第13話 結局はお人好し

「…なあ、本当に自分で狩ったのか、ビッグボアそれ

 解体をして肉を切って焼く頃には、月が真上近くまで昇って来ていた。

 …この世界の月って、特殊だよな。二つあって、一つは煌々と輝く白い月、もう一つは仄かに赤く見える月。若干白い月の方が大きいかなと思うくらいで、どちらもサイズはほぼ変わらないみたいだ。

「…」

 城にいた頃に書物で読んだのだが、白い月の方は「白の月」、赤みがかっている方の月は「黒の月」と呼び、その二つは一カ月に一回、近付きすぎて重なり、どいう原理かは知らないが、一つに重なった月が灰色に輝く日があるらしい。その日は「忌み日」と呼び、不吉なことが起こりやすいらしい。

 …まあ、僕はこの世界に来てから空を見上げたことが無かったので、そんな日あったかなぁ、とあまりしっくりこなかったし、今見るまで忘れていたけど。


「おい、聞いてるか?」

 改めて考えると、本当に異世界なんだな、前世に月は二つなんて無かった。赤い月はあったらしいけど、それは本当に稀で、この世界みたいに毎日見られるわけじゃない。しかも数百年に一度とかそこら辺の単位でしか見られないから、それを考えると尚更不思議だ。

 月の周りで光る星も、よく見れば色とりどりだし、なんだか綺麗…。


「話を聞け、ショウナ!」

「うわっ!? …びっくりしたぁ…」

 月が綺麗なのでボーっと眺めていたら、何か話しかけられていたことに気付かなかった。そのため現在、ハクに至近距離から顔を覗かれて、めっちゃ驚いた僕。

「お前、そんな注意散漫じゃこの世界で生き抜けないぞ」

「ご、ごめん。考え事に夢中でつい…」

「だから、それが危ないって言ってんだよ」

「う…気を付けます」

 ちょっとハクがお母さんみたいだと思った。言ったら失礼だろうか?


 というよりも先に…

「…あの、…近い…」

 僕にソッチ系の嗜好は無い(どちらかと言うとスレンダーで美人なお姉さんが良い)けど、流石にカワイケメンにずっと、しかもかなり近い距離から顔を覗かれ続けるのは、僕の精神的にもよろしくない。わーい、イケメンだ! とテンションが上がる一方、ちょっと僻みの感情が湧いてくる。…くそぅ、僕だってハクと同じ系統の可愛さを持った顔を持ちたかった!

「あ、すまん…」

 無自覚だったのか、慌てて僕から顔を離して、空間的にも距離を取るハク。…この人、絶対女の人を何人か泣かせてるな…。


「…で、何の話だっけ?」

「ビッグボアの話だ。本当にお前が狩ったのかって聞いたんだよ」

 まあ、こんだけ詰めの甘い人が森のど真ん中にいたら、強さを推し量りたくもなるよな。どんだけ強ければこんなに無防備な状態でいられるんだ、みたいな? 僕、そこまで強くは無いけど。


「一応、…運もあっただろうけど狩ったのは僕だな」


 ビッグボア二体に囲まれて、どうやってしのぎ切ったのかを説明した。


「…なるほど、確かにビッグボアは突進しか攻撃の手段がないが、その分攻撃の一つ一つの威力が高い。そして、群れともなれば、連携してくることが多い…運もあっただろうな」

 ハクは一応納得してくれたのか、そんな情報を教えてくれた。…やっぱり連携してたんだね、あの猪ども。

「だが、背中に飛び乗った判断は悪くないな。お察しの通り、アイツらは背中の皮は厚いが、それ以外にそこを防御する手段が無い。つまり、奴らは自分の背中を狙うことが出来ないから、お前みたいにしがみつかれれば、手出しが出来ない状況になるな。…もちろん、そういう状況にならないようにするのが一番だが」

「へぇ…」

 凄いなハク。かなり詳しい話ばかりをしてくるから、すごく為になる。なんというか…そう、経験から来る知恵って言うの?


 …というか、ハクって本当に僕のこと警戒してる? 僕が生存できるようにちゃんとアドバイスもくれるし、肉の解体を手伝ってくれたりもするし。…そうだ! 僕が疲れて寝ているのを見つけたときも、夜になって冷えないように近くに焚き火を作ってくれたんだろうって感じだったよな!

 一から挙げていくとめちゃくちゃ良い奴だな? ハク、実は僕と同じお人好しなんじゃあるまいな?


「…な、なんだよ」

 じっと見つめてしまっていたのか、ハクは僕のことを軽く睨む。

「いや、特に内容があるわけじゃないんだけどさ、…そういえばハクって、警戒していたはずが普通に会話もしてくれてるし、なんかいい奴だなと」

「……。………うるせえ」

 ハクは何かを言いかけてやめ、目をそらすと辛うじて聞き取れるぐらいの小さい声で言った。

ツンデレ説が濃厚。


「…はっ、肉が焦げる!」

 不意に焚き火を利用している猪肉のことを思い出して、立ち上がる。慌てて様子を確認してみたら、肉塊の端っこが焦げかけていた。…あっぶな。


「お、これは結構美味い」

 試しに一口食べてみたら、肉汁たっぷりな豚肉の味がした。他にも何本か串に刺して焼いてあるので、そのうちの一本をハクに渡した。

「……は?」

 そんな怪訝そうな顔をしないでください。

「この量、流石に僕一人じゃ食いきれないんで。…というか、自分だけが美味しくいただいて他の人は見ているだけなんて、そんな飯テロはしないです。特に、知らないけどいい奴そうな相手には」

「…。お前、悪人に騙されるなよ」

 そんな辛辣な言葉にあははと苦笑いをして、もう一口齧った。…美味い! もしかして、強い奴ほどその肉は美味しかったりするんだろうか。ビッグボアって結構強いだろう(僕の中では強かった)し、しかも豚の仲間だからね。

 …いや、豚の仲間なのが一番の理由かもしれない。味も高級な豚肉そっくりだしな(食べたこと無いけど)。考えたら、色々な説が浮上してきた。


 ま、今は気にせずいただこう!


 そうやって美味しく頬張っていたら、それを見たハクも一口だけ串を齧ってくれた。

「…美味いな」

 関係無いはずなのに、僕の方が嬉しくなる。何て言うんだろう…強いて言えば、自分が頑張って作った料理が高く評価されたときみたいな?

 調子乗って「だよな!」と誇らしげに言ったら、「お前は焼いただけだろ」とまともな返しが来た。


「でも不思議だなぁ。角付きウサギは焼いても味なんて付かなかったのに、ビッグボアは調味料無しで美味しく出来上がったんだもんな」

「…俺は料理の専門家じゃないからな。そこまでは知らん。町に着いたときに、別の誰かに訊くんだな」

 ハクにも知らないことはあるのか。

 …そりゃ、人なら誰でも知る知らないはあるよな、なんか博識っぽかったから意外に思っちゃったけど。


「…よし! 散々昼寝はしたけど、…眠れるかどうか、試してみるか!」

 食事が終わればやることが無いので、立ち上がって【収納】の中からテントを出し始める。大体結果が見えてるけど、夜が明ける気配は全くないし、気にしないことにする。ハクはただ、そんな僕を無言で見つめていた。…見つめていないで、ちょっとは手伝ってほしいなぁ…。

「よっしゃ、完成! 今日は上手く設置できたな!」

 一人で満足して頷く。…こんなふうなひとり言を一週間、同じように孤独の中で言っていただなんて、友人二人には口が裂けても言えないな。「や~いぼっち~」と馬鹿にされることぐらい、目に見えている。


 分かるだろうか、呟いても誰も反応してくれない、しかも自分の声は虚しく辺りに反響するだけという、しゃべるだけで心が抉られるあの感覚。僕は、ハクと出会うまではずっと、それを体験してきたのだ。

 あれね、意外とね、…いじめられていたときよりも堪えたよ…。マジで。でもしゃべらないと、自分が声を出せるのかさえも忘れそうになるし、ずっと魔物の声ばっかり聴いていたら気が狂いそうになるし(もう狂ってるのかもしれないけど)、…とてもつらい板挟み状態だった。

 そんなわけで、僕はどうにかこうにか正気を保ってきたわけだけど、この一週間のうちに、ひとり言は習慣化していた。うん、自己防衛だったとはいえ、悲しい。国に戻ったら、まずはひとり言をどうにかしないと…。


「…思ったんだが、ショウナってひとり言が多いよな」

「ぐふぅ!?」

 悠とカンナに「や~いぼっち~」と言われることは無かったが(その場にいないから当たり前なんだけど)、思わぬところから打撃が入って、変なうめき声を上げる。

「そ、そんなに多かった…?」

「ああ。テントを立てるとき、『あれ、これは違うな』とか『うわ、土が入った』とか、割とどうでもいいことばかり。…まるで自分で自分に説明しているような感じだな」

「…。もしかして、手伝わなかったのって、僕のことをずっと観察してただけ…?」

「…まあ、そうだな。お前には悪いが、ひとり言を言っているのが面白くてな」

「えぇ…」

 流石にハクもばつが悪そうに目をそらす。

 ただ単純に僕の行動を監視しているだけだと思ったけど、まさか面白がっていたとは…。


「…一応ひとり言これ、直したいと思ってるから、あまり抉らないで貰えると助かります」

「いや、本当…すまん」


 それから少し間が空いて、気まずい雰囲気を壊すように僕は言った。

「よし! テントの準備が出来たし、頑張って寝てみよう!」

「…普通、睡眠って頑張るものじゃないんだが…」

 ハクさんが何か言ってるけど、気にしない気にしない!


 それじゃあ、おやすみ!

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