第10話 深夜の脱走劇

 時は少しさかのぼって、葉奈が死んだことにされたすぐ後のことの話。


 葉奈と騎士団長が死んだその夜。

 皆で夕食を食べながらも、クラスの雰囲気はお通夜のように暗かった。…いや、事実上二人も死んでいるのだから、お通夜に違いない。


「…騎士団長、良い人だったな」

 誰かが言った。

「そうだな。いつもオレらの為に色々やってくれた」

 他の誰かが答え、それに続くように他の皆も喋り出した。


「バラルさん、まさか魔物に食べられて死んじゃうなんて…」

「これからメニュー組んでくれる人は誰になるん?」

「やっべー、オレ、バラルさんの訓練じゃなけりゃやる気出ねぇかも」「ああ、分かる。めっっっっちゃ厳しかったけど、それだけ優しさもあったよな」

「なんであの人が…」


 ざわざわとし出すクラスの人達を横目に、悠とカンナは珍しく押し黙っていた。

「…なあ、アイツら葉奈の話、全くしねぇな」

 ようやく悠が小さく口を開く。頷いて、カンナも答えた。

「本当に死んだとでも思ってるのかしらね?」

 二人には葉奈が本当に死んだなんて思えなかったのだ。


 理由は、彼がビッグボアに飛ばされるときにいた、木に留まる白い鳥。鴉のようでありながら、また別の種類にも見えた。

 悠とカンナはそれを目撃していた。その途端に、葉奈は絶対に死なないと確信したのだ。…理由は分からないのだが。


「生きていると分かってはいるけれど、…ねえ、葉奈は絶対一人じゃ帰って来られないわよね」

「あ~…。アイツ、方向音痴の熟練度マックスだからな。今頃、誰かが案内人になっていない限り、迷子になってんだろうなぁ…」


 二人がそんな会話をしている間にも、クラスの騒めきは収まる気配を見せない。むしろ大きくなっているように感じる。

 悠とカンナはその状況にだんだんと飽きてきた。


 そしてふと思いついたのだ。

 …否、思いついてしまったのだ。


「…なあカンナ。俺、戦争行きたくないんだよな」

「…ええ、あたしもよ」

「あとさ…今、葉奈ってどこにいるか気になってんだよな?」

「…凄い偶然ね、あたしも丁度そう思っていたのよ」


 二人は顔を見合わせる。言葉に出さなくとも、考えが同じことに気付き、二人でニヤリと笑った。


「いつかしら?」

「明日で良くね? 日数を先延ばしにしていたら、見つかる可能性がどんどん下がっちまうぜ」

「それもそうね、じゃあ皆が寝静まった頃に抜け出してみましょうか」

「おう、そうしようぜ!」


 その会話を聞いているものは、誰一人としていなかった。



 お通夜のような夕食が終わって、皆それぞれの部屋に戻る。

 この城での生活は、人数分の部屋が足りないということで、最低で二人一部屋、最高で四人一部屋だった。もちろん葉奈、悠、カンナは同じ部屋になっており、そして今は二人しか使っていない。

 …もうすぐ誰も使わなくなるのだが。


「…よっしゃ、持つもん持ったら行こうぜ!」

「ちょっと待って」

 荷造りを終えて、窓から今にも飛び出そうとしている悠を止めて、カンナは言う。


「ちょっとしたをしましょう」


 カンナは紙とペンを持ってくると、「ちょっとショウナに会ってくる」と書置きを残して、分かりやすく机の上に置きっぱなしにした。そして、何かの実験で使えないかとこっそり採取していた魔物の血を、たっぷりと自分達が使っていたベッドに染み渡らせた。

 こうすれば、葉奈が死んだと思っているクラスの馬鹿な連中は、私達が後追い自殺をしたように考えるんじゃないか、と。

 実際のところはどうなるのか分からないので、自分達が死んだことに出来ればいいなという、ただの願望だ。

「お~! 名案だな!」

「ウフフフフ、心理戦とかミステリー系は大好きでね、一度やってみたかったのよ」

 それから一度チラリと置手紙に目をやって、カンナは残念そうに言った。


「まあ、どうせあたし達が脱走したってことはバレるだろうから、どちらかと言うとただの時間稼ぎね…。バレる前に、ちゃんと葉奈を見つけられるかしら…」


 そして誰にも見つからないよう、書庫にあった書物を勝手に読んで勝手に作っていた透明化ポーションを、二人で飲んでみる。

「…うん、良い出来ね!」

「うおー! カンナが見えなくなった!」


 こうして二人は窓を飛び出し、城を抜け出し、国から脱出して、バオバブの森へと走った。月も味方してくれたのか、そのときだけは雲に隠れていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る