2 歪んだ愛

『好きでいてもいい?』

 有馬の問いに荻那は眉を寄せた。

 それは言葉にしない嫌悪。

『それは個人の自由でしょう? 早々に諦めてくれた方がいいけど』

 毅然きぜんとした態度。

 好きでいても、無駄。彼女がはっきりとそういうのであれば、その理由を知りたいと思った。

『有馬とは価値観が合わないから』


 有馬は平気で他人の名前を呼ぶ。苗字ではなく。

『海外ではファーストネームで呼ぶのが当然だとしても、ここは日本なの。有馬はどう思っているのか分からないけど、名前で呼ぶことイコールフレンドリーではない』

 名前で呼ばれることには親しみやすさを感じるが、それを嫌がる人は当然いる。社会に出たらちゃん付けて呼ぶことはないし、苗字にさんつけするものだ。

『青城くんは絶対にそんなことしない』

 紅は確かに有馬のことすら名字で呼ぶ。

『わたしは好きな人にだけ、名前で呼ばれたいの』

 その好きな人とは好きな異性を指しているのだと思う。


 人の考え方はそれぞれ違う。

『有馬はすぐに誰とでも仲良くなれる。それはすごいことだと思うけど、有馬の仲良さはハリボテだもの』

 彼女がいうことは的を得ていると感じた。

『有馬が友達だと思っているのは青城くんだけでしょう?』

 誰とでも仲が良いとは表向き。信頼なんかしていない。彼女はそう言いたいのだろう。

 よく理解しているんだなと思った。そこで紅が自分のことをどう話しているのか気になったのだ。


『青城くんは……有馬のことは良くしか言わない。○○が凄いとか、ここが自分と違って素敵だとか』

 ”自分とは違う有馬に最初は憧れを抱いているのかと思ったのだけど”と荻那は続けて。

『そうではなく、青城くんにとっては自慢の親友なんだと思ったの』

 自分のいないところで自分を褒める紅に複雑な心境になる。

『誰とでも仲良くなれるのも凄いって言ってた。でもあれは、青城くんにとっては……特別な意味があると思う』

 有馬はスッと目を伏せた。


 仲良くなるだけなら誰でもできることだと思う。

 大変なのはそれを持続させること。

 人の気持ちは簡単に変わるし、周りからの影響によっても変わるだろう。荻那の場合はちょっとしたことから『人気者』が『いじめ』へ変わってしまった。

 そうやって、きっかけがあれば周りは変わる。


 紅は人の気持ちは揺蕩たゆたうもの。

 移ろいやすいものであると思っている。

 だから積極的に他人と仲良くなろうとはしない。

 何があっても変わらない有馬だけが信じられる友なのだ。


『有馬は背が高くて見た目も良いし、人当たりも良い。優しいとも思うよ。そういう人は人から好かれるし、憧れも抱かれやすい。でも、有馬を強くしているのは”他人から好かれる”自信じゃない』

 荻那は他人をよく観察している子なんだなと思った。

『誰のことも信用しない青城くんが、唯一信用してくれるのが有馬じぶんだから』

 痛いところを突かれ、有馬は笑みが零れる。


 彼女が言うように、容姿が優れていれば他人から興味を持たれる。

 性格が良ければ他人に好感を持たれやすいだろう。

 ハリボテの自分を好いてくれる人はいくらでもいる。

 だが踏み込んできたのは【荻那 馨】が初めてだったのだ。紅さえ言わなかったようなようなことをずけずけと言ってなお、真っ直ぐにこちらを見つめる瞳。

 有馬が傷つかないとは思っていないだろう。

 ただ、本当のことを言われてどんな反応をするのか見ているだけ。


 ──荻那は特別だと思った。

 そんな風に”ちゃんと”自分を見てくれる人なんていなかった。

 紅の他には。


 自分の愛は歪んでいる。

 だが、彼女を幸せにしたいと思った。誰よりも幸せになって欲しいと願った。彼女が好きだから。

 それが紅を裏切る行為になるとはわかっていても。


『荻那のことがもっと好きになったよ』

『何、ドMなの? こわっ』

『傷つくなあ。荻那と本気で友達になりたいと思った』

 微笑む有馬。

 だが彼女は『わたし、青城くんにしか興味ないんだけど』と非常に迷惑そうに言っのだ。

 なんとも世の中は無常である。

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