第3話


「――お姉さん一人で居んの?」


 長く伸びた白髪を靡かせて、すらりと背の高い一人の女が道に立っている。

 そこに通りがかった、二人の男。


「何だい君たち」

「ただの通りすがりスよ。お姉さん可愛いね、染めたのそれ?」


 女はサングラスを外し、興味無さげに二人の男を交互に流し見る。


「ふっ、そうかもね」

「わ、なんスかそれ、ミステリアスっつーの?」

「それなっ、かっけぇ〜」


 女は、盛り上がる二人の男から視線を逸らす。


「ははは。そうかい」

「そうスよ。ね、今何してんの。急いでないならさ、俺らと海行かね? 車ならこいつが出してくれるからさ」


 男の発言に、女は少し屈み、上目遣いで返答をする。


「ほう。君、車持ってるんだ」

「そうそう! オレ車持ってるの! 見てく?」

「そうしたいのはやまやまだけど、今日は人を待ってるんだ。運が悪かったね」


 女の言葉に、二人の男は露骨に怪訝な顔をする。


「……すっぽかしちゃおうよ、ンなの」

「オレらの方が楽しませられるって」

「そういう訳にもいかなくてねぇ――――」


「悪い、遅れた」


 そこに現れた、ひ弱そうな細い男。


「随分遅かったね。君のほうが先に支度始めたのに」

「そ、そりゃそうだけど。なんで一緒のタイミングで家出なかったんだよ」

「それは『質問』かい?」

「日常会話だ。このくだり何回目だよ」


 ぱっとしない男と美女の応酬に、二人の男は混乱する。


「おねーさん。もしかしてそれ……彼氏?」

「そんなとこかな。同棲してるし、裸も見られたよ」

「お、おい。それじゃ語弊が――」

「……あー。なんかアツアツっぽいし、俺ら邪魔したわ。ごめんな、ゴボウ君」

「ごぼっ……」


 二人の男は、足早にその場を去る。

 呆然と立ち尽くすゴボウ君に向けた柔らかな眼差しを、女はサングラスで隠した。


 ◆


 遊園地のゲートをくぐる。


「にしても、なんで急に遊園地なんか」

「特に理由はないよ。行きたくなったから行くんだ。人間だってそうだろ?」

「俺は特に行きたくなかったんだけど」

「君インドアだもんね。おうちに籠ってカリカリ勉強してばっか。つまんねーの」

「……俺は浪人生だからな」

「もっと遊べば良いのにさ。ここはそういう場所だ。まずは、手当たり次第に乗ってみると良い」


 神は俺を引き連れて、遊園地を右往左往する。


「どれから乗るよ」

「どれからでもいいよ……俺絶叫無理だし、二個くらい乗ったら出るからな」

「んだよ勿体ねーな。お、コーヒーカップじゃん。なちぃ~」



 ◇



「楽しかったねぇ」

「……吐きそう」

「ほら、レジ袋」


 結局、俺達は一日中遊んだ。なんだかんだ、美女と過ごす一日は悪くなかった。


「ああ、サンキュおろろろろろろろ」


 俺の三半規管が貧弱なことを除けば。


「うわ、今日食った飯全部出たんじゃねえの」

「……ふー。だから言ったろ、無理だって」


 遊園地を出て、静かな夜の公園を、俺と神は散歩していた。


「ま、俺は楽しめたからいいや」

「お前……最低のマインドだな」

「一つ。気分転換に昔話をしてやろう」

「昔話ぃ?」


 神はお土産が入った袋をぶん回しながら、夜空を見上げて話を続ける。


「自殺しようとしてるやつが居たんだ。ビルの上からね。面白そうだから近寄って、話をしたんだ」

「なんでまた、そんな水を差すようなことを……」

「神の気まぐれってやつ?」

「そんなでいいのかよ……」


 神の歩幅が、幾分か早くなっていることに気が付いたかと思えば、目の前にはリボンを解いた男の姿があった。


「まー聞きなよ。なんで自殺するのか理由を聞いたら、そいつ、好きだった人を会社の上司に取られたんだってさ。そんで会社を辞めて実家に帰ったものの、理由を親戚に話そうにも話せなくて、どころか親戚のガキの方が先に結婚してた。そんで、惨めになって実家を出て、ここに辿り着いたんだとよ」


「そりゃ苦しいな。俺だって死ぬ」

「は、そこが浅えのよ、人間」


「は?」


「俺は言ってやったんだ。ここは神が人間を遊ばせる為に作ったんだぜ? もっと遊んでいきなよ。遊園地に入ってすぐ出る奴なんて居ないだろう? ってな」

「……あんたは神だから、んなことが言えんだろ」


 普通、慰めるだろ。事情も知らねえ赤の他人が何ほざいてんだよ。


「そう。俺は神だからこんなことが言えるんだ」

「くそ、何でもかんでもオウム返ししやがって」

「だって君の発言は正しいからね。実際俺には、およそ人間が持っている三つの欲求が存在しない。人間は全部しなきゃいけないなんて、難儀だね」

「あんたが作ったんだろ」

「はは、手元が狂ったんだよ」


 俺の怒りが静かに鎮火するまで、神は何も言わなかった。


「……結局そいつ、飛び降りちゃった」

「だろうな。あんたがとどめを刺したんだ」

「そりゃ違う。俺はどっちかといえば引き止めた部類だろ。向こうが勝手に死んだんだ」

「……血も涙もないんだな」

「出し過ぎて枯れたのさ」

「はぁ……なんで遊園地の帰りに、こんなブキミな話されなきゃいけねーんだよ」

「ふと思い出しただけさ。神に思い出してもらえるだなんて、光栄なことだろ?」

「その人からすれば、もういっそ忘れられたほうが良かったのかもな」

「なんで君がそんなこと言えるんだよ。そいつは、自分が死ぬことで誰かの記憶に残ろうとしたんだ」

「……は? ワケわからねえ」

「分からなくていい。分かってもらおうと思っての話じゃないのよコレ」

「……もういいや。帰る」

「だから帰ってるんだってば」


 なんの悩みもないくせに。人間をまるで何とも思っちゃいない。ああそうさ。こいつに取っちゃ、所詮俺たちは造物だ。作ったやつに壊す権利がある。


 それから十数分、神とは口を利かなかった。次に口を開いたのは神だ。


「喉乾いたね」

「神なのにか?」

「君の言葉を代弁してやったのさ。君、さっきから何も飲んでないだろ」

「……まあ、そうだけど」

「ほら。そっちに自販機がある」


 神は自動販売機に近寄り、ポケットから財布を取り出す。


「何がいい?」

「……スポドリ」

「神の奢りだ。光栄だろ」

「……ああ、サンキューな」


 ガタンと自販機が音を立てる。続けざまにもう一回。

 神は俺にペットボトルをパスする。傍にあったベンチに、神と共に腰掛けた。


「これ美味しいね」

「それ水だろ」

「え? ……ああ、ラベルが緑だからメロンソーダかと」

「何だよそれ。美味しいフリってことかよ」

「でも美味しいのは嘘じゃないよ」

「……水に味があるのか?」

「あるね。それ自体にも、その他にも」

「軟水とか硬水とか?」

「もっと別なものさ」

「……わかった。これ以上は聞かない」

「なんだよその目」

「何でもない」


 神は何を考えているのかよく分からない。無神経な発言をするし、不真面目だし、がさつだし、常に飄々と生きている。だが、俺はこいつに、昔からの旧友、もっと言えば悪友のような、不思議な心地よさを覚えていた。


「なあ。質問いいか」

「そういや、今日はまだだったね。いいよ」

「人の死をどう思ってる? なるべく……神の視点から、答えてくれ」

「俺の視点?」


 神は水をちびちびと飲みながら、夜空を眺める。


「最も相手と深く繋がる手段かな」

「あー、分かんねえ」

「はははっ、これは俺個人の意見に過ぎねーよ。前も言った通り、人それぞれ手段は違う。あくまで神としてこうなるってだけ。もっと月並みなこと言ってやろうか」

「や、いい」

「そうかい」

「そうだ。よく分からん」

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