じで、再びただの木に戻ってしまった。この野郎…僕が戦いのときに弄んだから、その仕返しのつもりか! 何もやり返せん!


 もう一度攻撃がやって来ないかと警戒して、しばらく仮装樹を睨む。そのまま1分ぐらい過ぎて、何も無かったので警戒態勢を解いた。ただし、次からは油断しないようにね!


 で、何の話だっけ? …あ、そうそう、迷宮に今入るか入らないか、だった。

「…まあここは…やっぱり、準備のために一旦戻るかな。結局のところ、仮装樹は倒せてない訳だし」

 多分、この門番さん(仮)の強さを基準に迷宮の魔物の強さも決まっているだろう。コイツを倒せないと、最下層の奴には手も足も出ないぜ…みたいな?

 だから、仮装樹を倒した! と確言できないこの状況を作ってしまった僕は、この迷宮に入るにはまだ実力不足だと言える…かもしれない。勝ちは勝ちなので、しかも仮装樹は負けを認めて迷宮を開いているので、もしかしたら大丈夫なのかもしれないけど、ここは念の為と言うやつだ。

 …一番の問題は、町への戻り方が分からないのと、そして戻ったとしてももう一度ここまで辿り着けるか、だな。

 方向音痴のせいでどこへ行けばいいのか分からない。そう、単純に迷子なのだ。仮装樹さんがかなり愉快なせいで、若干忘れていたけど。


 どうしようかと、ここで行き詰まる。高校までの通学路を除いて、前世だといつものことだったけど、今世…一週間前までは、道が覚えやすい城内の生活だけだったせいで、この感覚を忘れかけていた。今思えば、筋金入りの方向音痴である僕ですら覚えられる城内の間取りって、結構ありがたかったんだな。…もしかしたら、僕のことを考慮した誰かが、道を簡単に覚えられる魔法か何かを僕に掛けてくれたのかもしれないけど。もちろん、元からあんな感じだった可能性もある。でもそうだとしたら、泥棒さんとかが一度忍び込んだら道を覚えてしまうから、割と危険だろう。だから僕としては前者を推したいけど…まさかね?

 まあ、もう関係無いんだから、考えなくても良いか。泥棒に入られても、僕は失うものなんて元から何も無かったし。尊たちのせいで、物は多く持っていても結局は奪われるだけだと学習してしまったから、大事なものはいつも【収納】してるんだよな。その大事な物の数自体も少ないし。いやぁ…悲しいね。


 おっと、話が逸れてしまった。

 町へ戻るためには、とりあえず歩いてみるしかないかな。さらに変な方向へ進むこと間違い無しだけど。でも、何もしないよりはずっと良い。もしかしたら、迷った先で悠とカンナと出会えるかもしれないし。…それこそ可能性は0だな?


「うーん…じゃあ、あっちに行くか…」

 迷宮の入り口がある方角へ、とりあえず足を踏み出す。2、3歩進んで振り返ってみたけど、やっぱりそこには迷宮があって、隣に仮装樹があった。そうかぁ、この光景は本当に夢や幻の類じゃないのかぁ…。そうだったなら、ちょっとは諦めがついたけど、そう上手くはいかないもんだな。

「それじゃ、またね! 仮装樹さ…」

 で、最後に挨拶しようとしたら下から根っこが飛び出して、僕の足に巻き付いて逆さに吊り上げられてしまった。ぎゃああ、頭に血が上るー! そしてその状態で僕を振り回すんじゃない! 【耐性】系が強いとはいえ、周囲の雑木に叩きつけられたらとても痛いんだぞ!


 しばらくすると動きは納まったけど、放してくれない。コイツ、一体何がしたいんだ?

 逆さのまま仮装樹の方を見ると、いつの間にか目が開いて、僕を見ていることに気付いた。ただ、そこから戦闘の意思は読み取れず、別に僕を捕食しようとかそういう感じじゃないと分かったので、とりあえずこの吊り下げの意味が分かるまではされるがままになっておくことにした。

 少しの間仮装樹と睨み合う。頭に血が上ってそろそろ限界が近いんだけど、コイツが放してくれないんだから仕方が無い。あと喋らないしそれからの動きも全く無いので、本当にコイツが伝えたいことが何なのか、全くもって分からない。頼むー、早くしてくれー! この状態、【耐性】シリーズが効かないんだよー…!



「…あのー、とりあえず下ろしてくれないかなー?」

 結局限界が来てそう伝えると、あっさりと根っこを放して落とされた。落とされることは予想していたので、地面と激しいキスを交わすことは無かった。…薄々分かってはいたけど、相手が元敵であっても希望を叶えてくれる仮装樹って、やっぱ優しいわ。何だかんだあったけどハクもこんな感じだったし…僕が会う奴、今のところ良い奴らばかりだね!

 ただ、僕が逃げるかもしれないと踏んだのか、根っこや枝で周囲に壁を作りやがった。いやいや、引き止められて敵意が無いと分かったら、ちゃんと逃げないから!

 心の中で突っ込んでいると、仮装樹が久々に奇声を上げた。だいぶ体力が回復したのかかなり声量が大きい。思わず耳を塞いだ。本当に何なの…。


 そして仮装樹が奇声を上げている間、じっと相手を監視し続けていたらふと気付いた。僕を囲んでいる壁が、じりじりと狭くなっていってる…。

 え待って、これ罠? さっきの戦い方、そんなに嫌だった?


 僕が困惑している間にも、壁は迷宮の入り口を中心に狭まっていく。そして唐突に、これが仮装樹が言いたかったことかもしれないと勘付いた。

「ちょっと待て! 僕を迷宮に誘導しようとしてない? ズルいってそんな方法!」

 つまり、「四の五の言わずに迷宮へ入りやがれ!」という。…が、気付いた頃には時すでに遅し。もう、入るしかないじゃない…!

「あーはいはい! 分かった! 迷宮には入るから! ちゃんと入るから! だからもう少し待って? ね?」

 あ、駄目だ…この言葉は届いてないみたい。壁の縮小化が止まらないよ…!


「…ちっくしょー!」

 煽り過ぎたなぁ、と今さら反省しながら、僕は意を決して迷宮の中へと飛び込んだ。一旦町に戻ってからもう一度来る予定だったのになぁ…。もしかしたら仮装樹は急に踵を返した僕を、「あ、自分をあんなに煽っといて逃げるとか最低!」とでも思ったのかもしれない。いやぁ、別にそんなつもりじゃ無かったんだけどなぁ…。

 で、僕が迷宮に飛び込んだら、壁はもう逃がさんとばかりに迷宮の出入り口を塞いでしまった。本当に僕を迷宮に入れようとしてたのかぁ。ヤバいなー、死ぬかも。

 でももうどうしようもないので、僕は腹をくくって入り口中央の階段を下りていった。

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