第19話 微妙すぎる終わり方

 リゴンもどきが攻撃を仕掛け、それを避けつつ考える。

 もしコイツがタコと同じ構造なら、枝を切っても再生するし、低確率で2本に分かれる…的なことを本で読んだ。あとは何だっけ…真水に弱い? いや、コイツ植物だから。真水はむしろ回復薬になりそうだ。なら海水に浸ける? そもそも海水を持ってない!

 多分、一番確実なのは火での攻撃なんだけど、…いかんせん僕には魔法というものが使えないんだよな。カンナ曰く魔力はちゃんとあるらしいから、あとは外に放出することが出来ればいいんだけど、それが一番の難題なのだ。

『魔法は実戦で使うのが一番よ!』

 とカンナがよく申していたが…こんな危機的状況、失敗したら大惨事になる未来がね…。というか、ここが森であることもあって、火魔法を外せば大火事になること間違いなし。うーん…本当にどうしよう。


 ギイイイィ…


 流石に攻撃しっぱなしで疲れたのか、リゴンもどきが呻き声っぽいのを漏らし、少しだけ攻撃の手を緩めた。…ちょっとちょっと、戦闘開始からまだ30分しか経ってないでしょ、それでへばるなよ。それとも、これでも疲れない僕がおかしいのかな…。

「でも、チャンスかも。よーし、魔法が使えるようになれるかな?」


 まずは自分の魔力を感じる。体中を流れている血液みたいな、でも液体ではないナニカ。それが僕の魔力だ。そして、それが外に出ていくように意識する。意識しながら、出ていった魔力が火の形に変わるようにイメージも変化させる。

 よし、これで…

「『ファイアボール』!」


 …。


 うん、無理だこれ。


 おかしなあ、ちゃんとイメージは出来てると思うんだけどなぁ…。どうやっても魔法が使えるようにならないのは、僕に才能が無かったからなのだろうか。それなら、今までの苦労が全部水の泡だから、悲しいなぁ…。


 キィエエエエエ!


 ほら、リゴンもどきも悲しんでおられる…。悲しんで枝を振り回している。おお、分かってくれるのかい、君。でもそんなに振り回したら、僕に当たるから危ないよ…。ああ、そんなにビタンビタンって地団太も踏んじゃって…余程僕に共感してくれるんだね。確かに、見たところ君も物理特化だしね。


 …いや、何ふざけてるんだろう。

 僕も疲れてるのかな。




 それからさらに30分後。

 リゴンもどきさんの攻撃速度が、徐々に落ちてきていることに気付いた。…あれ? これ、粘り勝ち出来るんじゃ…。いやいや、向こうが隙を見せて油断を誘っているだけかもしれない。そうなったら堪らないから、油断せずしっかり対処していこう。

 …と思ったら、地面から急に根っこが突き出してきた。集中していたため避けることが出来たが、当たっていたら金的一撃が……ゲフンゲフン、考えないようにしよう(二回目)。




 そして15分後。

 僕はまだピンピンしているんだけど…リゴンもどきさんが確実に疲れてきている。攻撃速度はだいぶ下がったけど、まだ一定の速さは保っている。でも、とうとう奇声を上げなくなってしまった。最初はうるさくて苦しめられたけど…無くなったらそれはそれで寂しい。

「…へいへい! どうした、もう殺んないの? お疲れ?」

 キャラじゃないけど…なんか、なんか…相手に元気を出してほしくなってしまったので…いじめっ子尊たちをイメージしながら煽ってみる。と言っても、彼らは僕を貶しはしてもこんなふうに煽りはしないので、“イメージ”というよりも“妄想”と言った方が良い気もするけど。

 いや本当、何してるんだろう僕は…。


 …キ、キィエエエエエエエエ!


 よしよし、叫んでくれた。疲れてる状態だとそこまで大きな声じゃないから、ただの叫び声にしかならない。うるさくなけりゃ、もう何でもいいや。




 さらに10分後。

 やっぱりタコの構造と一緒で切っても切っても再生することに気付いたので、逃げに徹していたら急に相手が動かなくなってしまった。幹や枝にぽっかり空いた亀裂も閉じて、まるで本物の木のようにピタリと止まった。

 …あれ?

「おーい、どうしたの?」

 呼びかけても反応なし。試しに思いっきり隙を見せて攻撃を誘発できないかやってみたけど、それでも無反応だった。

 うん、力尽きましたね?

「えっと…喜んでも良いのか、これは…」

 明らかに不完全燃焼で終わってしまったけど、勝ちは勝ちだった。


「…全っ然、納得できねぇえええええ!」


 ちょっと楽しくなりかけていたので、こんな中途半端な結果に悔しさを超えて怒りが込み上げてしまった僕だった。




 それから少し経って我に返った僕は、リゴンもどきに出会う前の目標である「町に戻る」を思い出して、辺りをきょろきょろと見回した。だいぶ暴れ回ったせいで、リゴンもどきを中心にして円を描いたような、開けた空間が出来上がっていたので、周囲は思いの外見やすかった。

 ただ…

「…」

 …。


 例の枝攻撃のせいで風が発生して目印が吹き飛んだようで、どっちが帰り道か分からないっていうね…。うん、そもそも初っ端からこんなに強い相手に遭遇すると思っていなかったから、風で吹き飛ぶ対策とか何も考えていなかった。

 あえて言うなら…こんな状況になるなんて、想像できるわけ無いじゃん! リゴンもどきめ、なんでこんなところに居るんだよ!

 でもその相手はもう倒しちゃった(?)し、怒っても仕様が無いので何も文句が言えない。むしろべルキアに案内してくれたハクに顔向けできないな、と考えるべきかもしれない。ごめんよ、せっかく善意で僕を送り届けてくれたのに、また森で迷子になっちまいましたよ。この人は本当、何やってるんですかね…。


 仕方が無いので、疲れたわけでは無いけどその場で休むことにした。ご飯でも食べよう。ここで良い匂いを漂わせたら、リゴンもどきさんが復活して、また避け芸道場を開いてくれるかもしれないし。あと、気持ちを落ち着かせるには食べ物が一番だ。悠もそう言っていたから、間違いない。

 そういうことで、木をめちゃくちゃ擦って火を起こす。そして焚き火を作る。…あ、木が苦手意識を持ってること間違いなしの火があるし、やっぱりリゴンもどきは起きてくれないかも。そもそも木は光合成とか水とか土中の養分で成長するから、「食べる」って行動が出来ないじゃん。良い匂い漂わせても、結局起きてくれないだろうな。

「…はぁ。そういうことなら、ボッチで食べるかぁ…」


 使う素材は、リゴン一択。さっき沢山動いた反動…それから、リゴンもどきさんが出てきてくれることが期待できないせいで、今は肉を捌くといった、動くようなことをする気力が全く湧かない。やる気ゼロだ。

 でも焚き火を作るところまでは出来たのは、無性に焼いた何かが食べたくなったからだ。中途半端なところまで頑張って、あとはやる気無し…我ながら、自分の行動原理が理解できないね! 血液検査なんてしたこと無いけど、多分僕は生粋のO型だ!


 道中でもぎ取ったリゴンの実一個を、笹掻きみたいにして削った串に刺して火で炙る。すぐに良い匂いがし出したけど、多分まだ中は完全に火が通っていないだろうから、皮を焦がさないようにくるくる回しながら焼けるのを待つ。…うーん、焼きリンゴなんてやったこと無いけど、この実かなり大きいし、しばらくはこの状態かな。

 リゴンを焼きながらも、魔物がやって来ていないか周囲を見回す。食事時やお花を摘んでいるときが、一番無防備な時間だ。だから何かがそれを狙ってやって来ないかと警戒しているのだが…やっぱり、魔物がやってくる気配が無い。やっべぇよ、今日出会った魔物、リゴンもどき一匹になっちゃうじゃん。フルーツフォレストって、そんなに腑抜けた場所なんだっけ?

「…あれか? 嵐の前の静けさ的なヤツ」

 思わずひとり言が口をついて出る。ボッチになると、すーぐ何か喋ってしまうな、僕の口は。

 でも、それぐらい何も出ないんだから仕方ない。…リゴンもどき? アイツは…良い奴だったよ…(まだ死んでない)。



「…さ~て、そろそろ焼けたかな?」

 約5分間その状態で過ぎ、そろそろかなと思った僕はリゴンを一口だけ味見してみることにした。

「…ぅあちゃっ!」

 表面が熱すぎて、変な声が出る。【熱耐性】が効いててもこの熱さ…やっべぇ、焼きすぎたかもしれん。というかそもそも、ここまで熱くなっても燃えたりしないって…このリゴンにも熱耐性があったりするんだろうか。

「はふっ、はふっ…あ、美味しい」

 頑張ってかぶりついて、味を確認する。中にもちゃんと火が通っているみたいで、外側ほどではないにしろ熱くなっていた。

 味は生の時の甘酸っぱさが飛んで、ちょっと甘ったるいぐらい。食感は口の中で溶けていくようで、リンゴというより麩菓子を食べているような気分になった。

 腹いっぱいのときとか動いていないときに食べたら頭が痛くなるけど、それなりに動いた後だったらすごく美味しい。甘さをとことん追求したお菓子を作りたいときは、結構おススメできる素材かも。さっぱりさが欲しいなら生だけど。


「あー美味い…味覚があってよかったぁ…」

 「食べる」という機能が無さそうなリゴンもどきさんの目の前で悪いけど、動いた後の焼きリゴンは本当に美味しい。…見てよ、僕のこの幸せそうに見えるだろう顔。この顔を見て、ついでにリゴンが美味しそうに見えてこないかい? 君もただ着飾る用じゃなくて、食べることもしてみたらいいんじゃないかな。ほら、一緒に食べないかい? チラッチラッ


 …うん、阿保らし。そんなことやっても起きてくるわけ無いじゃん。



「…はぁ、食った食った。ご馳走様。リゴンの実一つでも結構腹が膨れたな」

 その後はひたすら黙々と焼きリゴンを齧り続けて、しっかり完食した。いつか悠と合流した時、焼きリゴンこれを使った料理でも作ってもらおう。アイツのことだから、きっと美味しいものが出来るでしょ。

「結局、リゴンもどきさんは起きてくれなかったなぁ…」

 悲しいけど、まあ本当は敵同士だもんね。途中から僕に遊ばれてたもんね。そんな奴と一緒に飯なんか食いたくないし、もう一回戦いたいとも思わないか。なんか…ごめんね?


「よし、火もしっかり消えてるな。…じゃ、迷子の旅・改へ出発しようか! それじゃまたね、…仮装樹!」

 今さら【鑑定】して、リゴンもどきの名前を確かめると、名前は「仮装樹」ということが分かった。ほぼ最後まで本名で呼んでなかったけど、最後くらいは呼んであげようと思ったら…割とそのままな名前じゃね?


 リゴンもどきこと仮装樹に背を向けて、僕は一歩進んだ。

 …というところで、背後から何かを引き摺るような音がして、軽く地響きが起こる。びっくりして振り返ると、仮装樹が移動して急に大きな洞穴が出現していた。

 崖も何も無い場所では少しだけ不自然な巨大岩の中、その広い空間の中心にある、下へ続くような階段。僕はこの見た目の自然物を知っている…。


「…迷宮?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る