第12話 平和的解決

 暴と暴……マルシナとラズワルドが激突したのは、シュニーとステラが仲裁に乗り出そうとした瞬間だった。


 ステラの近くに立っていたラズワルドの体が、かき消えた。

 少なくとも、シュニーからはそうとしか見えなかった。


 それが突貫したからなのだと認識できた頃には、ラズワルドの槍の穂先は既にマルシナの左肩、鎧の隙間へと向け撃ち放たれている。

 瞬き一度二度の内に、十五歩程はあった距離がゼロに。


「うわ、意外と速いね!」


 シュニーならば成すすべなく肩の骨を砕かれていただろう刺突に、だがマルシナは反応した。

 槍が突き出された瞬間に身体を傾け、その直線軌道から逃れる。同時に剣を回し、斬撃ではなく腹で殴る形になるよう持ち替え振り抜く。


「テメェもな」


 槍が避けられた。

 刺突を終えるまでもなく結果を察したラズワルドは、突貫の勢いのまま駆けた。

 強引に槍を引き戻しながら、マルシナの右方をすれ違う形で抜ける。

 そして強引に床を踏み締め勢いを殺し、急制動。


 反撃に振るわれた剣から逃れ、同時に背中を取る。

 そのまま身を切り返し反撃に転じながら、ラズワルドはマルシナの頭に生えた角を見やる。


「……ヤギの獣人ズーリャ偽魔デモニアか何かかよ?」

「さあね!」


 それは有史以来人と共に歩んできた人ならざる者たち、異種の証だ。

 ある程度の知識があれば、彼女の外見的特徴からは二つほどの種族名が浮かび上がってくる。

 ひとつは獣人ズーリャ。名の通り、獣の特徴を持った多種多様な種族の総称。それぞれの細かい特徴まで考えればキリが無いものの、身体能力に優れている種が多い。一方で、殆どの場合魔術や神秘術といった異能を扱う適性には欠けている。


 こちらであってほしい、というのがラズワルドの願望であった。

 もしもう片方であれば──


「〝土蝕壁〟」

「──ッ」


 そんな彼の思考と視界を、眼前の光景が遮った。

 両者を隔てるようにして、土の壁が現れたのである。


 物質を無より生み出す。

 それはこの冬の世界に生きる誰もが知り、しかし誰もが振るえるわけではない異能の力だ。


「随分とまあ、なこった」


 ラズワルドの呟きは、その特性を端的に言い表していた。

 魔術。創造主たる聖神の権能、そのほんのひと欠片を人の手で振るう術。

 物質の生成消去から温度など環境の操作まで、己のものだと認識した範囲の世界を改変するそれの習得難度は決して低くない。

 特に、自分の体でなく外界に干渉するものは長い修練が必要とされる。

 少なくとも、外見からして十幾つだろう少女が剣術と同時に修められるような代物ではないはずだった。


 相手の厄介さを脳内で大きく上方修正し、ラズワルドは進路を遮る土壁を分析する。

 厚さは大したものではない。

 材質が外見通り土であるなら、突けば貫通できるだろう。

 だが、相手の姿が見えないまま繰り出すリスクが大きい。

 どこに当たるかわかったものではないまま攻撃を行うのは愚策だ。


 ならば、とラズワルドは脚に力を込め、空中に身を躍らせた。

 壁を飛び越え、直接本人を狙う。

 これが、諸々を勘案した最適解。


「……よーこそ」


 そして、最適解であるならば相手が気付くのもまた自然の流れである。

 土壁を飛び越えたラズワルドを、マルシナの視線が射抜く。

 その剣は既に振りかぶられており、迎撃のため待ち構えていたのが一目で見て取れた。


 受けて立つとばかりにラズワルドもまた獰猛な笑みを浮かべ、真正面から打ち破るべく槍を。


「やめたまえよ君たち! 特にマルシナ!!」


 そこでようやく、待ったが入った。

 高速の攻防に息を呑んでいたシュニーが、正気を取り戻し止めにかかる。

 緊張で上ずった様子の怒鳴り声に、戦士二人は気勢を削がれ矛を収めた。

 まずマルシナが、いたずらを目撃された子犬のようにびくっと体を震わせ手を止める。次いで相手の殺気が失せた事を確認したラズワルドが槍を引いて着地する。


「……ラズくんも! すぐに喧嘩してっ!」


 交戦こそ止めたがまだ相手の様子を伺っていた両者は、シュニーに次いでのステラの叱咤でついに構えを解いた。

 この戦いは、ふたりの上に立つ人間どちらも望んでいない。

 両者共に、主の意向をはっきり突き付けられた上でまだ続ける程無法ではなかったようだ。

 ひとまず収まった修羅場に、シュニーとステラはほっと力を抜く。


「大丈夫か姫様!?」

「ヘンな女が扉ぶっ壊したって……!」


 ただ、会談や交渉を平然と続けられるかはまた別の話である。

 木剣からくわまで、ありあわせの武器を持って突入してきた子供たちに事情を説明する為、話し合いは一時中断となった。


―――――


「あの、領主殿……これはね……?」

「ボク個人としてはだね、大儀だと思っているのだよ」


 滾る感情を必死に抑え込んで、喉の奥から溢れそうになる大量の言葉をろ過して、プラスのものだけを取り出す。

 現在、こらえ性があまりないシュニーはあまりに困難な戦いへと身を投じていた。


「善良な領主の危機にいち早く駆け付ける。まさに騎士の鏡だ」

「正義の味方、騎士として当たり前のことしただけだよ? えへへ……」


 シュニーからの賞賛に、先の失態で消沈していたマルシナがぱあっと表情を明るくする。

 それからはっと何かに気付いたように首を振った後表情を硬くし、数秒経ってふにゃりとだらしなく笑う。

 コロコロと忙しく移り変わる表情からは、騎士はこういう時真面目な表情で応じなければいけないという理想と嬉しくてたまらない心情が戦っている様が丸わかりだった。


「他の人たちとはぐれちゃった時はどうなるかと思ったけど、ケガの功名ってやつかも?」

「ああ、そうとも言えるだろう。キミが『けもの捨て』なる謎の儀式に参加していなければこうしてボクを助けに来られなかったわけなのだから」


 ここフィンブルの町は、街道を伝ってもスノールトの町から徒歩で二時間ほどかかる。

 大概遠いはずだが、どうして迷子になった上でたどり着けたのか。

 事情を聞いてみれば、マルシナが受けた依頼『けもの捨て』の活動場所はこちらの町の近辺なのだという。わざわざ町から遠出して猛獣を狩った後に、肉や毛皮を持ち帰るわけでもなく捨てる。改めて聞いてもよくわからない話だった。

 辺境の文化は謎がいっぱいだ。


「……あっ、ちゃんと依頼はこなした後だから! 勘違いしないでね!? 熊倒したよ! 今日は二頭!」

「えぇ……熊かね……」


 マルシナとしては名誉挽回に実績アピールをしたかったのだろうが、褒めるより先に別方向の懸念が生まれ動揺するシュニー。スノールト周辺の森、どうやら普通に熊が出るらしい。それも『今日は』という言い方から察するに結構な頻度で。

 言われてみればいてもおかしくない環境だったが、今後は絶対に独りで町の外に出るまいと誓う。


「そんな頼れる騎士が、今なら叙勲してくれるだけでここに滞在するかもっ! どうかな領主殿!」

「……前向きな方向で善処することを検討させてもらうよ」

「やった!」


 アピールに余念の無いマルシナに、シュニーは曖昧な返事を返す。

 シュニーが望む望まないに関わらず、今すぐには無理な話である。

 まだシュニーはマルシナのことを殆ど知らない。騎士見習いを名乗って一応領主を立ててくれる、自分と同じでスノールト領に来て日が浅い猪突猛進少女。ただそれだけ。

 こうして自分を助けに来てくれたのは確かだが、貴族が与える形での騎士身分はおいそれと配っていいものじゃない。

 そもそも叙勲式の作法なんてさっぱりだ。辺境伯とはいえ訳ありのシュニーに騎士号を授ける権利があるのかもまだよくわかっていない。


 ただ、だからといって無碍にしたくはなかった。

 先ほどからずっとそうだ。

 マルシナは自分の良心に従って行動していて、悪気があったわけではない。誰かを思いやり良かれと考えての行いを叱責されるのは、たとえ非が自身にあったのだとしても辛い。その叱責が思いやった相手からであるならばなおさらだ。

 シュニーにも、領民の為と称して非現実的な計画を提示し失望された苦い記憶がある。

 あの心の痛みを思えばと、彼女を頭ごなしに叱りつけるのは気が咎めた。


「それでなんだけどさ、領主殿……」

「ああ」


 ひとしきり話し終え、様子を伺うようにマルシナが切り出す。

 シュニーは今まで通り、鷹揚に頷き。


「僕、そろそろ出てよさそう? 騎士が投獄されるってほら、ちょっとカッコ悪いっていうか……」

「もうしばらく反省していたまえ。少なくとも彼らと話を終えるくらいまでは」


 鉄格子越しに、マルシナのお願いをばっさり却下した。

 バルクハルツ帝国の一般的な常識として、偉い人の会談に討ち入ったら投獄される。処刑されないだけマシだろう。

 いくら思いやりからの行動だからといって、世の中には許容しきれない物事もあるのだ。


 罪人と面会するってこんな感じなんだなぁと、今日シュニーはあまりしたくなかった経験を積んだ。

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