3 価値観とデート

「図書館に寄っていくけど、荻那は真っ直ぐ帰る?」

 近所には割と最近できた、お洒落な外観の図書館があった。我がK学園高等部の図書館も割と大きい方だが、なんでもそろっているわけではない。

「わたしも行く。お姉ちゃんに会って行こうかな」

「そっか」

 荻那の姉は図書館司書。これから向かう図書館に勤務している。そのことは紅も知っていた。

「青城くんは何か借りるの?」

「弟に絵本を」

 彼にはかなり年の離れた弟がいる。

「仲が良いんだね」

「インテリ教育の最中だからね」

 紅がくいっと眼鏡をあげるフリをした。しかしその目は笑っている。どうやら冗談のようだ。


 そもそも何故、彼がインテリを目指しているのか謎だがその理由は有馬にあるのではないかと感じている。

 紅がオカシイのは今に始まったことではないが、中等部の頃はもっと普通だったのだ。それがおかしくなったのは、有馬が荻那に告白をしたあとからだったように感じる。


 ──有馬と何かあったのかな。

 とはいえ、ただの勘なんだけど。


「行くと決まったら早くいきましょ。図書館閉まっちゃう」

「え、あ、おい」

 紅の腕を掴み歩き出す荻那。

 

 数年前に出来た図書館は不思議な外観をしている。いや外観自体は変ではないが、全面ミラーガラスであり木々に囲まれてた。一階は駐車場。二階、三階が図書館であり、地下には館内のみで閲覧ができる書庫があるらしい。

 外が暗くなると中が見える仕様だが、それがなかなか幻想的で人気のスポットにもなっていた。


「あら、馨に……青城くん」

 連れ立って図書館の中に入ると、新聞コーナーで整理をしていた姉に出くわす。

「どうも。相変わらず、変わった図書館ですね」

 紅は眉を寄せ高い天井を見上げる。

 内装はまるでファンタジー世界のようだが、紅が『変わった図書館』と表現したのには理由があった。

「うちはこの方針なのよ」

「左様で。何処に行っても図書館にはファンキーなソウルミュージックやダンスミュージックなんて流れてませんよ」

 肩を竦める姉に対して、両手を軽く広げる紅。

「意外と気にならないでしょ?」

「そこには同意します」

 なかなかご機嫌な曲が流れているが音量のせいもあってか、さほど気にならない。


「クラッシックとかが主流な様だけど、場所によって音楽を流す意味は違うから」

 例えば回転率をあげるにはテンポの良い曲が良いと言う。無料で貸し出しをしている図書館にはあまり回転率は必要ないだろう。つまり、雑音を消すために流れている可能性が高い。

 とは言え利用客は音楽が気になって読書に集中できなくても困る。

 悲しい話なのにご機嫌な曲がかかっていても困るだろう。その為この図書館には、そういった集中したい利用客のための部屋もあった。


「静かすぎると本を探す時の音も気になってしまうでしょ」

「それは、まあ」

「居心地の良さを追求したらこうなったらしいわ」

「ファンキーに……」

 眉を寄せる紅に姉が小さく笑う。

「勉強だって程よい雑音がある方が捗るでしょ」

 反応に困っている紅が面白い。

「ささ。わたしにばかり構ってないで、図書館デート楽しんで。時間なくなっちゃうわよ」

「え、デートじゃ……」

 否定しようとする紅。だが姉はそんなことお構いなしに背中を押す。


「まったく。お姉さんのマイペースぷりは健在だね」

 背中を押されて新聞コーナーから追い出された二人。やれやれと両手を広げ首を左右に振る紅。

「昔から変わらないから、この先変わることないと思うわ」

「そりゃ、大変だ」

 クスっと笑ってそのまま児童コーナーへ。時間が時間ということもあって絵本のある場所は静かだった。

 腰を屈め絵本の裏表紙に指をかける彼。荻那はその指先をぼんやりと眺めていた。


「荻那」

「うん」

「何着てくる?」

 紅は絵本を吟味しながら。今度行くレトロアンティーク喫茶へ行く時の格好の話なのだろう。

「そうね。レトロワンピースにしようかな」

 荻那の言葉に一瞬肩をビクッと震わせた彼は、徐に親指を立て軽く上にかざす。それはきっと『素晴らしい選択』という意味合いなのだろう。

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