4 有馬の噂話
「わあ。星が綺麗」
時期もあってか、図書館を出る頃にはすっかり日が沈んでいた。
「家まで送って行こう。俺は紳士なので」
「自分で言うんだ、紳士って」
「まあ、自己申告は重要ってことで」
「そうだね」
自然と並んで歩き出す二人。おつき合いをしたらこんな感じなのだろうかと想像しながら隣の紅を見上げた。
「どうかした?」
荻那の視線に気づいた彼がこちらをチラリと見て。
「寒くないかなと思って」
荻那はブレザーだったが、紅の上着は学校指定のカーディガン。
近年は冬でも暖かかったりするが、夜はさすがに冷える。
「俺は大丈夫」
言って、彼は背中に背負っていた学生カバンからマフラーを取り出すと荻那に向けた。
「首、寒そう。女性の方が冷えるし、使いなよ」
「え、ありがとう」
「洗ってあるから、綺麗だよ」
何の変哲もないマフラー。だが肌触りは良さそうである。
触り心地にうっとりしていると、紅が荻那の耳元に唇を寄せる。何だろうとドキドキしていると”カシミア100だから”と囁く紅。
一体何の誘惑なんだと思いつつ、荻那は有難く彼のマフラーを首に巻き付けた。
「いい匂い」
「きっとカシミアの匂いだな」
「違うと思う。たぶん、柔軟剤」
荻那は中等部時代もこうして一緒に帰ったなと想いを馳せる。何でもない会話にドキドキしながら。逆を返せば以前から二人の距離は一歩も変わらない。
このままではきっとこの先も変わらないのだろう。
それでものんびり構えていられるのは、自分が少しだけ周りよりも特別だと思えるから。
──意識されていないという考え方もできるけどね。
でも、さっきの言い方だと”女”としては見られているみたいだし。
チャンスはあるはず。
「ねえ、青城くん」
「うん?」
「寒いから手、繋いで良い?」
荻那の言葉に彼は立ち止まる。さすがにそれはダメだろうかと思っていると、紅が手を差し出す。
「そんなに温かくはないかもしれないが」
「いい」
”やった”と言って荻那が手を伸ばそうとし、彼にチラリと目を向けドキリとした。彼がとても優しい目をしてこちらを見ていたから。
──子供だと思われてるのかな。
でも、今はいい。これで。
ぎゅっとその手を掴むと、”行こうか”と言って彼が歩き出す。
荻那もその後に続いた。
「有馬も蜜花と仲良ししてるかな?」
「どうかな。有馬はクールガイだから」
「クールガイなら、イケてるヤツってことでしょ?」
”も”の部分は否定しないのかとホッとしつつも、荻那はいつも通りツッコミを入れる。
「ああ、いや。シャイ」
「え。青城くん、本気で言ってる?」
シャイとは内気や恥ずかしがり屋、人見知りなどを差す言葉だ。
荻那から見る有馬はどちらかと言うと誰とでもすぐに仲良くなれる、人気者の印象があった。
「好きな子と話すのは緊張するんじゃないのか」
それは有馬がそう言っていたのか、それとも紅からはそう見えるのか。
「有馬ってそういう感じなの?」
「そういう感じというか、好きだと言う相手と話しているところを見たことがないし」
──やっぱり何か変。
でも、だから青城くんはあんな提案をしたのかな。
「有馬の本命は青城くんだったりして」
「それは……ないと思う」
冗談ばかり言っている彼の本気のトーン。落ち着いていて、穏やかな。
「同性だから?」
「いや、そうではなく」
紅が何に対しても偏見を持たないタイプであることは分かっているが、しっかりと否定したのが気になる。
──え、もしかして逆?!
だとしたら、わたし勝ち目ないじゃない。
それは、嫌。
「も、もしかして青城くん、有馬に告白したことがあるとか?」
ドキドキしながら問う。今日はドキドキしっぱなしだ。
「はい?」
何言っているのという表情をする彼。
どうやら取り越し苦労だったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。