犬系後輩に懐かれたので、部室で飼うことにしました。

如月夘月

人生の起点は突然に

第1話 夢を見失った男

「……ダメだな。なんかイメージしてたのと違う」


 そうぼやきながら乱雑に書きなぐったノートのページを一枚ちぎって、くしゃくしゃに丸めてしまう。

 この俺、蔦町つたまち文哉ふみやの将来の夢はライトノベル作家になることだ。


 小さい頃から読書が好きだった。一冊読む度に新しい知識を得られる。そうして読み終えた本を積み上げて行せば、一種の満足感が得られる。

 小説を読めば新しい世界観というものを。恋愛、ミステリー、SF、サスペンス、冒険譚、青春。それぞれの作品において異なった物語があり、同じジャンル一つにしても展開やテーマは違うから飽きることはない。

 新書や哲学書であれば、既知のものとは異なる考え方というものを知ることが出来る。同じ題材を取り扱うにしても、著者が違えば見方や考え方が変わるから、読む度にまた新しい発見がある。

 そして小学生の時にふと目にして触れたライトノベルは、俺の人生に多大なる影響を与えたともいえる。このことがきっかけで、すっかりとその沼にはまり込んでしまった。


 そして三年位前からは自分でラノベチックな小説を書くようになった。書いていればいつかは唯一無二の面白い作品が作れる。そう思ってひたすら書き続けていた。

 なんだがやはりそう簡単な夢ではない。実際、話の長さにかかわらず一作品を創り上げるのは、かなりの労力を要するものだ。仕上がりに納得いかなかったくらいならまだいいもんだが、事前にまとめたプロットや設定とはいつしか程遠くなっているような気がして、執筆自体が止まってしまうなんてことも多々あった。

 今度こそ、今度こそ。と意気込んでいても、まるで変わりやしないのだ。それどころか最近は執筆はおろかまともに設定すらまとまらなくなっている。書くよりも前に面白いと思えなくなっていた。

 俗にいうスランプというやつなんだろうか。それとも難しく考えているせいでハードルを上げすぎてしまっているんだろうか。ただ純粋に、小説を書くのが楽しかった始めたての頃には戻れないものだろうか。なんて願っていてもどうにもならないな。過ぎた時間は戻らないんだから。


「……って仕事しないとダメか」


 今いるのは自宅の自室でも部室でもなく、図書室なんだ。図書委員としてカウンターに座っている以上は図書委員の業務に勤しまねばならない。放課後の時間はそこまで忙しいわけでもないもんだから、あぁして隙を見てはノートを取り出してプロットを作れるくらいだとしてもだ。

 ひとまずノートを閉じて、隅に積まれた返却処理を済ませた本を仕分けようと手を伸ばした時――、


「お疲れ様」


 図書室の入り口のドアが開き、少し遅れて俺の方にかけられる声が一つ。


「委員長」


 声の主は、図書委員長である四柳よつやなぎさんだ。女子としては背が高く、艶やかな長い黒髪が目を引く。クールビューティーという言葉を体現したような人。

 なんて周りの人は思うだろうが、実際話していると時々お茶目な振る舞いが拝めるのだ。昨年度も図書委員として仕事をしていたから、なんだかんだでこの人と話す機会が多かった。故に知ることができたこの人の本性ともいえる内情ともいえよう。


「今日は何を借りに来たんです?」

「今日はそういう用事じゃなくてね。気まぐれで足を運んだだけよ」

「気まぐれすか」

「えぇ。昨日借りた本、まだ読み終わってないんだもの」


 俺自身、人のことを言えたもんではないんだがこの人もよく図書室を訪れている。委員会の仕事外でも会うことが多かったからこそ、名前までよく知る仲となっていったのだ。こうして顔を合わせれば軽く雑談をするのがお決まりのようになっている。


「委員長の読むスピードは速いんですよ。この前なんてざっと見で400ページ超はありそうな本、一日で読み切ってたじゃないですか」

「あれはただ文字量が多かっただけで、話の中身はそこまでじゃなかったんだもの。薄っぺらかった」

「それはそれは」

「ところでそのノートは? 誰かの忘れ物?」

「あ、これすか」


 四柳さんの目線は俺の方からカウンターに置かれたノートの方に。これについてを知られるのは俺としてはまずいやもしれん。

 執筆活動をしていることを、俺はほとんどの人に話してはいない。身内にすら話していないし、知っている奴なんて高校の時にできた友人くらいだ。まあ俺が話したわけではなく不注意からばれたもんだが。


「いえ俺のですよ。今日の授業でちょっと引っかかることがあったんで見返してたんですよ」

「あらそう。……勉強熱心なのはいいことだけど、今は業務中なんでしょう?」

「そうですねすみません。気を付けます」


 そう言いながら、ノートとシャーペンをカウンター下に隠しておいたリュックの中にしまう。四柳さんは結構鋭いところがあるから、あまりこのノートのことについてあれこれ聞かれると執筆活動のことがばれそうだ。

 隠さなきゃいかんほどのことでもないんだが、こういうのを誰かに話すのはなんだか恥ずかしいじゃないか。


「結構暇なんですよ放課後は。ほとんどの生徒は部活に行くか帰るかですし、テスト期間でもない限りこの時間帯はガラガラなんですよ」

「その気持ちはわかるけどねぇ。でも図書委員の仕事はたくさんあるんだから」

「ですね」


 暇とは言ったが、あくまでほとんど人が来ないからであって、さっきやろうとした本の整理とかすることはあるにはある。単に手がつかないだけではあるが。


「そうねぇ……あ。それならあれ」

「なんです?」


 四柳さんが向こうの方を見るように言うのでその方に目を向ける。

 その先にいたのは、本棚の最上段の方に必死に手を伸ばしている女子生徒であった。その段に仕舞われているであろう本を取ろうとしているが届かない。何度もピョンピョン跳ねてはいるがそれでも届かない。


「困っていそうだし、助けに行ったら?」

「それは構いませんけども、見つけた四柳さんが行けばいいのでは?」

「だって今はオフなんだもの。それなら図書委員のお仕事中の蔦町君が行けばいいじゃないの」

「どういう理屈ですか」


 わけわかんねぇ。OLじゃあないんだからさぁ。あなたも図書委員なんですからという以前に、わかっているなら見て見ぬふり……とは違う気もするが人に任せる前に動きなさいよと思うわけですよ。


「わかりましたよ行けばいいんでしょう」

「そうそう。いってらっしゃい」


 しかしここでぐちぐち言っててもどうにもならない。今は目先にいる手助けが必要そうな女子生徒をどうにかするのが先だ。

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