第11話 相応しきもの
領主の地位を、譲ってほしい。
ステラの言葉は事前の予想通りだった。
「なぜ、領主になりたい。ボクもまだ日は浅いが……そう楽しいものではないよ」
だから、シュニーも返答を前もって決めていた。
まず、どうしてそれを望もうと思ったのか。忠告を付け加えながら尋ねる。
領主は楽な仕事ではないし、スノールト領の、と付け加えればなおさらだ。
ただ土地を治めるだけでも大変だろうに、さらに問題を抱えに抱えている辺境の荒野。お気楽な姿勢で臨むものではないし、そう簡単にできるものでもない。
まだ碌に役割を果たせていない自分にも突き刺さってくる刃だったが、シュニーはあえて問うた。
今その地位にいる者としての稚気じみた優位性の誇示だ、と思われても仕方ない。事実そうだとシュニーも自覚している。
それでも、聞いてみたかった。
自分と同じ、きっとまだ成人もしていないだろうに為政者であろうとしているこの少女は、何を思ってさらなる地位を求めているのか。
「ここを、変えたいんです」
「……それは、何故」
望んでいた答えとは少しずれていた回答に、シュニーは『何故』と繰り返す。
領地を変えたいから領主になりたい。少なくとも悠々自適の贅沢生活を送りたい、などというより遥かに立派だろう。
けれど重要なのは、シュニーが今知りたかったのは最終目的ではなくそれを叶えたいと思った理由だ。
「質問を質問で返すようでごめんなさいですが……シュニー様は、気付いていらっしゃいますか?」
「スノールトの町で子供を見かけないのと……さっきフィンブルと言っていたか。こちらの町に居るのが子供ばかりという事にかい?」
思わぬ質問に一瞬だけ沈黙し、しかしシュニーはほぼ間を置かずして浮かんできた疑問を口にした。
この地を変えたい理由を聞いて、気付いたかと問われる。
ならばこの問いの意図は、土地のおかしな点についてだろう。
あまりにもヒントが少なかったが、状況からして気になっていた部分はあった。
こちらの町に来てから、子供にしか会っていないのだ。
片や間引きを疑ってしまう程に子供を見かけず、片や大人の姿を一度も見かけない。
年齢層に明らかな偏りがある。それは明確な歪みに思われた。
「みんなは、向こうの町から私たちに付いてきてくれたんです」
否定せず話を進めたステラの対応が、シュニーの疑問は正解だったのだと示していた。
元々ここにいる子供たちは、スノールトの町の領民だった。
嘘を言っているわけではないだろう、とシュニーは納得する。
チコが友人を紹介した時の過去形に抱いていた疑問への答えがこれだ。
ここに移住したから今はもうあちらの町に住んでいない、という意味だったのだ。
「シュニー様からすれば複雑かと思いますが……私とラズワルドは、反乱を起こそうとしました。二年前、です」
その経緯も、シュニーには今まで得た情報から想像できた。
理由は定かではないが国を離れスノールトの民に快く迎え入れられたふたりが、皆を弾圧していた先代領主に逆らって支持者たちを引き連れて独立した。
辺境の領地で起こった、鮮やかな反乱劇だ。
「このまま寒さに凍えてお金も食べ物も取り立てられ死んでいくくらいなら、いっそ私たちだけで新しい生活を。たくさんの子たちが、同じように思って付いてきてくれました」
ほう、とステラが小さく息を吐く。
成功を喜ぶ言葉とは裏腹に、どこか暗い表情で。
「……でも、大人の皆さんは来てくれませんでした。きっと、私たちがどうにかできると信じてもらえなかったんです」
「構わねぇよ。腐った連中に従って一緒に腐ってく連中なんざ、捨てちまった方がよかった」
そう、全てが上手くいったわけではなかったのだ。
悲しげに俯くステラと憎々しそうに吐き捨てるラズワルドの表情が、痛ましい程に物語っている。
シュニーも言われる前から薄々感付いてはいた。
この地の人々は過酷な環境に疲れ果て、半ば諦めている。
様々な物事の矢面に立ち徒労を味わってきた大人の方が、より深く絶望しているだろう。
そこで唐突に希望をぶら下げられたところで、信じて飛びつけるかどうか。
他国の王族だなんだと言っても、しょせんは子供がふたり。
失敗する可能性を考えるのは自然の成り行きだ。
さらに言えば成功したところで、展望も無く今以上の窮状に立たされる可能性がある。というよりも、そちらの可能性の方が高いと考えるのが当然だろう。
今を変えるために賭けに出るのではなく、徐々に破滅を向かっているとわかっていても現状を維持する。
それが、疲れ果てた領民の大多数が理想へと突き付けた答えだったのだ。
「シュニー様は、ここの子たちを……民の姿を見てどう思われましたか?」
では実際のところ、その理想の結果はどうなったのか。
結論の一端は、こちらの町で見た子供たちの姿が示していた。
「活気がある。正直に言って、望ましい民の姿だと思った」
「ですよね!」
認めるのは癪だったが、そうしないことには話が進まない。
現領主からの評価に、ステラはぱっと表情を明るくする。
「……こほん。たぶんですけどあちらの町の皆さんと比べても、普段の生活からして元気なんじゃないかなーと思ってます」
しかし会談に臨む態度として相応しくないと自省したのだろう。すぐにぶんぶんと頭を振り、誤魔化すように元の真面目で真剣な様子へと戻った。
「私たちは、もっとここをよくできると思っています。少なくとも、ここの皆も信頼してくれています。けれど、今以上を求めるには大義名分が必要なのです」
「それが、白黒怪しかろうと少なくとも公的な領主の地位というわけかい?」
きっとステラたちは今のままでも領地を変えることができるのだろう。
反乱を抑え込む武力が無いシュニーを無視して、あるいは力で廃して民をまとめ上げ、実質的な領主のような立ち位置に収まる。
「お察しの通りかと思いますが……私たちができる勝手は、今が限界です」
だが、そうしても恐らく長続きしない。
ステラとラズワルド、このフィンブルの町で暮らす領民たちはどこまでいっても『領主の支配に逆らう反逆者』でしかないのだ。
今のような集落段階の慎ましやかな生活であればいい。お目こぼしされるだろうし、事実その結果が今のこの町だろう。
けれど領主の居住都市を超えるような規模に育ったならば、少々話が違ってくる。
スノールト領は今や帝国に見捨てられた地であるが、それでも辺境伯という地位ある人間を置き支配地だと主張する状態は保ち続けている。
もし完全に見捨てて放置しているのなら、半ば流罪の方便じみた話とはいえシュニーを領主として送り込む理由が無い。先日顔合わせした査問官と処刑人などという重々しい役職も必要ないだろう。
この状況で反乱者に、それも他国の王族に乗っ取られているなどという事態が看過されるとは考え難かった。
「だろうね。やりすぎれば良くて猟兵団……」
ラズワルドとステラの渋い顔に、シュニーは淡々と告げた。
冷静に事実を指摘できているのが、自分でも意外だった。
脅しつけるような内容だが、シュニーは誇張する気も偽るつもりもなかった。
帝国の平穏を乱す者に対しては、まず鎮圧のために軍が派遣されてくる。
「……最悪の場合は“黒鎌”が送り込まれてくる可能性まである」
そしてもし陛下の怒りを買ってしまったならば、シュニーも詳細までは知らぬ、半ば御伽噺の怪物扱いされているような存在まで投入されるかもしれない。
そうなった場合には、間違いなく民を巻き込んでの破滅が待っている。
「はい。でも何もしなかったら、遠からず……」
「……ああ」
今度は逆に、シュニーが渋面を作る羽目になった。
今のままではステラとラズワルドは領地を十分良い方向に進められない。
だが現状を変えられなければ、穏やかに朽ち果てていくだけだ。
ならばどうするか、と言われれば、結局どのような結論に話が持っていかれるのか察してしまった。
「改めてのお願いです。どうか……領主の地位を、お譲りいただけませんか。シュニー様の暮らしも悪くならないようにします。本来領主として得られるべきだろう裕福さをお約束します」
シュニーにとっては反論し辛い話だった。彼らには民の為という大義名分がある。
子供だけで構成された集落とはいえ、活気のある現状を保てている実績もある。
「それにあちらの町は、変わらずシュニー様が治めていただければと思います。私たちは、手出しいたしませんので」
重ねて、話を呑んでも自分の生活が脅かされるわけではないという。
領主としての責任は無くなったまま、平穏な暮らしが送れる。
「もし私たちが失敗してしまったり信用ならないとなったら、シュニー様は本国にこう伝えていただけばいいのです。『反乱が起こったから押さえつけてほしい』って」
それはシュニーの立場と領主に至る経緯を思えば、本来ならあまりにも甘く都合のいい申し出だった。
騙され押し付けられた望んでもいない貧しい領地の運営を手放し、悠々自適な暮らしができる。
もし糾弾されるような事態になればその責任さえも転嫁できる。
「……悪い話ではないと思います。いかがでしょうか」
きっと悪意は無いのだろう、とシュニーは直感していた。
ステラの目からは、労わりの色が読み取れる。
当然先ほど語った目的の為に連れて来られたのだろうが、同時に同情されている。
スノールトという流刑地じみた領地の新任領主が、家督を継ぐのはおろか親離れすらまだしないだろう年代の少年だった。
たとえ初対面であったとしても、シュニーのほんの表面的な属性だけで酷な現実を察することができる。
だったら代わった方がどれだけ良いか。
能力が足りない地位。望んでもいない地位。ならば完璧でなくとも多少の実績があって立場を望む人間に託してくれた方が、万事うまくいく。
何も間違ってなどいない、全うで優しい理屈だった。
「……できない。譲れない」
だというのに、シュニーは差し伸べられた手を取らなかった。
その反応は想定外も想定外だったようで、ステラは硬直する。
「理由をお聞きしてもいいですか? その……自分で言うのはどうかと思いますがいい提案かなーって……」
「ふん、否定はしないとも。多少は魅力的だったと認めてあげようじゃないか」
時期が悪かったな、と内心でシュニーは苦笑した。
きっとこの地を訪れて真っ先にそう囁かれていたら、迷わずステラの手を握っていたに違いない。
「だったら……」
だが今のシュニーに、そのつもりなど皆無だった。
きっと、理詰めで考えていけば断る理由はいくつかある。
それは『領主の地位を譲る』という行為の不明瞭さだとか、なんとなくふたりが明言を避けていそうだと感じた部分があったとか様々な方面から考えられるだろう。
「理屈ではないのだよ、理屈では。君たちにはわからんだろうがね」
ただ今のシュニーにはそこまで深く状況を見つめ直すだけの思考時間は無かった。
だというのに都合のいい話を受け付けなかったのは何故なのかと問われれば、答えは単純だ。
「ボクが、領主だからに決まっているだろう」
自分は領主であらねばならない。
そんな小さな小さな意地、ただ一点である。
「……じゃ、俺らと戦争も辞さねえってコトかよ」
交渉は一度決裂した。
そう状況を判断し最初に動いたのはラズワルドだった。
槍の穂先が、再びシュニーへと向けられる。
「な、何故そのような短絡的な結論になるのだね! ボクは平和的にだね!」
突然の暴力的な流れに、シュニーは慌てて抗弁した。
ただ、脅されて思わず保身に走っただけで「武力があればそうしたい」という物騒な思想が一瞬頭を過ってしまったのも確かだ。
ステラや他の子供達はともかく、ラズワルドの態度が気に食わない。
今のシュニーは若干圧政者の方面に傾きつつあった。
死人を出してまでとは思わないが、できるなら力で鎮圧して解決してやりたい。
多少は上向きだったはずのこの町への評価を、約一名が下げていた。
「ラズくん! 待ってください!」
そう、ステラだってきっと血が流れるような未来は望んでいないのだ。
多少は溜飲が下がり、それに応じて少しだけ冷静さが取り戻せる。
「そうだ、キミは極端すぎる! 話し合いの余地はまだあるだろう! 一旦武器を下げ──」
断ったからそれで終わりではなく、ならばどうするかと意見をすり合わせるのが交渉なのだ。
シュニーは改めて話を進めるべく、平和的に行こうじゃないかと呼びかけようとし。
「偉い人を守るのは騎士の役目ーっ!」
破壊音と大声に遮られた。
三人が一斉に音の方向、入口の大扉へと振り向けば、そこに立っていたのは鎧姿の少女。
「……いったん武器を下げ「いい子たちって聞いてたのに、まさかこんな事するなんてね! 迷子になってた時に偶然領主殿が連れられてるのを見かけたからよかったけど! このマルシナ、悪者を放っておくわけにはいかないんだから!」
爆散した、と形容していい壊れ具合の扉をバックに、少女……マルシナは朗々と謳いあげる。
当のシュニーの意向は悲しい程に伝わっていない。
「武器を「さあ領主殿、僕の後ろに! ぱぱっと片付けちゃうからね! これ終わったら叙勲とかしてくれる?」
先日話した時には持っていなかった得物、身の丈程もある厚刃の剣を構えてマルシナは朗らかに笑っていた。
交渉決裂と同時に完全武装の騎士を突入させる。
言い逃れのしようが無い程に武力解決の構えであった。
「いい度胸じゃねえかテメェ……!」
「むっ、多少はできそうだね! でも正義は勝つんだから!」
まるで手元の肉より逃げる相手を優先する肉食獣のように、ラズワルドの視線と槍の穂先がシュニーからマルシナへと。
武力には武力で。これもまた交渉のひとつの終わり、悲しき結末と言えるだろう。
「……ステラ。信じて貰えるとは思っていないのだがね」
「大丈夫です、わかってますから……」
火花を散らす暴力ふたりを他所に、どこか遠くを見つめるような瞳で為政者ふたりが語らう。
たぶん領地の未来とかを見ているのだと思う。
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