4 有馬と蜜花
「ところでさ、さっきから気になってるんだが」
「うん?」
蜜花の手の中には先ほど紅から受けっとった林檎細工のヘアクリップが握られている。
「その林檎、どこかで見た気がするんだが。量産品? それともシリーズがあったりするのか?」
紅は分からない様子だったが、自分には見覚えがある気がした。
「元はヘアゴムでね、リメイクして貰ったものなの」
確かに綺麗な林檎細工だ。だが色は
大きいものを中心に左右に段々と小さくなってはいるものの、初めからそうだったとは言い難いものだった。なんというか、その林檎自体は高そうには見えない。元あったものを再加工したように感じる。
なので『リメイク』と言われ有馬は納得した。だがそこまでする価値が林檎自体にあるようには見えなかったのである。
「それ、そんなに大事なものなの」
「うん。初恋の男の子から貰ったものだから」
「初恋?」
有馬は両手を制服のズボンのポケットに突っ込み、蜜花を見つめていた。
「うん、【あおき こう】くん」
”男の子”という言い方をするのだから、イメージとしては小学生くらいまでの話なのだろうと思う。
【あおき こう】とは紅のことなのだろうと思った。となると自分も知っている可能性がある。紅とは初等部の間ずっと同じクラスだったから。
「ヘアゴム……もしかして苗字変わった?」
コクリと頷く蜜花。
確かに紅には小学生の頃、仲の良い女の子がいた。その子は三年の半ばに家庭の事情で引っ越すことになり、転校してしまったのだ。
「蜜花って珍しい名前だなって思っていたけど、あの時の」
「うん」
だが記憶の中の彼女と今の彼女には隔たりがあった。初等部の頃の蜜花は髪はショートで活発な子。昼休みは男子と一緒に校庭で遊ぶタイプだったと記憶している。
「随分変わったな」
「転校先で男みたいって揶揄われて、髪を伸ばし始めたのはいいんだけど」
中等部時代に出来た友人がコスプレ好きのアニメ好きのゲーマーで、すっかり自分も染まってしまったと言う。
「人生いろいろだな」
「有馬くんもかわ……ううん。あまり変わらないね」
確かに自分はあまり変わり映えしないだろう。蜜花の人生に比べたら。
「親が再婚することになって、またこっちに越してきたの」
「じゃあ二回苗字が変わったとか」
「ううん、片親だったから」
一人で育てることに限界を感じた父は実家に戻ることを選択したようだ。一般的には男性苗字を名乗ることが多いが、再婚相手は資産家の一人娘らしく婿養子にと言われて結婚した為、母方の苗字になったと言う。
「なんか大変そうだな」
「そうでもないよ、義母さんと仲いいし」
義母と先に出逢ったのは父ではなく蜜花の方らしい。
「中等部時代の文化祭でね、うちのクラスはコスプレ喫茶をやったんだけど。その時のお客さんだったの」
蜜花のコスプレが気に入って写真を撮りたいと言われたが、蜜花はまだ中学生。親の許可もなしにそんなことをするわけにはいかない。
そこへたまたま父がやってきたようだ。
「とても良い縁だったと思う」
その後、家族ぐるみの交際を続けた結果、その縁が実ってめでたく籍を入れたらしい。
「パパたちの縁が素敵だなって思って。高校は初恋の男の子のいる街の高校に行きたいって言ったら、こっちで暮らそうというこになって」
K学園は幼稚園から大学院まであるマンモス校。初等部の時にどこに通っていたかであらかた予想はつくはずだ。
「いや、でも紅に再会したのはさっきなんだろ?」
「どんな字書くのか覚えてなくて」
「なるほどね」
まさか親友の好きな相手が自分の初恋の【あおき】くんだとは思わなかったのだろう。あおきという苗字は少ない方ではない。
「それに馨ちゃんの話の【あおき】くんが初恋のあおきくんと繋がらなくて」
確かに小学生の頃の紅はおかし気なことは言わなかったし、恐らく有馬の話ばかりしていたわけではないと思われる。
『そりゃそうだ』と思う有馬であった。
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