第2話 VORACITY 貪欲ども


 昭和32年3月30日土曜日。 夕方の東京の気温は11度。 

 斎場の空気は重く、私の両親を悔やむ声があちこちから聞こえる。


 私、いや僕は瀕死の状態から回復し、両親の葬儀の場にいる。


 そして僕はペルちゃんの言ったとおり、叔父の家に引き取られたようだ。

 と言っても、僕が生活する場所は叔父の家の敷地内にある物置小屋。 この小屋はプレハブというものらしい。

 とりあえずだが、雨と風は防げるので大丈夫だろう。


「椿くん。」

 担任の沢田先生が話しかけてきた。


「こんばんは先生。 お忙しい中、父と母のためにご足労いただき有り難うございます。」


 沢田先生が呆気に取られている。


「先生? どうしました?」

「ううん。 なんでもないよ。 椿くん、辛い事や困った事があったら、些細なことでもいいから先生に相談してね。」

「はい。 有り難うございます。」


「椿! こっちに来な!」

 先生と会話をする僕を見て、叔母が怒ったように呼ぶ。


「先生、叔母に呼ばれたので、失礼します。」


 あの叔母、性格が顔に出ている感じね。

 椿くん、大丈夫かしら…。





      ☆ ☆ ☆




 新学期が始まり、私は5年生になった。


 ペルちゃんに言われたとおり、私は毎晩、公園で体を鍛えている。

 4月の夜は未だ肌寒く、桜の花びらが舞い散る中、ひたすらパルクールで素早さのステータスを上げていた。


 長い枯れ枝を2本持ち、双剣の練習をしつつ、バク転や前転を織り混ぜながら、斬り伏せる鍛錬。 

 風の加護を使い、グローブジャングルの頂上までジャンプをし、その上にある棒の上に片足で立つ。

 そこから後ろへ2回転のバク宙をし着地。


 その時、「ねえ、もうやめて!」という声がした。


 振り返ると手さげバッグを胸の前で抱き抱える女子。

 

「なんでこんな事をするの? 危ないからやめて。」


 メガネをかけ、春の夜風に髪を乱しながら彼女は僕に言う。


「鍛えているんだ。」

「なっ? こんな鍛え方はダメ! 君、名前は? どこの小学校?」


 うわっ。 めんどくさ…。


「私は○○小学校の6年、八神 りり子。 今は塾の帰り。」

「えっと、僕も八神さんと同じ小学校で5年。 名前は青紙 椿。」

「君、いつもここで危ない事をしているでしょ? こんな時間まで何をしているの? お父さんとお母さんは知っているの?」

「あぁ。 父さんと母さんはいないんだ。 今は叔父さんの家でお世話になっている。 2人とも僕の事なんて気にしていないから大丈夫です。」

「え? ご、ごめん…。」

「気にしないで。」

「えっと、青紙くん。 私は君のことが心配だから気にするから!」


 八神さんはそう言って足早に帰って行った。


 ていうか八神さんこそ、こんな時間に1人で帰る方が危ないんじゃないかい?

 まぁ、とりあえず帰りますかね。



 物置小屋、もとい。 部屋に戻ると叔母さんが部屋の中にいた。


「夜遊びかい?」

「いえ、走り込みをやっていました。」

「ふーん。 まあいいわ。 明日は査察の日だから、母屋に帰ってきな。 職員の前ではちゃんと笑顔でいるんだよ。 わかったね!」

「はい。」


 バン!


 思い切り扉を閉めていく叔母。


「VORACITY…。」


 思わず口にしてしまった…。

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