第12話 だいたい空腹のせい

 ぐぎゅるるる…


「あ…」

 唐突に腹の虫が鳴って、もうすぐ夕飯時だったと気付く。というか、知らない相手にこんな音を出すなんて恥ずかしくないか? 今、ちょっと顔が赤くなっているかも。

「…は、腹が減って落ち着かないので、ちょっと狩りしてきまーす…」

 恥ずかしさのあまり頭が真っ白になって、愛想笑いをしながらこの場を離れようとする。それを、ハクが僕の腕を掴んで阻止した。

「ここは森のど真ん中だって言ったろうが。それに、自分の実力に自信が無いなら、夜の森に行くなんて危険すぎるだろ」

「…あはは、おっしゃる通りです…」

 本気で心配をしているのか、はたまた別の理由があるのかは知らないが、ハクに睨まれたのでこの場を離れることを諦めた。

 まあ、本当に一時の気の迷いだったし、自分でも死ぬかもってずっと思い続けているわけだし。僕からしても、行かない方が賢明だと気付いてはいる。…ほ、本気でどこかへ行こうとか思ってないんだからね!


「…でもお腹空いたなぁ…」

「睡眠不足よりかはマシだろ、我慢しろ」

 流石に全部はやってくれないみたいだ。もし手伝ってくれるようだったら、ハクに狩りとか任せようと思ってたのに。ちぇっ、釣れないなー。


 腹が減っては戦が出来ぬとは言うけど、前世でも今世でも、お腹が空いている状況には慣れている。確かにハクの言う通り、睡眠不足よりかはマシだと思うし。

 ということで、今日はもう夕飯は良いかな。お昼寝をするつもりが爆睡した僕も悪いわけだし、あえて自らを危険地帯に突っ込むという蛮行はしたくない。

 うん、明るくなってから魔物食料を狩るってことで良いか。


 というわけで、暇しておく。

「ハクさんや、何か暇潰しを持ってたりしないかな?」

「俺に訊くな」

 冷たーい…。

「は、話し相手になってくれたりは…」

「……勝手に話しとけばいいだろ」

 お? じゃあ一方的にしゃべろうかな。僕もマシンガントーク術は持ってないけど。


 ハクは僕に少し慣れたのか、焚き火の一番近くにある木にもたれかかって座り込んだ。視線はパチパチと音を立てる火に注がれているけど、ちゃんと僕の話は聞くつもりのようだ。…やっぱ優しいよなぁ?

 僕も、そういえばハクと出会ってからずっと立ちっぱなしだったと気付き、急に足の疲労を感じたので、その場であぐらをかいて座った。


 そしてここで、話のタネを持っていないことに気付く僕は、決して間抜けじゃない…。

「…何を話せばいい?」

「だから俺に訊くな」

 二回目。

 些細なことでも言葉を返してくれるハクさんは、何だかんだ人付き合い良さそうだな。…もしかして、僕が話せば自然と会話になるんじゃないか?


「うーん…」

「話すことが無いなら、無理にしゃべろうとすんなよ」

 ごもっとも。でも暇なのはどうにか回避したいので、我慢してほしい。僕の森の中での暇潰し、ひとり言っていう悲しいものだったからね。久しぶりの会話を楽しみたいんだよ…。


 …と、そこで唐突に思い出したことがあった。

 そう、ハクとの遭遇にあまりに驚きすぎて、僕の中で完全に忘れ去られたことが。


「…………あのー、ハクさん…」

 かなり言いづらいので、しばらく悶々と迷った末に話しかける。

「そう言えば僕、今日の明るい時間にビッグボア二匹をやっつけたんだけど…」

「…は?」

 証拠として【収納】からビッグボアの死体を一頭だけ取り出してみせる。ドスン、と重たい音がしてその場に大人一人分の大きさの猪が出現する。

「は?」

 はい、二度目の「は?」、いただきました。

 そうだよね、僕からしてもこれはキレて良いと思う。だって、僕ですら、自分は弱いよと宣言しておきながら強い魔物を持って来られたら、「嘘じゃねぇか!」って怒鳴る自信がある。

 そんな状況になった今、ハクの心境や如何に…。


「…マジでお前、…何なんだ?」

 サッと立ち上がって僕を警戒するハク。

 …うん、当然の反応だね。当然の反応なんだけど、ようやく少しだけ仲良くなれた気がしたのに、これは悲しくなるなぁ…。

 火種は僕なんだけどね?


「ゴメンナサイ、『運が良かった』で済ましてくれたりは…」

「すると思うか?」

「……いや、思わないけど…」

 そう言いながら再び僕の腹の虫が鳴った。おい、空気読めよ僕のお腹!!


「…」

「…」

 お互いに気まずい空気が漂う。


「…腹が減った!」

「いや、この状況でそれは無いだろ!?」

 もうどうにでもなれ、という投げやりな気持ちで叫んだら、とても良いツッコミが返ってきた。…本当にハクってツッコミ気質だよな。嫌いじゃないぜ、そういうの。ある意味僕とは同類だと思えるからな。


「とりあえず、何か食べても良い? シリアスさんがどっか行っちゃう…」

「……はぁ…好きにしろ」

 よし、とりあえずは警戒を緩めてくれたのか、オーケー貰いました。

 僕は我慢できるけど、無意識の欲求はどうにも出来ない…。こんなにもピリピリした状況だったのに、腹減り音で台無しだよーもー。


「よぅし、それじゃあ解体! …って、でっかい奴だとどうするんだろう」

 うん。自分でシリアスさんを逃がしてしまったね。

 でもさ、言い分くらいは聞いてよ。…ウサギぐらいの小動物なら解体できるけど、この大きさは流石に無理なんだもん! どうしようもないもん!

 …ああ、誰に言い訳してるんだろう僕は。


「…。お前…あーもう、調子狂うな…」


 流石に心配になり出したのか、解体の仕方はちゃんと教えてくれたハク。…マジで警戒してるのこれ? というよりも、本当に良い奴過ぎる。この人に隠し事とかしなくても良いんじゃないかとか思い始めた。

 でも、向こうも明らかに僕に対して隠し事はしてると思うんだよな。ここまで用心深い(?)性格なら、名前も偽名の可能性が高い。でも、それに対しての僕は、性分的に隠し事なんて無理だし、何ならもう本名で自己紹介しちゃってるし…。

 あー、僕はこの世界でもお人好しとして、誰かに毟られながら生きていくことになるかもしれん…。今のうちに覚悟しなきゃな…。

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