後編

 「なんだあれは⁉︎」

 

 斧を持った男が、マップの中央に生み出された骨の塔を見て、叫びだす。冷静さを欠くのは、大会では悪手だろう?

 桜花は手に持った短剣を持ち直すと、振り下ろされた斧を避けて、男の首元を切り裂いた。斧は桜花の鎧にかすかに触れると火花を上げた。

 桜花は自らのHPゲージを見た。まだ8割は残っている。このまま、予選は簡単に勝ち抜けると思っていた。

 だが、その認識は変える必要があるかもしれない。

 さすがに、あのPKギルドのことを舐めていた。


 「あれ、どう見てもおとりだよな?さすがに舐めてんのか?」

 「でも、あの『Welcome happy hell』です。こちらとて全力で潰さなければ」

 「わかってるって、桜花。お前もお堅いな、予選くらい簡単に突破できるだろ?」

 「ですが……」


 桜花はもう一度、骨の塔を見上げた。

 あまりにも不気味すぎる。それが第一印象だった。

 そんなことを考えながら注意深く観察すると、骨の塔の上で一瞬、光っているものが見えた。


 「ありゃなんだ?」

 「たぶん、スナイパーです」

 「でもよ、こっから当てれるもんか?普通のスナイパーは正確な座標が……」


 彼が最後まで言葉を継ぐことはなかった。

 彼の首に白く光る刃が走り、彼は塵になって消え去る。

 その瞬間、銃撃音が聞こえた。至近距離で連射された弾丸は、桜花の横をかすめると、後ろのプレイヤーを打ち抜いた。


 「よう、久しぶりだな。あの時の約束を果たしに来たぜ」

 

 目の前で銃を持つ男がそう言った。近未来的な鎧の下に見える目には、喜びの色が映し出されていた。




 今、目の前にいるんだ。

 そのことを実感して、ヒロは更に気が引き締まった。

 もともと桜花のチームメンバーは1人減っていた。そして、先ほど残っていたチームメンバーは倒してもらった。

 残るは桜花だけだった。

 ヒロは手に取り付けたガントレットを構えると、銃を地面に落とした。


 「何故、銃を地面に落としたんですか?」

 「こっちは約束に則ってるんでね。こういうのは使っちゃダメなんだよ」

 「約束?何のことですか?」


 桜花も手に持った短剣を構える。

 そして、一瞬で懐からナイフを取り出すと、後ろにいた藍芽に投げつけた。

 藍芽は、ここにくるまでに1人のプレイヤーと戦っていた。HPも残っていない。藍芽は手に持っていた刀を鞘にしまうと、塵となって消え去っていった。


 「……何も思わないんですね、仲間を倒されたのに」

 「そういう話だからな。みんなには自分の約束を叶えるために大会に出てもらったわけだし」

 「約束、ですか……」


 そうだ、約束だ。

 あの日の学校は終わった。

 学校が終わっているのなら、その先は放課後だ。

 なら、まだまだ放課後だろう。

 あの約束は、まだ俺の中で続いている。

 ヒロは素早く拳を突き出すと、桜花に殴りかかった。桜花も短剣を突き出し、その拳を受け止める。

 それを待っていた。

 ヒロは拳を滑らせて、桜花の短剣を蹴り上げた。


 「なあ、桜花。格ゲーしようぜ」


 ヒロはガントレットを地面に落とした。ガシャリと重々しい音がなり、ヒロの素手がむき出しになった。


 「何故、武器を捨てるんですか?」

 「言ったろ?格ゲーしようって。まあ、武器は使ってくれて構わないけどな」

 「……意味がわかりません」

 「俺もわからんね。何故、今もあんなに昔のことを引きずってるんだか」


 そのままヒロは拳を突き出した。桜花もそれを素手で受け止めると、ヒロの拳を上に叩き上げる。

 ヒロは蹴りを入れようとするが、桜花はヒロの足を踏みつけ、ヒロの顔を数発殴った。

 強い。桜花はプロゲーマーなのだ。普通ならば勝てるはずがない。だが、ヒロはまだ諦めたくなかった。


 「まだまだぁ‼︎」


 ヒロは桜花に踏みつけられていた足をそのまま持ち上げる。ここまで力が強いと思っていなかったのだろうか、桜花は足を持ち上げられ、バランスを崩した。

 その隙をヒロは逃さなかった。

 拳を数発、桜花に当て、そのまま遠くへと吹き飛ばした。


 「……そろそろか」

 「……何がですか?」

 「いや〜、勝てると思ってたんだけどな。ずいぶん効いたよ」

 「そうですか」

 「吹き飛ばされる寸前に、ナイフを刺すのは上手かったな。俺の負けだ」

 

 ヒロは自分の腹を見た。深々とナイフが突き刺さり、HPはグングンと減っている。

 約束は果たせただろうか。そんな感情が湧き上がってくる。

 大して戦えなかった。もう残っている2人では、桜花を削り切れないだろう。


 「ありがとう、約束は果たせたか微妙だけど……」

 「……最後に、いいですか?あなたが先ほどから言っている、約束って…?」

 「……昔、好きな子がいたんだよ。その子はもう自分のことを覚えてないけど、忘れる前に約束したんだ。格ゲーしようって」

 「そうですか」


 昔と違って他人行儀になったな。

 霞む視界の中、桜花の声が頭の中に響いた。とても甘美で、聞き馴染みのある声に、つい笑みを浮かべてしまった。


 「ありがとう」

 「……こちらこそありがとう」




 「エーッ‼︎マスター負けたの⁉︎」

 「そうみたいだけど〜、どうする?」

 「いや、抵抗するぞ⁉︎マスターの願いは叶ったんだろ⁉︎なら、ここからは倒してしまっても構わないよな?」

 「うん、まあ、ヒロ強いから結構削れたみたいだけど〜。けど多分1割はまだHP残ってるみたいだよ〜」

 「どうせ俺の弾丸当てたら一発だ‼︎フレイは援護頼む‼︎」

 「はいは〜い」



 「で、負けたの〜」

 「なんかいい雰囲気だったんスけどね」

 「まあ、桜花強かったしな」

 「事実上、我等は奴に全滅させられたわけだ。……鍛えねばな」


 後日、4人はまた集まっていた。

 桜花には、約束の件についてはしっかりと話すことになった。ヒロのことは覚えていなかったものの、何か引っ掛かるところがあったらしい。


 「で、それをフレイから聞くとは思わなかったよ」

 「え〜、ヒロはこれで桜花ちゃんとデートできるじゃん〜」

 「べ、別にデートしたかったわけじゃ」

 「今、桜花ちゃんギルドに入ってないらしいよ〜。誘ってみたら〜?」

 「……桜花と知り合いなら言ってくれよ」

 「正直、俺たちが大会に出た理由ってあったッスか?」

 「ないな、悲しいことに。我等はボコボコにされただけだ。あの透明マントで奴のチームに接近したまでは良かったが……」


 みんな、思い思いのことを喋っていた。

 フレイはもともと桜花と知り合いだったらしく、たまに連絡もとっていたらしい。

 

 「まあいいか。楽しかったし」

 「そうだな」 

 「次は頑張るッスよ‼︎目指すは優勝ッス‼︎」

 「私たち、次も出るのかな〜」

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