3  勘の良い彼女、阻む男

 有馬ありまこう荻那おぎなが連れ立って昇降口へ向かうのをぼんやりと眺めていた。

 ふと視線を感じ、そちらに目をやれば【柊木ひいらぎ 蜜花みつか】がじっとこちらを見上げている。

「なに」

「行かせて良かったのかなって思って」

 蜜花はチラッと二人の背中に視線を投げて。

「なんで」

「だって、気になるんでしょう?」

 有馬は再び二人の方に視線を移し、その様子を眺めた。仲良さそうに寄り添って何か話をしている紅と荻那。


「仮に気になったとしても、引き止める理由はないし」

 有馬の言葉に小さくため息を漏らす蜜花。

「そんなことしてると、取られちゃうよ」

「は?」

「どっちが気になるのかは聞かないけど」

「どっちがって……」


 荻那にはフラレている。これ以上どうにもなりはしない。ならば親友を取られる? 女子じゃあるまいしと有馬は心の中で首を振る。


「お似合いだろ」

 有馬の視線の先には紅と荻那。

 紅の隣を奪われたと考えることもできるし、横恋慕しようとして失敗したとも言える。だが、どちらにしてもそこは自分の居場所ではない。

 親友の隣も、好いた相手の隣も。

「本気で言っているの?」

「本気だとも」

「有馬くんって良い人だとは思うけど。何を考えているのか、分からない人だよね」

「そう?」

 蜜花の言葉に小さくため息をつくと、地面に視線を落とす。


「それに、青城くんといる時と他の人と一緒にいる時は全然違う」

「どんな風に」

「青城くんといる時はナチュラルな感じがするけれど、他の人といる時は無理している感じがする」

 蜜花の指摘に有馬は軽く両手を広げる。お手上げとでもいう風に。

 確かに誰とでも仲良くはなれる。だがそれは努力の結果だ。仲良くすべきだと思うからそうしているだけで、決してたくさんの友達が欲しいからそうしているわけではない。

「俺は紅と違って、努力しないとダメだから」

 恋は一瞬、友情は永遠。そんな風に考えている。

 だがどんなに友情の方が長く続くものだとしても、相手に恋人ができれば接する時間は減るものだ。


「いくら楽しくたって、紅にばかり依存してちゃ駄目だろ」

「だから交友関係を広げるの」

「そうだよ」

「青城くんは、有馬くんがそんな風に無理していること理解してる?」

「どうかな」

 紅が自分のことを荻那に対し良くしか言わないのだとしたら、自分の努力は伝わっていないのかもしれないと思う。けれども紅が自分を自慢の親友だと言うなら、その像を貫きたいとも思った。


「馨ちゃんがね。青城くんのことをよく話すの」

「そりゃ、荻那は紅のことが好きだから」

 ”知ってるんだ”と小さく呟く蜜花。

「馨ちゃんはこんなことを言ってた。『有馬の話をする時はとても楽しそうなんだよ、青城くん』って」

 それをどう受け止めたらいいのだろうか。

「青城くんにとって有馬くんは憧れで大切で、誇りなんだと思う」

 蜜花が何故そんなことを言うのか有馬には分からなかった。

「蜜花ちゃんも荻那と同じようなこと言うんだな」

「馨ちゃんも……?」

 有馬は小さく数度頷く。


「そっか。じゃあ、馨ちゃんも心配しているんだね」

「心配?」

「心配。有馬くんが無理しているように見えるから」

 彼女たち以外に今までそんなことを言う人物はいなかった。

 だが他人からはそんな風に見えているのだろうかと気になってしまう。それでは、あまりにもカッコ悪すぎて。

 すると蜜花は”どうかな”と首を傾げる。

「人は自分に良くしてくれる人は良い人だと思う。有馬くんの優しさに甘えていたとしても、無理しているとは感じないんじゃないかな」

「それは」

「人間って、自分の都合の良い人が好きでしょう? だから相手が大変そうだと思っても見て見ぬふりをする。その方が都合がいいから」

 有馬はツインテールに騙されたと思った。


 蜜花は見た目こそファンシーに見えるが、しっかりとした考えを持っている上に若干塩のようだ。もっとも、あの荻那と合うのだから不思議はない。

「紅が気づかないのは?」

「それだけ有馬くんが上手くやっているということなんじゃないかな」

 その言葉に有馬は少しだけホッとしたのだった。

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