第11話 遭遇
…ふと目を覚ますと、既に夜になっていた。どうやら、少しだけ微睡むつもりが、しっかり熟睡してしまったようだ。
ちょっと休んだら出発する予定だったのに…。
でも不思議だな。用意した記憶も全く無いのに焚き火が出来上がっているし、爆睡していたはずなのに魔物に襲われた形跡も無い。
寝ている僕の代わりに、誰かがやってくれたようにしか思えない。でも、起き上がって周りを見回しても、影一つ、誰かがいる気配すらも見つけられなかった。
「…うーん? 寝ぼけたまま用意したのかな?」
そうやってこれからどうしようかと考えようとしたときだった。
「…お、ようやく起きたのか」
どこからともなく声がした。
…え、どこ…?
驚いてキョロキョロしていると、背後からパキッと小枝が折れる音がしてビビった。
「…びっ…くりしたぁ、驚かすなよーもー…」
振り返ると、遠すぎるとも近すぎるとも言えないちょうどいい距離を置いて、そこに誰か知らない人が立っていた。
久しぶりに人の姿を見たので、霊的な何かかと思って一瞬ビビった。けど、ちゃんと人だった。…いや、絶妙に焚き火の明かりが当たらない位置にいて影しか見えないから、人の形をしていた、が正しいか? 夜目が利いて、辛うじて相手が僕より高身長だと分かるぐらいだ。175センチとかそこら辺かな?
「こっちだってびっくりしたんだが?」
僕の反応に、そちらは怒っているような声で返した。
もしかして、ここってこの人の敷地内か何かだったりする? やっべ、だとしたら僕は今、不法侵入していることに…!
「えっと…ごめん」
とりあえず謝っておくことにする。僕が悪くなくとも、相手は悪いと思っているかもしれない。
「…別に、俺は怒っているわけじゃない。取って食うなんてしないから、そんなに怖がるなよ」
依然怒ったような声に呆れを滲ませて、相手は答えた。
「あの…じゃあ、もうちょっと近くに来てくれませんかね? 僕の方からじゃ、暗くて姿がよく分からないから、どうしても警戒しちゃうんだけど…」
「………ああ、すまんな」
明らかに申し訳ないと思っていなさそうだけど、優しいことにその人は一歩前に進んでくれた。ようやく明かりが当たって相手の顔が見えた。
「…おお、普通にカワイケメン…」
思わずそんな言葉を漏らす。
その人…多分青年は、適度に整った顔立ちで、イケメン…というより、ちょっと可愛い系? の人種だった。話口調や声の低さからして恐らく男性だし、性格は別に可愛くないだろうけど。というか、僕のように女性に近い可愛さではなく、男性寄りの可愛さなので、同類だと言えないことに悔しさを感じる。
瞳は血のように赤く、アルビノかな? と思ったけど髪の毛は真っ黒だ。…まあ、異世界に前世の理論なんか求めちゃいけないよね。じゃなきゃ、魔法なんぞ使えない。ピンクとか青とか、カラフルな髪の毛や瞳も見られない。…話は逸れたけど、その人は髪が少し長いのか後ろで乱雑に結んでいて、異世界漫画でよくいる“修行した人”みたいな印象を受けた。
まとめ:強そうだ。
「…? カワイ…? …イケメン?」
僕が反射的に作った造語だったので、イケメン君は怪訝な顔をした。
「あ、ごめん。何でもない…デス。その…なんとなく口に出た言葉だから、気にしないでください」
これに関しては僕が悪いのではっきりと言う。ただし、僕も可愛いと言われるのは嫌なので、意味は言わない。…まあ、直感で分かるかもしれないけど!
「…まあ、いいか。ところでお前、ここで何してたんだ? 異世界人だろ?」
そのイケメン君は、唐突に話を変えて質問した。
…やっぱりこの人怒ってない? ここまでぶっきらぼうに「お前なんか本当はどうでもいい」風に言われると、本当は僕が何かとんでもないことをしでかしてしまったんじゃないかと感じて、ビビってしまう。
…いや待て。この人、どうして僕が異世界人だって分かったんだ? というか、そっくりそのまま返して、この人こそここで何やってたんだよ。
情報量がとにかく多い。仕方ないから、一つずつ消化していくか。
「僕はショウナって言うんだ。ここまで来た経緯は話せないけど、…まあ、一番正しい理由としては、『迷子になった』から、かなぁ…」
「は? 迷子になった程度で、この森で生きていけるのはおかしいだろ」
それはあなたもです、イケメン君。
…にしても、多分この反応が一番正常なのだろう。迷子になったら死ぬはずだもんね。
「僕も少し不思議。なんで生きてんだろうね」
ずっと自分に対して思っていたことだったので、同意するように返答してみる。
「俺に訊くなよ」
「ですよねぇ…」
至極まっとうな答えが返ってきた。ちょっとだけ馬鹿認定されたのか、相手はうんざりし出していて、僕の方が警戒されているのが分かった。…うん、さっきの立場があっという間に逆転したねぇ?
面白いことになったなぁと思ったけど、このまま僕が馬鹿だと思われて終わってほしくないので、もう一つ気になったことを質問してみることにする。
「…そういえば、なんで僕のことが異世界人だと分かったんだ? なんか目印でもあるの?」
自分で言っていて本当に何か目印があるのかと気になったので、見える範囲で自分の体を見回してみる。
「別に、見た目じゃねぇよ」
即座に否定された。
「いいじゃん、本当に知らないんだから。…そんな馬鹿を見るような目で見ないで?」
駄目だ。質問すればするほど、ますます僕がこの世界について無知なことがバレてしまう。というか、黙り込んで僕を見つめるの、やめてくれない? ものすごく気まずいんだが。
「…お前、いつからこの森にいたんだ」
こんなアホな会話を繰り広げたら、そりゃあ気になってくることだろう。でも、イケメン君の質問は、僕が方向音痴だという生傷を抉ってくる質問だから、意外とグサッとくるんだよな。
「…………一週間前?」
「おい、本当にどうやって生き残ったんだよ」
間髪入れずにツッコまれた。…君、結構ツッコミのセンスあるね?
「僕も分からないしこれ以上ここにいたら流石に死にそうだから、正直どこか文明が栄えているところに行きたい」
「じゃあ、近くにある国に行けばいいだろ」
「いやいや、だからね? 迷子になったせいで、方角を定めることすらもままならないんだって…」
「……ああ…そうだったな…」
この人疲れてきてない?
「…まあ、そんなわけだから、今もずっとこの森を彷徨ってるんだよな。…で、そちらはどうしてここに?」
最後に一番気になっていたことを聞いてみた。イケメン君が言葉に詰まった表情をする。その時点で訳アリだということは察せるけど…まあ、まずは話を聞いてみるべきかな。
「…俺は、…ただの狩りだよ。それ以外に詮索はするな」
「えぇ、僕のことについては思いっきり聞いてきたくせに…」
「それに関しちゃ、お前が悪いだろ。尋ねられたからって知らない相手にペラペラしゃべる奴なんざ、ほとんどいねぇよ」
結構まともなことを言われた。
もしかして僕に呆れてた理由って、僕が不用心すぎるからだったりする? 警戒して安易に答えないだろうと思っていたのに、(一応隠し事もしたけど)普通に会話をしてしまったし、何なら結構気楽だったし…。
多分、向こう側からすると、僕はかなりの変人だと認定されているな、これ。
「それを言われちゃ、ぐうの音も出ないなぁ…」
色々な意味を兼ねて答える。
「……。はぁ…」
ああ、とうとう溜め息まで吐かれてしまった。ごめんな、こんな危険な森の中で、何の危機感も持っていない僕と出会ってしまって。…いや、何言ってんだ。僕だって死への危機感ぐらいはあるだろ。
自分で自分にツッコんでいたら、イケメン君はもう一度「はぁ…」と大きな溜め息を吐いた。いや、ごめんて。
やがてイケメン君は僕の横を通り過ぎて焚き火の近くまで行くと、ちょっと間を置いて振り返った。
「………俺はハクだ。日が昇ったら近くの町まで案内してやるから、…今は何か暇でも潰しとけ」
「…え?」
「なんだ、文句か?」
「あ、いや…」
イケメン君、唐突過ぎるよ…。
だって普通さ、命の危険と隣り合わせの場所で、しかも見知らぬ相手に、情けをかけること自体が珍しくない? 僕が言えたことじゃないけど。…僕が言えたことじゃないけど。うん、大事なことだから二回言うよ?
そんな僕の考えが顔に出ていたのか、イケメン君…ハクは、目をそらして言った。
「言いたいことは分かるが、こっちだって不本意なんだよ。…見たところ悪人じゃないし、かと言ってここに居座られるのも面倒だし。さっさと元居た場所に帰れ」
「え、ツンデ…ごめんなさい、何でもないです」
ツンデレ、と言いかけて睨まれたので、反射的に謝る。殺気というものを知らない人でも「これは殺気だ」と分かるぐらいには、とんでもない圧を感じた。
「でも、僕がいい人を装った悪人だったらどうするんだ? そんな簡単に決断して、…僕が盗賊じゃない可能性だってゼロじゃないし」
(再三言うが)僕が言えたことじゃないけど、ちょっと遊び心が疼いたので聞いてみた。
「それをお前が言うか。…まあ、確かにその可能性はあるが、そんな気の弱そうな盗賊は見たことがないし、…お前はどうせ気付いていないだろうが、ここは森のど真ん中だからな」
「え」
「えじゃない。だから訊いたんだろ、『お前はどうやって生き残ったんだ』って。普通の盗賊なら、こんな場所で生き残れるはずも無い」
「普通の」を強調するのやめてください。確かにここにいる時点で僕は普通じゃないんだろうけど、それでもね…。
それはそれとして、まさかの情報だな。バオバブの森は、奥に行けば行くほど危険度が増すとは、誰に聞いても答えられるぐらい有名な話だ。
だからこそ「森のど真ん中」という単語に、耳を疑いそうになった。つまり、僕はこの森で最も危険な場所に居たということだ。
「…なんで僕は生きてるんだろう」
「そんなに実力に自信が無いなら、ただ運が良かっただけじゃないかとしか言えないな」
「あーなるほど、運か!」
「…」
コイツ大丈夫か、みたいな目で見られたが、もうこの際だから気にしないことにする。見ろハク、これがありのままの僕だ! フハハハハハハ!
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