第18話 フルーツフォレスト
それにしても、これからどうしよう。
最初の目的は「デイヴィス王国に帰る」ことだったけど、それは二人が脱走したことで必要が無くなったし、無闇に動くとどんどん二人から離れていくのは目に見えている。だからしばらくはこの町に滞在するつもりだ。
ただ、森で自給自足の生活をするのとは違って、町で生活するには宿泊するときとか買い物するときとか、何かとお金が必要になる。だから稼がなきゃいけないんだろうけど…正直この町どころか世界にすら無知な僕が、そんな簡単に稼げるものなのだろうか。いや、でも僕の仮説が正しければ、僕と同じように無知な
でも「ここで働かせてください」とか、見ず知らずの店の主に頼み込む勇気が無い。これから先その勇気が必要になると分かっていながら、僕にはまだハードルが高く感じてしまうんだ…。
本当に、これからどうしよう。
色々と逡巡した結果、僕は考えるのをやめた。今度はバオバブの森の浅い部分で、サバイバル生活・改でもやろうかな…。
最悪、僕が持っているものをどこかに売り飛ばせば、デイヴィス王国の物だから高くついて、収入にはなると思うんだけど。でも、なんか今日は面倒くさいなぁ…。
…うん、もう一回森に入ろ。
どのみちお金ないから泊まる場所無いし。
今後のこととかを考えると頭が痛くなってきたので、僕は再びバオバブの森に入ることにした。
「次入るときは案内役でも付けろ」という、ハクの言いつけは完全に無効になってしまったが、多分もう会うことも無いだろうし…会わないよね? あの人、明らかに行動範囲が広いだろうから、森に入れば再びばったり出会いそうで怖いけど。
ちょっと心配なので、僕がやって来た方角…南側以外の方から森に入ろう。
と言っても、北はお貴族様がいるので行きづらいし、西は道が複雑すぎて、絶対に森へたどり着く前に力尽きる。となると、…東一択だな! まあ、この国のスラムはかなり治安が良いし、多分大丈夫。…多分。
あと、ハクの言う通りに案内役を付けないと、森で再び迷うことになるのだろうと思うけど、まあ、森の浅い部分だし。ちゃんと目印をつけておけば、帰り道にも困らないだろうし。うん、きっとへーきへーき。
そうしてこれからすることを決めたところで、僕は東のスラムへと歩いて行った。
それから15分後。
僕は町を抜け、バオバブの森の中でも「フルーツフォレスト」と呼ばれている場所に足を踏み入れた。名前の通り、リゴンやらオレンジベリーやらといった、果物系の植物が優占種になっている区画だ。色んな方面から、熟しすぎた果実の香りがめちゃくちゃする。
「あー…腹減ってきた…」
甘ったるい匂いのせいで脳が刺激されたのか、急にお腹が鳴り出す。…仕方が無いので、ちょくちょく木の実を採取しながら森を進んでいくことにした。もちろん、通った道に目印はつけておいた。そこら辺に落ちていた小枝を地面に刺しただけだけど。それでも、無いよりはマシだろう、と。
だいぶ順調に進んで、野宿できそうなところを探していると、キイキイと何かの甲高い声が聞こえてきた。色々な方角から聞こえてくるから、相手がどの位置にいるのか分からない。でも、聞こえた声は動物園で聞き馴染んだものだったので、恐らく猿みたいな見た目の魔物だろうと予想がついた。
この世界での猿は“人型”に分類されていて、“人型”の魔物は頭が良いとされている。多分、戦うとしたらかなり厄介な相手になるだろう。個々が弱いけど知能のある生物は、群れて生活するというし、もしかしたら今鳴いた猿どもも群れで襲ってくるかもしれないな。
今のところ何かが僕を狙っているという気配は感じないし、猿の鳴き声も遠くからだったので、多分大丈夫…なはず。
怖いから、これ以上は奥へ行かないようにしよう。
僕の中では今、街を出てから真っ直ぐ進んでいるので、多分進めば進むほど森の奥へ行くことになっている。だから、右か左に折れれば森の奥へ入る危険性は無い…と、信じよう、うん。
棒倒しで右へ行くことに決めた。右向け~右! 前ぇー進め!
そして進んでいくと、刺した小枝がある場所へと戻ってきた。…あるぇ? おかしいな、ちゃんと直進したはずなのに、なんで戻って来てるんだろう。もしかして、知らない間に蛇行運転でもしていたのかな。
しょうがないから、その小枝の方から別の方へと進むことにした。
すると、あら不思議! 今度は別のチェックポイントへと戻ってきてしまいました!
「…いや、なんでやねん!」
マジ? 僕の方向音痴、こんな短距離でも発動するの? いやいやまさか。まさかそんなはずは無いよね?
ちょっと怖くなったけど、もう一度出発する。これで別の小枝地点に戻って来たら、町で何か売って宿に泊まろう。きっと、今の僕の状態で森の中へ入るなと、それは愚かな決断だと、そう道案内の神様がおっしゃっているのだ…。
ところが、今度はどこかのチェックポイントに戻ることも無く、再び順調に進んでいく。ただし、進めば進むほど森が薄暗くなっているような気がするんだけど。…そして、それまで鳴き声は聞こえるくせに魔物とはまだ1匹と出会っていないのが、ラッキーと喜ぶべきか、嵐の前の静けさと考えるべきかで迷う。なんとなく不穏な空気が漂ってまいりました…。
一応、目印は残し続けているんだけど…多分、それでも迷いそうな気がしてきた。きっともう森の奥へ入り込んでしまってるし。
「これは…ハクの言う通りにした方が良かったかも」
今更なんだけどね。…いや、今からでも遅くない。一旦戻ってみようかな?
急に戻りたくなったので、回れ右をする。
…良かった、木の枝の目印は残ってる。これを辿ればべルキアに行けるね!
ちょっと安心してきた道を引き返そうとすると、目の前に熟しすぎたリゴンの実が落ちてきた。今は不安で神経がピリピリしているので、びっくりして飛び上がってしまった。きっと格好悪かったので、一人で良かったと思ってしまう。
「はあ…悠とカンナは、こういうところも平気なんだけどなぁ…」
僕だけが無理なのだ、お化け系。悠はホラー耐性100%、カンナはびっくり系だけ駄目なので80%、僕は全部駄目なので0%である。幽霊あるあるの死んだ魚の目が一番怖い。怖いし気持ち悪い。血みどろなのはいいとして。
「…よし! 気を取り直して、いざ!」
で、進もうと思ったんだけどねぇ…。
急に周囲の木がざわざわと揺れ始めた。何かがぶつかったとか、強い風が吹いたとかじゃなく、勝手に揺れ始めたのだ。噂をすれば何とやら…まさか本当に幽霊でも出て来てしまうのだろうか。え、嫌なんだけど。
揺れている木はぱっと見だとリゴンの木で、一番自己主張が激しいのはちょうど真ん中にある一番大きい木だった。そのほかのやつは小刻みに振動している…という感じだけど、この木だけは全然違う。明らかに自分から揺れていて、意思があるのは確実だった。
しばらく揺れると、中心のリゴンの木は、幹の真ん中から縦に裂けて、その間から巨大な一つ目がぎょろりと覗いた。それを合図に木の枝や葉っぱにも色んな向きに亀裂が入り、目が開く。でも、どの目玉も幹の中央から覗くものよりかは大きく開かない。それが本体か何かなのかな。
いやあ、コイツ…リゴンの木じゃないし、はっきり言ってキモイね。
そんな感想が伝わったのか、木の魔物は(どこから出るのか知らないけど)奇声を上げた。
…ん、待って!? これさっき聞いた猿の声じゃん! 遠くから聞こえたから勘違いしてたけど、甲高いしキイキイ言ってるし…絶対そうだ! 出会わないようにとか言いつつ、結局出会ってるんじゃん!
ガサガサと木の枝が揺れる。…と思ったら枝が鞭のようにしなって僕を薙ぎ払おうとした。
「あ…っぶね!」
間一髪でそれを避ける。掠りはしなかったけど、一泊遅れて風圧がやって来て、飛ばされるんじゃないかと一瞬ビビった。…というか、ここまで強い風が巻き起こるんなら、あの攻撃に当たってたら確実吹っ飛んでたな。普通の人じゃ、下手したら即死かも。…僕? 【耐性】のせいでどう足掻いても生き残るね。
続いて地面からの振動を感じたので魔物じゃない木の上に飛び乗る。すると、次の瞬間には僕がさっきまでいたところから木の根っこが杭のように突き出していた。いやぁ…殺意が高すぎないかい、こやつ。あれを食らっても僕なら死にはしないだろうけど…地面からだし…避け損ねると金的一撃が…。
うん、想像しないでおこう。
とにかく、この魔物はだいぶ殺意の高い魔物だと判断した。これ、僕に倒せるのかな? 一人で。
どうにかなれと願うしかないけど、逃げづらいこの状況では戦うしかない。枝という威力の強い武器と、根っこというステルス性の高い武器を持っている相手をいかにして撒こうかなんて、考えている間に死んでいそう。目ん玉沢山あるし、どう考えても飾りじゃないから死角なんて存在しないはず。こりゃあ、逃げる前に見つかって殺されるね。
うん、やっぱり戦うしかないわ。
バキッ
メキッ
バコッ
僕が飛び乗った木が邪魔だと判断したのか、リゴンもどきは枝を使って周囲の木を折り始めた。…やばい、コイツ知能もあるぞ。こんなの、冒険の序盤に来ていい奴じゃないって!
なんて慌てていると、枝の一本が僕の方に攻撃を仕掛けてきた。反応するのが遅かったせいで避けることが出来ない。…出来るかどうか分からないけど、斬るか。
「『スラッシュ』!」
ギイヤアアアアアアアア!!!!
切断は出来たんだけど…そこまでうるさい奇声を発されては、鼓膜が逝ってしまう。咄嗟に耳を塞ぐと、それを狙ったのか枝での薙ぎ攻撃が来た。
「ぐへっ!」
避けることも斬ることも出来ず、そのまま横に吹っ飛ばされる。そしてまだ折られていなかった木に叩きつけられるという二段構えのダメージ。それでも【耐性】シリーズのおかげで、骨が折れることすらなかった。
…でもめっちゃ痛いんだけどね! 下手したら、ビッグボアより痛いぞ、これ!
地面に伸びた僕を、リゴンもどきは枝を上から振り下ろすことで潰そうとする。それは横に転がることで避けることが出来た。
「『スラッシュ』!」
腹ばいになった状態で、叩きつけられた枝を切る。再びほとばしる悲鳴。今度は出来るだけ耳を塞がずに、立ち上がって反撃に警戒する。それを悟ってか、相手が攻撃を仕掛けてくることは無かった。
こいつ、マジで知能高めの魔物だな。枝も手足みたいに動かせるし。なんならすべてに意思があるみたいに自由自在に動いているし。まるでタコみたいだ。
…ん、タコ? もしやコイツ、タコみたいに脳がいくつもあるとか? そうしたら、これほどまでに知能が高めなのも納得できる。触手一本一本に脳があるタコと同じように、このリゴンもどきにも枝一本一本、根っこ一本一本に脳があれば、複雑な動きも可能になる。
これは…敵は一体じゃないと思い込んで戦った方がよさそうかも?
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