第3話 距離近くない?
「どうかしたのか? 忘れ物か?」
「いえ違うんです。えと……さっきはその、中途半端なところで終わってしまったので」
「まぁ仕事中だったし」
致し方なしというべきではあるのだがな。話するのは楽しかったが、職務放棄するわけにはいかんかったしな。
「その……もしよろしければなんですけど、もう少しだけお話ししたい……なんて」
「それは、んん……構わないんだが」
「時間ですか? 駅まで20分くらいなので、歩きながら話しても間に合います。なので私の心配は大丈夫です」
「そうか」
俺の懸念を見透かしてたのか、その心配を口にする前に言いきられてしまう。
どのみち駅の方に行くのなら、途中までは同じ道を通って帰ることになるな。別に急いで帰らなきゃいけない事情はないし、何より断る理由がないな。
「わかった。途中までは道同じだから、そこまでなら」
「ありがとうございます。電車通学じゃあないんですか?」
「家がこの辺なんだよ。だから徒歩通学」
「そうなんですか。なんかうらやましいです」
「よく言われるよ。さてと。ここでずっと立ち話してると電車乗り遅れちまいそうだしさっさと行こうか」
ここから駅まで歩くなら、彼女の言うように20分程か。少しばかりの余裕はあるが、あまりぼさっとしてると間に合うものも間に合わなくなってしまう。
正門を出て左に向かえば、駅の目前までは一本道。入学してからずっと歩いてきた道ではあるが、今日は同年代の女子との帰り道だ。それも身内以外の。思春期の男子としてはワクワクしないわけにもいかんだろう。でもにやけてしまっては彼女に悪印象を与えかねん。初対面の相手なんだからこそ平常心を保たねば。
そう頭の片隅で考えながら、彼女との歩きながらの会話を楽しんでいた。話題はさっきの続きからになり、感想をあれやこれやと述べていく。そこから読書の方へと話題は移ろいでいき。
「その、普段はどういうジャンルのものを読んでいるんですか?」
「結構いろいろ読むよ。SFとかミステリーとか、最近よく読んでるのは恋愛ものかな」
実際、執筆活動の一環として暇さえあれば読書に勤しむことは多い。色んなジャンルの小説を読んでは情報や作風を吸収し、自分の糧へとしている。前にネットで、一冊の小説を書きあげるまでに読んだ本が山積みになっている画像を見たことがある。小説だけじゃなくて新書や参考書も含まれていて。プロの人はここまでするもんなのだと驚愕したもんだよ。
「私は、恋愛ものと、あとはファンタジー系ですかね。SFもそうですし、ライトノベルで扱うようなものなんかも、特に」
「異世界に転生するとかは……もうちょっと古いか。なんか最近は色んなパターンがあるらしいし」
「異世界系はいろいろあるので、飽きなくていいんです」
「あるよなぁ」
転移、転生、追放、成り上がり、復讐、悪役令嬢、無双系。思いつくだけでも色々な分類があるんだよな。ほんとに底が尽きないというか、小説サイトなんかで適当に検索掛けても新しいのが日々大量に湧き出てくるんだよな。どうしてそんなに早く上げられるのかが不思議でならない。一日に3,4回は更新してる人とかいるらしいけど、どんな生活してんだ一体。
とまぁそれはさておいてだ。今はそんなある種の闇よりも、目の前の彼女との会話を楽しもう。
「あとは小説以外にも色んな新書なんかにも手を出しててさ」
「勉強熱心なんですね」
「最近読んだやつが面白くてな。なんとなくで手に取った、日本神話に関するものがあって」
「歴史ものですか」
次に書こうと思っている小説に取り入れられないかと思って読んでいたんだが、歴史関係に疎い俺でもするりと読めるくらい解説がわかりやすくて、何より面白かった。そういう簡潔でわかりやすい文章を書ける人をうらやましく思う。
読んだ後にがっつりパソコンに張り付いて、色々と追加の情報を調べていた。何度もいうがそれくらい面白かったんだ。
「色々勉強になること多いから、小説の合間に新書を読むこと多くてさ」
「そうなんですね」
あくまで勉強の為ということに留めておいて、本来の理由である執筆のための資料だということは伏せておく。隠しておきたいというよりも、あまり今は深々と掘り進むような話をしてはいかん気がする。適度に逸れすぎないように話は進めなければならないと思うんだ。
さっき彼女は恋愛ものとファンタジー系が好きだと言っていたし、そのあたりで話を広げようか。
「異世界系もそうだけど、ファンタジー系も色々あるよな。超能力とかタイムスリップするやつとか」
「はい。私が最近読んだのだと、異能力者の集まる学園を舞台にしたラノベがあってですね」
「なんか聞いたことはあるな。気になってはいるんだけど、他に読みたいのがというか、だいぶ前に買ったやつをまだ消化できなくてなぁ」
「わかります。読み切る前に別の本に気持ちが揺らいじゃって途中になってしまったなんてこと、よくありまして」
「わかるわかる」
悪い癖なんだ。まだ読み切ってないのや、読むのが途中になってるのがあるのに、新しいものについつい手を出してしまう。そのせいで読み切れずに積まれていく本が増えていくこと増えていくこと。
そんな会話をしていればあっという間に時間が過ぎていき、気が付けば駅に近くのコンビニまでたどり着いていた。俺の家への道は、そのコンビニ手前の道で左に逸れないといけない。せっかくこれから話題が広がりそうだったというのに、話ができるのもここまでか。
「悪い。俺の家こっちだから、話せるのはここまでだな」
「あっ、そうなんですか。付き合っていただいて、ありがとうございました」
「いやいやこちらこそ」
「そういえば……こうして話してはいましたけど……自己紹介、してなかったですね」
「……言われてみれば」
彼女にこうして言われるまでそんなこと気にしていなかったな。これまでお互い名前も知らない者同士で会話楽しんでたけども。通りすがりで知り合ったのではなく同じ高校に通っているのだから、また会う可能性だってあるじゃあないか。何やってんだかおい。
「一年四組の、
「蔦町文哉。二年だ」
「蔦町、先輩ですね。よろしくお願いします。あ、あの」
「どうした」
あんまりそこに突っ立ったままだと電車間に合わなくなるぞ言おうとしたら、それより前に王生さんの方が口を開いた。
「今日のお話、すごく楽しかったです」
「あぁ、俺もだ。こういう話ならいつでも歓迎だ」
「ありがとうございます。なのでその……よかったら、なんですけども。連絡先、交換しませんか? また、お話しできたらなって」
こんなことが果たしてあってもいいのか。これは今まで苦悩に耐えた俺への褒美なのか。それとも天が与えし啓示か? やばいよ今日。こんな出会いを偶然かは知らんがもたらしてくれた四柳さんに感謝すべきか。いやいや落ち着け落ち着きんしゃい。あまりうぬぼれるなにやけるんじゃあないよ俺。
「先輩?」
「あぁすまん。ちょっと、驚いてな。もちろんいいよ。LIMEのIDでよかったか?」
一瞬心のうち悟られたんじゃないかとドキッとしてしまう。いかんいかん。
気持ちを落ち着けてスマホを取り出し、少しおぼつかないながらも操作してIDを交換した。友達リストに新しい名前が追加されたのを確認して、お互い笑いながらそれぞれの帰路に就いたのだった。
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