第16話 一つの仮説

 さて、次は何をしようか。

 町の探索が終わり、大体の構図も分かったことだし(ただし西側は論外)、何かやりたいことをしようか。

 買い物…をするにもお金が無いし、今から商業をしようなんて言ったってそんなすぐに雇ってくれる場所なんてそうそうある訳が無い。


「うーん…」

 どうしよう。


 色々考えた挙げ句、僕はしょうもないことを考え付いた。

 よし、こういうときは周りに聞き耳を立てよう。話を盗み聞きして情報を得る作戦だ。バレなきゃいい。バレても訳を説明すれば分かってもらえるだろう。

 じゃあなんで最初から話しかけないかだって? そりゃあ、誰かに話しかける度胸が足りないからだよ。悪かったな、こんな意気地なしで。


「…ねえ、南側のお店見た? めっちゃ美人な人がいたよね!」

「見た見た! しかもその隣にはイケメンなおじ様が一緒でさあ!」

「夫婦かな?」

「そうじゃない? 目の保養になるね、羨ましいよ、あんな夫婦」

「しかもあの容貌はキャラクリじゃできない代物だもんね、さっすがNPCだわ…」


 何か良い情報が無いかと聞き耳を立てていると、ふと、そんな会話が耳に入って興味が湧く。

 話を聞く限りだと、美人な若い女性とイケメンなおじ様…どんな見た目をしているのだろうか。女性の方は美人って言われているんだから、ハクみたいにカワイケメンじゃなくて、普通に「美しい!」と崇められるタイプなのだろうか。

 そしてイケメンおじ様はどういうタイプのイケメンだろうか。強面こわもてタイプか、はたまた優男タイプか、ダンディータイプか。…やばい、想像しただけで嫉妬心が芽生え始めた。今からでも、暗殺業に乗り換えようかな。

 いやいや、それは流石に不味い。うちのクラスに一人その職業がいたはずだけど、碌な知識教え込まれてなかったし。そもそも僕に“殺人”なんていうハードルの高いことをする度胸が無い。諦めて、今の職業で満足しよう、そうしよう。


 そしてもう一つ、…いや二つ? 気になる単語が聞こえた。

 「キャラクリ」と「NPC」だ。

 この単語って、絶対にこの世界に存在してはいけない類のものでしょ。ゲームじゃあるまいし、「キャラクリ」とか「NPC」とか…この世界で聞こえるはずが無い。

 でも、僕ははっきりと聞いた。それはどうしてだろう?


『うん、何というかさ、そっくりなんだよ』

『何に?』

『えっと、ほら、前世でもうすぐ開始予定だったVRMMO型のゲーム。名前は何て言ったっけ…“Life Of Fantasy”だったっけ。CMでやってたじゃん、この世界を自由気ままに楽しもう、みたいなキャッチコピーでさ』

『はあ? それって、ここはゲームの世界だってことか?』

『可能性はあるだろ? オレらはまだデイヴィス王国のことしか知らねぇし、どっかの国に、プレイヤーみたいな存在がいるかもよ?』


 ブンブンと首を横に振る。いやいや、まさか…ね?

 僕の全細胞でその事実を否定しているけど、…まあ、ハクも異世界人のことを「中央の噴水近くから急に出現したらしい」と言っているし、…いやでも…。

 さんざん考えたが、答えは一つしか出せなかった。


 この世界って、ゲームとリンクしている?


「…うん、そういうことにしておこう。そうしよう」

 そして、僕は考えるのをやめた。


 でも、気になったあの夫婦(らしい二人組)は気になったから…うん、気になり過ぎて来てしまいましたよ、南側。野次馬精神には勝てなかったよ…。

 他の人からも盗み聞きをして、場所はプレイヤー間で有名な武具屋だと分かった。


 そして…すごく、人が沢山です。もうこれは有名人がやって来たときの近くの住民の反応だ。

 だけど、群れているのはプレイヤーっぽい人だけで、住人は見向きもしないのが気になった。何かあったのだろうか。


 …と、突然ワッと歓声が上がり、腰を抜かしそうになった。

 いきなりなんだ、と見ると、ちょうど武具屋から例の二人とその護衛みたいな人たちがぞろぞろと出てきたところだった。…ちょっと参勤交代みたいだ。


 遠目からでも分かる。確かに少女? 女性? の方は美人だわ。まだ成長しきっていない感じの童顔に、僕よりも数センチかは高い身長(ちょっと悔しく感じたのは内緒だ)。べルキアでは珍しい、長い黒髪、猫のように輝く金の瞳。

 少女と表現してもいいかもしれないけど、表情や所作は大人というか…そもそも無表情なのが、冷徹な雰囲気を醸し出していて、どこか子ども扱いできそうにない。


 それにしても、そうか。この子が黒髪だから住民たちが寄り付かないのか。

 というのも、この世界での黒髪または白髪は、差別の対象らしいのだ。城の書庫で暇なときに読んでいた文献にも、よくそんなニュアンスで黒髪白髪が描かれていた。

 なんでも、この世界には「ロナ族」という危険な戦闘種族がかつて存在していたらしく、今は約1000年前のロナ族殲滅戦で滅んで、もういないみたいだが、結構恐ろしいことばっかりやっていたっぽい。

 …まあちゃんとは読まなかったからそんなに知識は無いけど、そのロナ族は黒髪・白髪が多かったせいで、僕はたまに騎士や兵士たちからも避けられていた。

 召喚されたときに黒髪の人の肉体に宿ったのって、僕だけだったんだよな…。つらい。


 とまあ、そんなふうに黒髪に厳しい世界だったので、城内での僕は悠とカンナがいなければ、多分発狂していたんじゃないかと思う。何もしていないのに、見た目だけで白い目をされるってとてもツライ…。

 まあ、それも森の中で一週間を過ごしているうちに忘れていたんだけどね。だから気付かなかったけど。

 というか、そういやハクも黒髪だったな? だからどうしたと言われそうだけど、…初めて出会った国外の人間が黒髪って、何か因縁めいたものを感じるなぁ。もしかしたら、向こうも似たようなことを考えて僕を助けてくれたのかもしれない。


 話は逸れたが、少女は黒髪だったせいで住民が見向きもしなかったわけだ。


 で、僕的に問題はその隣の男の人。

 これは完全なる僕の勘だ。

 貴族っぽい優しげな雰囲気の長身で、周りに愛想よく笑顔を振りまいている。が、どことなく信用できないのだ。

 この感じ、どこかで…と思ったら、いじめっ子尊たちが周囲の人に「いじめは無いよ」と伝えるときによく使う手がこんな感じだったなと気付いた。

 ああ、この人は信用しちゃいけないタイプだ。

 即座にそう感じ取り、心のメモにメモメモ…。この優男は警戒リストに入れよう。たとえ勘違いだったとしても、相手が知ることは無いだろうし。

 僕は絶対に貴族と関わらない(これが完璧なフラグだとは、気付く由も無い)。


 ふと、黒髪の少女と目が合った。

 底が見えず、何を考えているか分からないような目。その奥で何かが燃えている気がして、だが冷めているようで、不思議だった。

 彼女はそんな瞳で二秒ぐらい僕を見つめた。それから目をそらし、何事も無かったかのように通り過ぎていった。


 …なんだか、とんでもないものに目を付けられた気がする。


 はっきりとは分からないが、このとき、僕はそう悟ったのだった。






「…で、どうしようか」

 絶世の美少女を目に焼き付けた後、今さら本題を思い出す。

 僕はデイヴィス王国へ帰るためにこの町へ来たんだった。まったく、何してるんだか。

 言い訳をすると、人がいっぱいいたせいで雰囲気に流されて、自分もプレイヤーの一人だと思って行動してしまっていた。そのせいで本来の活動を忘れてしまったのだ。

「うん、さっさとやることやろう」




「…あの、ちょっと聞いてもよろしいですか?」

 戻るためにはまず情報集めだろう。というわけで、勝手に【鑑定】して「住人」と記されていた人に声をかけてみる。

「あー…? 何だ?」

 うわぁ、不愛想な人を選んじゃったよ…。

 まあ、選んでしまったのなら仕方が無いか。


「僕、デイヴィス王国への行き方を探しているのですが、何かご存じありませんか?」

「…あんた、あの国に行きたいのか? とんだ物好きだな」

「…と、言いますと?」

「あそこは今魔族と戦争しようとしていてな、国中ピリピリしてるらしいぜ。おまけに勇者まで召喚して、戦力を固めているんだと。…あんた、今迂闊にあの国に行けば、死ぬかもしれねえぜ?」


 へえ、周りから見ると、こんなふうに見えているのか。…てか、本当に僕たち戦争へ駆り出されそうになっているんだな…。ちょっと戻りたくなくなってきたかも。

 そしてこの人、不愛想な割にはちゃんと話をしてくれた。見た目で判断しちゃいけないな。

 お礼を言ってその場を後にしようとしたところ、その人が言った。


「…そういや、勇者の話だがな、確か一週間前ぐらいに勇者が一人、訓練中に死んだらしい。死体はまだ見つかっていないがな、安否を確かめるために捜しに行った騎士団長が、魔物に頭食われて死んじまったらしいから、それでもう生きてるのは絶望的だっつぅ話になったらしい。…ま、本当かどうかは知らんけどな」


 Oh…。僕死んだことにされてんのか。しかも僕が飛ばされたせいで、騎士団長がお亡くなりに…。マジかよ、あそこの魔物ってそんなに強かったのか。本当に僕、よく生きていたな…。

 てことは、あれ? 帰ったら幽霊騒ぎとかで尚更面倒くさくなる? やっぱりこれ、帰らなくても良くない?

 いやいや、待て。それじゃあ、悠とカンナを見捨てたことになってしまう。そんなの駄目だ。僕は絶対、あの二人の為にも帰らないと…。


「その後、次の日くらいにかね? 勇者のうち二人が、前日の一人の後を追うように消えたって話だぜ。なんでも、その二人は死んだ勇者の友人だったらしいから、後を追って死んだんじゃねぇかと思われてるらしいな」


 …ん?

 死んだ勇者の、友人二人…まさか…。


「あ、あの…本当にその二人は死んだと思われてるんですか?」

「いや、一部ではただ脱走しただけじゃねぇのって言われてんな」

「じゃあ死んでない可能性もある、と…」

「まあ、その二人は勇者の中でも強かったらしいからな。勇者がどんくらい強いのか知らんが、少なくとも全員騎士よりかは強いらしいし。大多数は脱走したと思ってんだろうな」


 今のところ死んだことにされてるけど、もしかしたら脱走しただけかもしれない、と…。


「そうですか…あの、お話ありがとうございました。…これ、お礼のつもりで貰ってください」

「…ん? こ、これは…!」

「それでは!」

「あ、ちょ、ま、…なんだよ、あいつ」


 情報を提供してくれた人にお礼を渡し、そのままサッと走り去る。この後に他の人にも聞いてみたが、同じような答えが返ってくるだけだった。若干内容が歪曲されている気配も感じたが、そこは気にしたら負けだ。


 とりあえず一人になって情報を整理したい。






 ちなみに、僕が渡したお礼とは、バオバブの森で取った魔物たちの魔石の一つである。魔石は金になると聞いたので、話をくれた人に渡したのだ。

 そして、後日バオバブの森の深奥部で取れた魔石はとても高価なものだと知り、驚くことになるのだが。

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