第18話 何を解決するべきか 

「……フッ。ボクを誰だと心得ている?」

「おぉー!」

 

 木剣を手にしたシュニーの姿は、子供たちが感嘆する程度には様になっていた。

 背筋を伸ばし、胸を張る。

 体と垂直になるように、剣を真正面に立てて構える。

 服装こそ子供たちと同じ平服だったが、もし鎧を纏っていれば一端の騎士に映っていたに違いない。


「そこまで喜ぶならもっと披露してあげようじゃないか」


 周りの反応に気を良くし、シュニーはふふんと鼻を鳴らす。

 集った子供たちもまた、シュニーと同じく木製の剣や槍といった各々の武器を手にしていた。


 本日のシュニーの視察は、町を多方面から支える軍事力について。

 この冬の時代において、武力の価値は上がる一方だ。

 人類間の戦争や“冬”を押し留めるための大戦といった大仰な用途でなくとも、力が必要とされる機会は日常に溢れている。


 それは例えば畜産だけでは足りない食肉の確保だったり、生活圏の治安維持であったり、危険地域を行き来する商人や資源採集隊の護衛だったりと様々である。

 荒事への備えが碌になければ、人々の平穏な生活は大きく制限されてしまう。


 シュニーが疑問に思っていたのは、ではここフィンブルの町はどうなっているのか? という部分だった。

 領地の防衛は、軍事力の最も重要な用途といえるだろう。

 だが現在のスノールト領の戦力がどうなっているのか、シュニーはまだ現状を把握できていない。

 領主直属の騎士や兵団は存在せず、帝国中央からの派兵があるとも聞いていない。

 全くの無防備とも考えられないが、少なくとも公的な権力からの庇護は無い。

 考えられるとすれば住民たちによる自主的な努力だろう。

 こういう土地はたいてい郷土愛の強い冒険者たちが奮闘している……というのは冒険小説からの知識だが、実際どうなのかは知らない。


 領地の首都といえる町ですらそうなのだ、非力な子どもしかいないこちらはさらにまずいと思われた。

 同じく正規の軍事力に守られておらず、加えて頼れる大人がいないという二重苦。


 これが脅かす者のいない平和な村だというなら無防備でも納得できるが、実際は全く違う。

“冬”の猛威は今でこそ静まっているらしいがいつ牙を剥くかわかったものではないし、魚獲りの際に猪が襲ってきたように飢えた獣との遭遇は普遍的な脅威に思われた。

 

「せっかく訓練所にいるのだからね。良いものはどんどん取り入れるべきだろう」


 シュニーがその辺りの事情をステラに尋ねた結果案内されたのがここ、町外れの一区画である。

 枝を束ねて作ったいくつもの標的に、無造作に地面に放り捨てられている木製の武器。入り組んだ地形での移動訓練を想定しているのか、離れには倒木や大きな石がいくつも無造作に転がされていた。

 規模こそ違うが、シュニーの知る騎士団の訓練所に近い設備が揃っている。


「おうシュニー、調子はどうだ?」

「やあラルバ、案内ご苦労だったね。この通りだとも」


 シュニーをここに連れてきた案内人は気さくな調子でシュニーの肩を叩いてくる。

 シュニーが誘拐されてきた際にもラズワルドに付き従っていた少年、ラルバとは比較的話す機会が多かった。

 彼が城の門版を務めていたからというのもある。


「はは、堂に入った構えじゃんか」

「帝国貴族たる者、武器を与えられればこの通りだよ。キミたちに教えてあげても構わないが?」


 顔見知り相手に、シュニーは調子に乗っていた。

 賞賛に弱かったのと、囮役とはいえ獰猛な獣を倒したという先日の成功体験もあり、現在ちょっとした英雄気分である。 


「いややめとくわ」

「どうしてだね、遠慮しないで構わ「いまだ隙あり-!」

「なに、隙など……おやこの構え少々動きにく……!?」


 なのでその慢心の対価をすぐに支払う羽目になった。


「えい! たー!」

「や、やめたまえ! 領主の尻をなんだと……やめたまえ!」

「ほら、こんな感じで実戦的じゃないからさ」


 不意打ちで背後に回り込んできた子供に対応できず、木剣でひっぱたかれる。

 どうにか反撃しようとするものの、相手の動きはシュニーの想定以上に機敏で捉えられなかった。


 シュニーの構えは実戦を想定したそれではなく儀礼用である。

 見栄えこそいいものの、戦いに持ち出せる代物ではない。


「おーい、あんまりいじめてやんな。向こうで振り回してこいな?」

「はーい!」


 結局、自慢の構えを携えた騎士シュニーはラルバの助け舟が入るまでされるがままだった。

 現実はとてもきびしい。


「……それにしても、随分と和やかな空気だね」


 失態が恥ずかしくて、シュニーは話題を逸らそうとする。

 涙目で尻をさすりながら、この場所の雰囲気について尋ねた。


 今現在、子供たちは好き勝手に武器を振り回しているのが八割、真面目に特訓に励んでいるのが二割といったところである。

 騎士たちが談笑しながら鍛錬に励んだり模擬戦に興じているのは生家の訓練場でも見慣れた光景だったが、さすがにここの現状は緩みすぎているのではないか。


「口うるさく言うつもりもないが……こんな調子で町が守れるのかね?」


 子供のままごとであるなら別に構わないが、ここで訓練する者たちは違うだろう、とシュニーは首を傾げる。

 頼れる大人がいない故の現状だったとしても、兵士は兵士だ。

 規律が緩そうなのは町全体の空気として許されたとしても、最低限の武力は必要になるはず。

『防衛戦力』という物々しい単語と棒を振り回して遊んでいる子供たちの姿は、シュニーの中では繋がらなかった。


「いや、普段は真面目にやってるし中々のモンだぜ? 流石に熊狩ったり氷魔とやり合ったり……なんてのは難しいけど、慣れてないヤツ相手なら反撃させずに尻しばき回せるくらいにはな」

「ぐ……」


 誤魔化そうとしていたつい先ほどの恥を掘り起こされ、シュニーはラルバを睨む。

 ただ同時に納得できたし、加えて新たな疑問も浮かんできた。


「では何故今日はこんななのだね」


 他人の武練を細かく評価できるだけの経験が無いシュニーからすれば、先程自分を翻弄した子供の強さは、言われてみればそうなのかもという程度の認識だ。

 確かに、遊んでいるだけでは自然に身に付かない動きだと説明されれば納得はいく。

 だからこそわからなかった。

 こうして遊びまわっている子供がどうして普段はやる気を出して特訓に励めているのか。


「今日は休みなんだよ。鬼教官がいないから」


 ラルバはそんなシュニーの考えを察した様子だった。


「鬼教官?」

「兄ィだよ。遠征班が出てる時はいっつもお守りに付いてるけど。そうじゃなけりゃここで鍛えてくれてる」


 ラルバが『兄ィ』と呼ぶのは、シュニーが知る限りただひとりだ。

 表情が不機嫌か怒りの二択しかない赤髪の少年を思い浮べ、シュニーは思わず顔をしかめる。

 確かに彼が教導を務めているのであれば、子供たちも気を引き締めて特訓に励みそうだ。


「成程、得心がいったよ。よく死人が出たりするのかい?」

「シュニーって兄ィのことなんだと思ってんだ」

「野蛮人以外の何だというのだね」


 悪印象が先行しすぎていたらしい。

 死者が出るのかという質問はさすがに冗談半分だったが、もう半分の本気が声に乗ってしまっていた。


「お、おう……そういえば頼み事思い出したんだけどさー」

「話題を逸らさないでくれたまえ気まずくなるじゃないか」


 流石に態度が露骨すぎたらしく、ラルバの顔は引きつっている。

 シュニーもちょっと態度が過ぎたと自覚して、慌てて話題を引き戻した。


「わーったよ。他に何か聞きたい事でもあるか?」

「彼はどれくらい厳しくしているのかね」


 ちゃんと領地の視察、現状把握をせねばと己に言い聞かせ、シュニーは尋ねた。

 どこまでが現場に任せてどこまでが領主の管理する範疇なのかはわからないが、とりあえず得られるだけの情報は得ておきたい。


「そりゃもうビシバシよ。兄ィがいる日は泣き声と悲鳴しか聞こえないくらいだぜ?」

「うわぁ」


 あまりにイメージ通りすぎてシュニーは軽く引いた。

 鬼教官の名に偽りなしである。


「俺も随分しごかれててさ。もうひでーひでー」


 ラルバが袖を捲って腕を見せれば、そこには青あざや痛ましい裂傷の痕がいくつも存在を主張していた。

 自分と同年代だろう人間の体に刻まれた過酷な傷に、シュニーは思わず目を逸らしてしまう。


「あ、兄ィにやられただけじゃないけどな? 山行った時とか含めてだぜ」

「そう、かね……」


 眼を逸らしたままで、受け答えをする。答えはしたが、半分も聞けていなかった。

 今まで痛みとは無縁の裕福な生活を送っていた貴族にとって、生きるか死ぬかの日々で付いた傷は刺激的に過ぎた。


「痛いの、やだよなー。シュニーはそうやって逃げられるかもだけどさ。こっちは難しくてな」


 言葉だけ聞けば嫌味そのものだが、声色からそうでないとシュニーは察した。

 眼を逸らしたことに対する非難、ではない。

 シュニーの弱さに理解を示して、ラルバはうんうんと頷いている。


「ココを守れるのは俺らしかいないって必死なんだ。兄ィも俺もあいつらもさ」

「少しは、スノールトの町に助力を願ったりは? 子を守るのは大人の仕事だろう」


 子は大人に守られるもの。

 当の子供がそれを言うのは少々いやらしい気もしたが、シュニーの感覚としてはそうだった。

 貴族として果たすべきと考えている役割に近かったからかもしれない。

 大人と子供に限らず、強者は弱者を庇護すべきだ。


「その大人が守ってくれなかったから、兄ィと姫様はココを立ち上げたんだぜ」

「あ……」


 だから、頭から抜け落ちていたその例外を明示されて、シュニーは思い出す。

 ステラとラズワルドから聞いていた経緯は、本来あるべき強者の庇護が受けられない過酷な現状そのものだ。


「で、頼み事ってのもそれ関係なんだよな」

「……話題を変えるためじゃなかったのかね」


 先のラルバの言葉が方便でなかったことは、少々驚きだった。

 内容によるが、という前置きと共に、シュニーは続きを促す。


「シュニーって、また向こうに帰るんだろ?」

「いつになるかは決まっていないがね」

「お使いを頼みたくてさ」

「領主を遣いっ走りにしようとは贅沢な話だ」


 これで「領地の問題を解決してほしい」などと言われたら確約はしかねたが、もっと身近なお願いだった。

 ラルバが腰に下げた袋から、何かを取り出す。


「父さんに、コレ届けてほしいんだ」

「……靴下かい?」


 細長い布袋のようなものがふたつ。

 大きさも微妙に合っていなくて、所々ほつれていた。

 お世辞にも出来がいいとは言い難い品だったが、ワンポイントとしてあしらわれている翼を広げた鳥の刺繍が小洒落ている。

 

「俺が編んだんだぜ」

「どう見ても剣を振るしか能の無い面構えのキミがかい!? 生意気にも刺繍まで入れて!」

「さっきからかった仕返しかコノヤロウ」


 大げさに驚いたシュニーの頭にチョップが入った。

 何をするのだね……とうめいているシュニーへと、ラルバは靴下を手渡す。


「……父君は、良い人だったのだね」


 この町ができた経緯を考えれば、スノールトの大人たちは嫌われていて当然だとシュニーは認識していた。

 けれど、そう単純な話でもないらしい。


「おう、すげえんだぞ! 町はずれのバアちゃんといっしょに、着たら透明になれるマントだとか作ってたんだぜ」


 離れた親に贈り物をしたいというラルバの姿勢を見て、シュニーはわずかな光明を見いだす。

 分断された領地を再びまとめ上げるのは、今ちょうど目の前にある目標の一つだ。

 

 ただ最近は、本当に果たすべきなのか揺らぎつつあった。

 ここ数日でシュニーが把握した状況から伺えるのは、相互に憎しみあうとまではいかなくとも、拗れてしまった関係性だ。

 当時の領主が敵で、本当なら頼るべき大人は味方になってくれなかったから独立した子供たち。

 このスノールトという地は、土地も人も問題が絡まりすぎている。


 果たして領民たちは本当に、再び一つにまとまるのを望んでいるのだろうか。

 もし望んでいないのだったら、やはり正しいのは自分ではなくステラとラズワルドなのではないか。

 はっきりとした答えが出せず、悩んでいた。


「そうか……。それを聞いて少し安心したよ」


 しかしここに、分かたれてしまった家族と良好そうな仲の人間がいた。

 その確かな事実に、シュニーは一縷の希望を見出す。


「いやまあやべえ親父だけどな。一緒に母さんのとこ行こうとか言ってガチ目に殺そうとしてきたし」

「今聞きたくなかったなそれは……」


 違った。

 シュニーが知る家族関係の中でもっとも凄惨だった。

 雲行きが再び怪しくなり、シュニーは頭を抱える。


「んでやべえ死ぬって時にちょうど兄ィが飛び込んできてさ、何も聞かずこっちに強制連行からの生き残りたいなら武器持ちやがれ、よ」

「キミ以外危険人物しかいないじゃないかこの話題」


 登場人物が誰も彼もどうかしている。

 子を殺そうとする親に、無理矢理連れ去って過酷な生活を強いてくる反乱の首謀者の片割れ。

 そろそろ助けを求めたくなってきた。

 問題の解決どころか今後領主としてやっていく自信にすら響きそうだ。


「そうそう! もうしっちゃかめっちゃかだぜ俺の人生!」

「……なのにキミは、どうしてラズワルドに従って、あんな親に贈り物をしようとしてるんだい?」


 不幸自慢となればかなり話せるだろうシュニーも絶句の内容である。

 だというのに己の境遇を明るく笑い飛ばしているラルバが理解できず、シュニーは尋ねる。

 

「……それでもなんて言うかさ、嫌いになれねーんだ」


 困ったような、自分でも自分の感情がわかっていないような呟き。


「前みたいに父さんと暮らしながら、兄ィに鍛えてもらえりゃ楽しいだろうなって思っちまう。変だよな、やっぱ」


 恥ずかしそうに頬を掻いて、ラルバは笑っていた。

 その表情にはいろいろなものが混じっている気がして、シュニーには何を言っていいのかわからなかった。


―――――


「なんだ、今日は早いな。もう仕事は片付いたのか」


 治療室のドアを叩くと、意外にもラズワルドは穏やかな声でシュニーを出迎えてくれた。

 

「皆を代表して仕方なく見舞いに来てやったのだよ。ありがたく思いたまえ」

「テメェかよ帰れ」

「指が! 指がドアに挟まっているのだが! おい聞いているのかい!!」


 そうでもなかった。

 無慈悲な拒絶の一言と共にドアが閉じられ、ついでに中途半端に部屋に入ろうとしていたせいでシュニーの小指と薬指が犠牲になる。


「がっかりさせんじゃねえよ。俺の挨拶を返せ」

「無理を言わないでほしい」


 深いため息とともに再びドアが開かれ、シュニーは素早く室内へと滑り込んだ。

 もう一度指を挟まれたら今度こそ折れる気がしたので必死である。


「……それで?」

「何がそれでなのかね。質問内容はきちんと言いたまえよ」


 赤く膨れた指に息を吹きかけるシュニーと、どかっと大げさな音を立てながらベッドに寝転ぶラズワルド。

 両者の間には、ひりついた空気が流れていた。

 やはり彼と自分はあまり相性が良くない、とシュニーは嘆息する。


「あいつら、ちゃんとやってたかよ? 代表して来たんだろテメェは」


 若干具体性の増した質問に、口をつぐむ。

 また嫌味を言ってやろうか、ではなく、どう答えたものかという思案の沈黙だった。

 素直は美徳である。

 ただ、今この状況で正直に「鬼教官がいないのをいい事に存分に遊び回っていたよ」などと言ってしまえば、皆が後ほどどのような目に遭うのかは想像に難くない。

 

「あのだね。これはボクが口を出す話ではないかもしれないが……キミは少々厳しすのでは?」

「あぁ?」


 たっぷり悩むこと十数秒。

 シュニーは回答を避け、ついでにラルバと話していて気になった話題へと踏み入った。


「ほら、ここの子供たちは……キミたちが連れ去って来たも同然なのだろう? その上無理やり扱き上げるというのはどうもね……」

「は、人聞きの悪いこと言うじゃねえか」


 甘い考え方だと自覚している。ただはっきりさせておきたい部分もあった。

 城でステラから聞いた通り、ここの子どもたちは元々スノールトの町の住民だ。

 ラズワルドとステラの意思に賛同して、このままじわじわと朽ちていくよりは過酷な道でも力強く生きていこうと誓い領主から独立した勇気ある者たち。


「事実だろう。本当に皆が皆、望んでいたのか」

「……」


 だがそれは、本人たちの意思だったのだろうか。

 半ば確信を持っているかのようなシュニーの物言いに、ラズワルドは口をへの字に曲げる。


「なワケねぇだろ。このままじゃ死ぬって事すらわかってねぇガキもいたさ、そりゃ」


 沈黙を挟んで、観念したかのようにラズワルドは呟いた。

 普段の荒々しさが潜まった、どこか陰を感じさせる声だった。


「クソ領主にいつ見つかるかわかんねえ状況で、時間が無かった。全員は連れて来れなかったけどな」


 連れて“来れなかった”。

 ラズワルドの意思は明確だ。可能であれば、子供たちを皆こちらに引き入れたかったのだろう。


「親から合意も無く引き離しておいて、罪悪感は無いのかね」

「……今さらンな事気にして何になるってんだ」


 為政者という立場としては認め難いが、ラズワルドの考えはシュニーにも完全に理解できないわけではない。

 このまま放置すれば命を落としていたかもしれない。だから無理矢理に連れ去って過酷ではあれど生を繋げる環境を用意してやる。

 そんな彼とステラの行いを全否定するわけではないが、同時に手放しで褒めるのも違うと思った。


「わかっているのだったらもう少し手心をだね」


 きっと、ラルバは珍しい例だったのだろう。

 先ほどの物言いからして、無理矢理に連れてきたのはまだ現状の理解が十分でない幼い子供たちが大部分だったに違いない。

 そんな相手に対してあまり厳しくするのはどうなのか。

 そこがどうしても、引っかかってしまう。

 

「……わかってるからだよ」


 ガィン、という金属音が唐突に響き、シュニーは身を竦ませる。

 ラズワルドが槍の石突を床に叩き付けた音だった。


 これだから嫌なのだよ、と内心でぼやく。

 シュニーは暴力が嫌いだ。

 それは己が得手としていない分野だという理由もあったけれど、全てではない。


「力尽くで親から奪い取った。力尽くでガキ共をここに連れて来て、帰りたいっつっても聞かなかった。俺が正しいと思ったから、泣き叫ぶのも無視してな」


 拗れた場面を力で押し通して解決するのは、獣の道理なのだ。

 もちろんどうしようもない場合もあるけれど、理性による話し合いこそ人が人たる証なのだと今のシュニーは強く信じている。


 ラズワルドの事が気に入らないのも、きっとそれが一番大きい。

 目の前の相手を人とも思わず、暴力で物事を解決してそれだけが最良の手順だとと信じて疑わない凶暴な獣。


「そうまでして連れてきたのに死なせちまったら……アイツらは何のために今まで苦しんでたんだって話だ」

「──」


 だが、全てがそうではなかったのだと気付かされた。


「俺らが平和に暮らせるのはまだまだ先だ。獣だ何だにいつ襲われるかわかんねぇし、テメェんとこの町の連中はいつ攻め込んでやろうかって監視してやがる」


 ラズワルドはシュニーから顔を背け、開け放たれた窓の外を眺めている。

 表情は伺えず、彼がいま何を思っているのかは言葉からしか読み取れない。


「だから、せめて死なねぇ程度に鍛えてやるんだ。敵をぶっ倒せる程じゃねえにしても、逃げられるくらいには。そうじゃねえと……無責任だろ」

「……そうかね」


 けれど、その声はシュニーの印象を変えるには十分だった。


「謝罪する。少々、決めつけが過ぎていたらしい」

「なに謝ってんだよ。よくわかんねえヤツだな……」


 人を人とも思っていなかったのは自分だったか、と己を恥じる。

 まだ何も知らない内から相手をわかった気でいた。

 彼は彼なりに思い悩んで今の在り方を選んだのだと、今まで考えたこともなかった。


「話はそんだけかよ。用が済んだならとっとと出てけ」

「そう言わないでくれたまえよ。もう少し余裕を持ったらどうだい」


 多少印象が良くなったところで、ラズワルドへの苦手意識は変わらない。

 言動から行動まで粗野な部分が多いのは事実だし、たとえ考えがあろうとも過度な厳しさについては賛同しかねる。

 原因がわからない気に食わなさもまだ消えていない。


「暇してたんじゃないのかい? 軽く雑談でもどうかと思ってね」

「……早めに済ませろ」


 けれどシュニーは、ゆっくりでも歩み寄ろうと思った。

 良好な関係は常日頃の会話から。

 この領地と同じで、少しずつ少しずつ変えていくのだ。


「キミ、来客がボクだと知った時に『がっかりした』と言っていたね? もしかして誰かが来るのを待ち望んでいたのかい?」


 ちょうど都合のいいことに、セバスから聞いていた同性とのトークにおける定番分野がある。

 ここで一つ社交的な面と分析力を見せ付けてあげようじゃないか、と少々ずれた事を考えながら、シュニーは雑談に興じ。


「それが誰なのか気になってしまってねぇ! だいたい皆に不愛想なキミが喜びそうな人と言えば、そう──」

「うるせぇ死ね」

「死ね!?」


 せっかく少しだけ縮んだ距離が、またちょっと離れたような気がした。

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