第15話 町に到着!

 歩いて5時間くらいかな? 日が昇り、現在は朝です。早朝の小鳥のさえずりって、この世界にもあるんだね。


 ハクについて行くと、意外とあっという間だった。嘘じゃない、本当だよ? 森の構造を知っているのかと聞きたくなるぐらい、あっという間だった。僕の初めの一週間は何だったのかと悲しくなるぐらい、あっという間だった。

 そして、明らかに森の浅い部分まで来たな、と分かるぐらいには襲ってくる魔物も弱くなってきたし、何より、人が通るような整備された道を見つけることが出来た。

 いやぁ…凄いね! 僕、歩いて5時間しかない道のりを、1週間も迷ってたんだ!


「…いやいや、なんでやねん!」

 叫びたくなったので気の向くままに叫んだら、珍しく、ハクが肩をビクッと震わせた。

「急にどうしたんだ?」

「どうしたもこうしたも…僕の方向音痴がここまで酷いものだったのが発覚して、今、ものすっごく発狂したくてたまんないんだよ!」

 僕の声が辺りに反響した。

「あー…まあ、1週間も同じところを歩き回るぐらいだしな…」

「ハクは黙って!」

「お、おう…」

 怒りのままに叱りつけたら、ハクは大人しく黙ってくれた。ちょっとだけ憐憫のこもった目で見られているけど、今はどうでもいいよ!


「…お前、情緒不安定すぎだろ」

 僕が落ち着いたのを見計らって、ハクがとどめを刺してきた(「とどめ」といっても、多分そこまで悪意は無いんだろうけど)。でもそろそろ慣れてきたから、もう反応しないゾ!

「…思えば、割と日常茶飯事なことだったのかも…」

 学校でいじめられていたときも、城でいじめられていたときも、悠とカンナ二人の前では、似たような発狂状態があったような気がしてきた。…いや、無かったな。アレはただの僕のツッコミ癖だ。あの二人がボケをやりまくるから…。

「社会不適合者なのか…?」

「いいえ…いいえ、多分違います」

「なんで二回も否定すんだよ。しかも、“多分”じゃ全然説得力ねぇぞ」

 今のハクみたいな感じに、ツッコミをやっていた記憶がある。…というかハク、やっぱり僕と同類だよな。


「それよりハク、ここはどこなんだ?」

 自分に不都合な話題は、逸らすに限る。なので普通に気になったことを尋ねたら、それにハクも乗ってくれた。ありがたや…。

「…ここはべルキアっていう町の近くだ。ずっと寂れていたのに、最近はなぜか人が溢れていてな、その大半は異世界人なんだ」

 ここなら同じ異世界人がいるし、お前も過ごしやすいだろ? とハクは言った。

「え、僕達以外にも異世界人がいるの?」

「異世界人は、この世界にはいくらでもいる。…だが、そうだな。【召喚勇者】はお前と残りの38人だけだ。そうでない奴らは、べルキア中央の噴水近くから急に出現したらしい」

 やけに聞き覚えのあるシチュエーションだなー、と思いながら、依然ハクの後ろをついて行く。だんだん、人の声と戦闘音が聞こえてくるようになった。多分、冒険者が魔物でも狩っているのだろう。

「…ここからは、一人で行けるんじゃないか?」

 不意に立ち止まって、ハクは尋ねた。

「あ、はい…多分、大丈夫だと、…思います」

「不安しかない返事だな」

 だって、僕の方向音痴がどこまで適応されるのか、分からないんだもん!


「ハクは町に行かないのか?」

「…人は嫌いなんだよ」

 ああ、人嫌いでしたか。道理で用心深かった訳だ。

 あれ? ということは、僕を助けたのは割と気まぐれだった可能性が出てきたな。しかも、ここまで一緒に来てくれるって…やっぱり僕と同類ですねぇ?

「…なんだよ、その顔は」

「いえいえ、何でもありませんとも」

 ニマニマしているのがバレたので、慌てて目をそらしながら答えた。ジト目で見られているが、気にしないもんねー!


「…とにかく、さっさと行け。それから、もう迷わないように今度は案内でも付けて森に入れよ」

「あはは…善処します」

 僕に道案内を頼めるコミュ力が無いので、ハクの最後の提案ははっきり「はい」と言えない。それでこんな曖昧な返答になってしまった。

「…。そうか。ま、なんにせよこれでおさらばだ。じゃあな」

「あ、え? …早くない!? あ、ありがとうございましたー…」

 流石にもう嫌だったのか、早々に話を切り上げて再び森の奥へ去っていってしまった。最後の言葉は聞こえていたのかどうかは分からないが、…そもそも歩くスピードが速すぎてそれに驚いたのだが(気が付くと10メートルは離れた位置にいた)、とりあえず…


「…良い人!!」


 マジでそれは否定できなかったな。


 叫んでしまったけど、気を取り直して見つけた冒険者さん達が向かっていくところへついて行く。もちろん、コソコソと相手にバレないように。

 …会話が面倒くさかったというより、…怖かった。そう、ハクとは森の中という緊迫した状態の中で出会ったから、比較的友好な関係を築けたが、今は別にそうでもない。それを思うと、話すことが億劫で堪らなかった。

「こういうとき、悠かカンナがいたらどうにかしてくれたのかなぁ…」

 情けないひとり言を呟きながら、僕はべルキアへと辿り着いた。


 冒険者さん達が入っていった城壁をくぐる。

「…おぉ…」

 人が、いっぱいです。


「我が国にようこそ!」

「ここは商業の街だよ!」

 とか雑踏の中で声が聞こえる。何かの勧誘でもしているんだろうか。

 そして垣間見える、ゲームの初期装備っぽいものを身に纏っている人たち。…さっきハクが言っていたことからもちょっと感じたけど、この世界ってもしかして…。

 いやいや、今はそんなこと考えたってどうにもならない。先に、元の国に帰るための情報を集めなきゃ。この違和感の正体を確定させるのは、その後だ。


 元の国と言えば…ハクが道案内してくれると言ったから黙ってついて来てしまったけど、普通にデイヴィス王国への道のりを聞いて、直に送ってもらった方が早かったんじゃ…。

 まあ、今更考えたって遅いか。ハクとももう別れてしまったし。

 首を横に振って、辺りを見回す。


「すごい、賑やかな街だな…」

 どこへ行っても人が沢山いる。そして種類豊富な店も沢山あった。ざっと見ただけでも、肉屋だったり、アクセサリー店だったり、武具屋だったり、色々とある。最初に聞こえた「ここは商業の街」は、伊達ではないみたいだ。


「他の方向へも行ってみよう」

 勇気を出して、近くを通った衛兵さんに尋ねると、ここはべルキアの南側で、今通った城門は南門だったらしい。

 べルキアの南側は、様々な店が進出している場所と考えておこう。方向音痴も相俟って、再びここに戻って来られるかは怪しいところだけど。


 次は東に行ってみ…東の方は、スラムっぽかったので、後回しにした。


 今度は西だ。西側はレッドフォレストという、バオバブの森の中でも赤い色素だらけになっている場所と隣接していて、そこには普通の民家や隠れ店舗があった。…ただ、この場所の道はくねくねして迷路みたいになっていたので、方向音痴の僕は、一度迷えばもう出られないだろう。

 …いや、正直に言おう。これは、もう迷子になった後の感想です。偶然通りかかった衛兵さんに中央区まで案内してもらって事なきを得たけど…。あれは衛兵さんに声をかけてもらわなければ、どうなっていたことやら。


 北側に行けば、王族や貴族の屋敷が沢山あった。

 貴族かぁ…。派閥争いとか権力争いとか、色々とドロドロしてそうだから、なんか関わりたくないなぁ…。

 てことで、少し近くの屋敷を拝見して即退散した。

 感想? 大きくて豪華で…僕から見たら、これもうお城だろ! って言いたくなるぐらい、広そうだなって感じ?

 あ。あと、門の近くを通りかかっただけで、すんごい怒鳴ってきた見張り兵さんとかいたな。生憎のヘタレなもんで、その声にビビッて尻尾巻いて逃げてしまったけど。…もうあそこに行けない…。


 そしてしばらく右往左往。主に南側、中央側だ。中央側はどこに行く時でも経由しなきゃいけないから省略してたけど、…多かったのは、露店だ。南側は店舗がしっかりあるけど、中央はまだ見習いとかが多いのかな?

 そして決まって、東側に足が向きかけて止まってしまう。今、僕が何を考えているのかは、多分想像に難くないだろう。


 …よし、腹をくくって東側のスラムへ行こう。


 流石にこれ以上先延ばしにしていたら踏ん切りがつかなくなると思ったので、軽く頬を叩いて東側へ足を踏み入れる。

 いや、必ず行かなければいけないという訳でも無いのだけど、これから過ごすかもしれない町で、知らない場所があるというのはなんだか気持ち悪い。デイヴィス王国に帰るまでは、この町を拠点にするつもりだしね。

 だから、観光がてらべルキアを探索しているのだ。


 …で、決心したは良いものの、やっぱり怖いものは怖いので、びくびくしながら舗装されていない道を歩いていたが、べルキアのスラム…意外と治安が良い、ということに気が付いた。

 子供たちが元気よく挨拶をしてくるし、ボロボロで裕福そうには見えないけど、皆どこか楽しそうだ。僕が歩いても、嫌な顔一つしないし。

「警戒して損したなぁ…」

 が、一番の感想だった。


 あとで衛兵さんにスラムの治安の良さの理由を尋ねてみたら。

「この町では教会がスラムの人々に、定期的に寄付をしているからねぇ。…あ、もちろん犯罪を行っていない人という条件付きだけど。それが理由なんじゃないかい?」

 おかげで仕事が少なくて助かってるよ、と笑いながら言っていた。ゆるい。

 非常に申し訳ないんだけど…ここの衛兵さん、いざという時に使えなさそう…。


 自分の身は自分で守ろう。僕はそう決心したのだった。

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