第2話 手助けから始まるもの

 その女子生徒の近くまで来ても尚、彼女は相変わらず同じ行動をとっていた。かなり悪戦苦闘してたらしいなこれは。はやくなんとかせにゃいかんな。


「お困りですか」

「ふぇ? あ、は、ひゃい!」


 呼びかけた俺の声に対して、かなり驚いたご様子であった。後ろから声を掛けたとはいえ、威圧的な声はしてなかったんだと思うんだが。

 それはさておいて、この女子生徒に向き合うことにしよう。ネクタイは一年であることを示す紺色。やや薄めの茶髪のショートカットで両端の方はぴょんとはねており、それが小動物の耳のように思わせる。背丈は150くらい……いやそれより低いだろうか見下ろしてみる限り。それだとこの本棚の上まで手が届かないのも仕方ない。


「驚かせたならすまない。困ってそうな様子だったから声を掛けたんだけど」

「あ、ありがとう、ございます」


 オロオロしながらも女子生徒は俺に事情を説明してくれた。


「えっと……。あの、一番上の棚にある本なんですけど、手が届かなくて。踏み台か脚立みたいなのがないか探したんですけど見つからなくてそれで。椅子の上に立つのは行儀悪いかなーと思いまして」

「なんか悪いな。踏み台置いて欲しいって要望は多いんだけども、未だに置かれずじまいで」

「何か事情が?」

「予算とかの問題じゃないんだが、なんと言えばいいか」


 生徒からの図書室に対する要望として圧倒的に多いのは、この本を置いて欲しいといった類いのもの。次いで多いのがこの女子生徒のように踏み台が欲しいというものだ。しかし司書の無駄に凝ったこだわりのせいでどういったものを置こうかというのが決まらず、中々設置に至らないんだとかは四柳さんから聞いたことはある。事実かどうかは知らないが。

 そんな裏事情があるなんて、とてもじゃないがこの子には言えない。これ以上こんな風に困った子を出さないためにも、早いとこどうにかしてもらいたいものだ。


「その件については進言しておくよ。俺、図書委員だから」

「あ、ありがとうございます」

「そっちはともかく、必要なら手助けするよ」

「それじゃああの、一番上の左から四番目の、楓の舞う……ってタイトルの本なんですけど……」

「あれか」


 女子生徒の指定した本を掴み、ゆっくりと引き抜く。なんだか見覚えのあるタイトルな気がしたが、この前読んだやつだ。あの主人公がやたら自意識妄想過剰だったあれだ。タイトル違う上下巻で構成されていて、こっちはその下巻にあたるのだ。

 よくあるような青春恋愛小説だった。と言うよりも主人公の存在感が強すぎてヒロインが霞んでおり、恋愛小説と呼ぶにはなんとも程遠いものだった。読んでてこっちの方が恥ずかしくなってきた。気まぐれで選んだ本ではあったが、久々にハズレを引いたと思う。

 強いて何か良い点を言うのなら、趣味が見事にバラバラな主人公とヒロイン達がどのように距離を縮めていくのかという過程は、いくらかは面白い描写があったかなぁとは思う程度で。でもやはり主人公の癖が強すぎて、感情移入というか入り込めなかった感はある。


「これでよかったか?」

「はい。ありがとうございます」


 そんな内なる思いは口には出さずに心のうちに留めておこう。女子生徒の方を振り向いたときにちらりと見えた時計は、5時34分を指していた。


「もうちょいしたらここ閉まるから、借りるなら早めにな」

「はい。……あの」

「どうした。まだ手助けが必要だったか」

「あ、いえその違いまして」


 一年の女子生徒はもじもじとしつつ、時折俺の方をちらりと見ては慌てて逸らしてを繰り返し。何かを言いたそうにしているのは分かるが、あまりそうされても俺はどうしたらいい。一応図書委員の仕事もあるから、あまり長いこと立ち話に興じるわけにもいかないのだ。


「えっと。何やらじっと、この本のこと見ていらっしゃったので」

「あぁそれね。大層な理由じゃない。この前気まぐれで読んだ本だったなと思ってな」

「面白かったですよね! 主人公はもちろん各ヒロインのキャラ立ちに癖がかなりあって、それに加えてコメディ寄りにまとめつつもしっかりとした心情描写を絡めた恋愛模様が織り込まれていてそれで―――」

「……」


 勢いがすごい。なんだこの変わりようは。先ほどまでの大人しそうな雰囲気はどこへやら。自分の好きなものについて語りだすと性格変わるやつか。この子のとにかく話がしたいという熱意は暑すぎるほど伝わってくるが、場所が場所なんでまずは落ち着かせるのが先だ。


「お静かに」

「……あ。すみません」


 俺の一言で我に返ると、彼女は一気に顔が赤くなり、当初よりも縮こまってしまう。


「あのその……同じもので語れるかもしれないと思ったら、つい感情が爆発してしまって……。その……どう思いました、か?」


 俺としての評価は正直なところ、称賛している彼女とは真逆になってしまう。ぼろくそに言うつもりはないが、批判ばかりだとそれは彼女に申し訳ない気もする。適度に言葉を選びつつ、覚えている範囲内で感想を述べることにした。


「主人公と各ヒロインが寄り添おうとするところについては、いくらか面白い表現があるなとは思った」

「はい。それで、他には」

「気になったのは心情描写についての文量の割合だな。主人公だからといえば仕方ないことかもしれないが、割合がそっちに寄りすぎていてヒロインの方はあまり伝わらなかった」

「と、言いますと」

「主人公に対してヒロインたちがどんな思いで向き合っているのか、とかだな。かなりひた隠しにしている感じがして、もやもやした」

「あぁ、なるほど。そう言う考え方も、あるんですね」


 話をしているうちに俺と彼女との、この作品についてを語っているのが楽しく思えた。それぞれ似通った認識もあれば、そうではないものもあって。こうした話は四柳さんともしなかったから、なんだか新鮮だ。

 もっと話していたくもあるんだが、今は図書委員の仕事中だということを思い出した。カウンターを離れた時にはもう四柳さんはいなくなっていたが、もしこの場をあの人に見られていたらと思うとゾッとする。夢中になってしなうというのは時に恐ろしいものだ。以後気を付けなければ。


「っと。悪いけど図書委員の仕事があるからそろそろ戻らないと。つい夢中になっちまった」

「そうでした。すみません私の勝手で引き留めてしまって」

「いよいよ。こういう話ってあまりできるもんじゃないから、楽しかったよ」


 改めて時計に目をやると、五分ほど時間が進んでいた。カウンターに積んであった本だけど、まああの量なら二十分もいらないだろう。

 貸出手続きを早めにするようにだけ女子生徒に言って、仕事へと戻った。



 何とか閉館となる6時までに整理を終わらせ、窓を施錠したのを確認。司書の先生に鍵を渡して業務は終了だ。立ち話してたのもあるだろうが、暇だからとプロット作成にのめり込みすぎた。気をつけねばな。

 そう考えながら図書室を後にする。それと同時にドアの近くに立ち止まる人影が一つあるのが見えた。


「あ、どうも……」

「ども」


 さっき話していた女子生徒がそこにいた。

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