第8話 誘拐道中
「そうか……本当に必要なものはこれだったか……」
ここ五日間のシュニーの精神状態は、世界で最も高く飛ぶ鳥、
家に見捨てられたのだと知って心をへし折られ、本人は素直に認めないが運命の出会いで持ち直し。やる気に任せて行動した結果現実を突き付けられ再び心を抉られ、熟考と対話の末に立ち上がった。
フリーダムな領民たちとの会談で多少削られたがなんだかんだプラス方面に落ち着いて、今現在。
「軍事力……あらゆる外敵を……愚かにも領主に歯向かう者
何やら危ない方向に進みつつあった。
荒くれ者に誘拐される領主。
今現在のシュニーの状況は、決してあり得ない事態ではなかった。
貴族は大概お金持ちである。あとどうしても嫉みだの悪政だので民に嫌われやすい。
誘拐犯の目的は大概お金だ。嫌いなヤツを痛めつけて憂さ晴らしできたりすればなおよい。
需要と供給が見事に一致した。嫌すぎる形ではあるが。
けれど、実際のところ貴族が誘拐されるなどという事件は殆ど起こっていない。
その大きな理由が何であるのか、シュニーにはわかっている。
一言で言えば『力の差』である。
貴族に悪漢をボコボコにできるパワータイプが多いとかそういう意味ではない。
立場と潤沢な資金によって構成される、組織力や権力という面での話だ。
尊き身を危険に晒さないために、ほとんどの貴族は護衛を付けている。
そして貴族が護衛に選ぶような者は、大概の場合強い。
例えばそれは本格的な軍事調練を受けた騎士であったり、大枚を叩いて雇った歴戦の冒険者であったり。
仮に彼らを突破でき誘拐に成功したとしても終わりではない。
威信を傷つけられた者たちから、苛烈な追手が放たれるのだ。
帝国からは憲兵団が、攫われた家からも私兵や場合により暗殺者まで。
厳重な捜査と追手に包囲され、犯行計画は瞬く間に挫かれる結末となる。
これらのリスクが大きすぎ最終的な成功が望めないからこそ、貴族という恰好の獲物が金銭目当てで襲われる事例は少なく、実行に移したところで誘拐まで至るのはさらに希少だ。
「そうであれば……こんな奴らなど……!」
シュニーは左右にちらちらと視線を揺らす。
リーダー格と思わしき少年の取り巻きが二人。お世辞にも体格が良いとは言えない、シュニーと同年代くらいの子供だ。
シュニーを監視し連行するような動きはどこか拙く、かつて帝都のパレードで見た兵団と比べれば雲泥の差に感じられる。
どう見ても、かつてシュニーが外出する時に付き添っていた護衛と事を構えられるような精強さは伺えない。
憲兵団の捜査を掻い潜れる器用さも知恵も無いだろう。
即座に捕らえられ罰が下される、という流れが目に見えている。
ただ、それはあくまでも貴族としての威光が十分に働いている環境での話だ。
今のシュニーは、ただただ無防備である。
頼れる護衛もいなければ、報復や抑止力が望めるような権力もない。
残ったのは、お金持ちっぽい服装の上に無防備で貧弱な恰好の獲物だけだ。
「間が、間が悪い……!」
そうはならないはずだったのに、とシュニーは頭を抱える。
本当なら、マルシナに護衛を頼む予定だった。
身の安全というよりどちらかといえば冒険者組合との関係改善の為に伝手を作る意味合いが大きかったが、理由がなんであれ護衛は護衛だ。
しかし「今日は『けもの捨て』に行ってくるからごめんね!」と断られてしまった。
獣を狩って森の特定の場所に捨ててくる依頼らしい。なんだその儀式は。食料は貴重なんじゃなかったのかもったいない。
謎の風習に困惑しながらも他に頼める相手がいなかったので結局そのまま視察を開始したシュニーだったが、結果今の有様である。
「なあ、領主さま」
「……」
もう少し慎重になるべきだったと歯噛みしながら、シュニーの思考はさらに沈み込む。
これから自分は一体どうなるのだろう。
憂さ晴らしとばかりに暴行を受ける羽目になるのだろうか。
手持ちの金程度で見逃してもらえるだろうか。
領主がこのような相手に屈するなど恥辱の極みだ。
少しでも理性的なやり取りを期待したいが、こんな小汚い乱暴者共に期待などできないか。
などと、考えていたので。
「ごめんなぁ! 急だったから乱暴にしちゃって! 疲れたら言ってくれよ!」
「ほんとにここの王サマなのか? 俺らとあんま変わんないのにすげーな!」
「う、うん?」
かけられた友好的な声に、一瞬耳を疑った。
身代金の要求でもぬくぬくと生きてきた貴族への恨みつらみでもない、まるで同年代の友人と話すかのような弾んだ声色である。
「い、いやまあ……ボクがすごいのは当たり前の話だが……?」
現状を即座に飲み下せない。
シュニーがかろうじて返せたのは、賞賛に聞こえなくもなかった言葉に対してだった。
褒められて悪い気はしない。だが相手は貴族に恨みでも持っていそうな誘拐犯だ。
己の認識から大きく外れた行動に、シュニーはうまく思考をまとめられない。
「あっ、でも姫様と兄ィの方がすげえからな? 勘違いすんなよ!」
「もうちょっと歩くけど我慢してな!」
「……ん?」
気になるワードが新たに飛び出したが、シュニーの意識が傾いたのはふたりの言葉ではなかった。
先ほどまで、ぶつぶつと自分の世界に入って闇堕ちしかけていたため向けられなかった、周囲への認識。
改めて現在自分がいる場所を見て、不自然な点に気付いたのだ。
「……何故町から離れているんだい?」
両開きだが左側の扉が欠けていて役割を果たせていない城門をくぐって、外へと。
シュニーを誘拐した少年たちは、明らかに町……領地唯一の居住区から出ようとしている。
町のどこかにある隠れ家にでも連れ込まれるのだと予想していた。
ここには既に使われていない家が多く存在する。
殆どは何らかの理由で一部が破損、もしくは完全に倒壊して放棄された廃墟である。
だがほんの少しだけ、きちんと形を保っている住居が存在していた。
このような人が住まなくなった家には、得てして後ろ暗い目的を持つ者が潜むものだ。
自分を攫うような教育が行き届いていない連中はそういった場所を拠点にしているのだろう。それがシュニーの予想だった。
「そりゃ、帰るからに決まってんだろー?」
一番前を歩く少年は沈黙。
代わりに答えたのは、シュニーを逃さぬよう左右を挟みこんでいる取り巻きの片割れだ。
しかしその解答も要領を得ない。
「帰るも何も、まともに生きていける場所なんてここ以外ないだろうに……」
スノールト領は面積だけを見れば広い。狭く小さな領地、というのは人間の居住区を指しての話だ。
町の外もまた、いちおうは領地の一部であることに変わりない。
けれどそこが人の住める土地なのか、と聞かれれば話は別だ。
“冬”の影響で凍てついた荒野や、無数の獣や氷の魔物が潜む氷樹林が殆どを占める不毛かつ危険な場所が殆どなのである。
それらの過酷な自然で暮らすのは、裸で外に飛び出し一夜を過ごすのと同じくらい困難だった。
「一体キミたちはどこに……」
「俺たちの町はここには無え」
そこでようやく、ずっと無言を保ってきた少年が言葉を発した。
「こんなクソみてぇなとこにいたんじゃ、生きてけねえんだよ」
憎しみと苛立ち、ほか様々な負の感情が入り混じった、重苦しく実感の籠った言葉。
「……」
己の治める地を蔑まれ、しかしシュニーは何も言い返せなかった。
下手な事を言えば己の身が危なかったから、と自分を納得させるのは簡単だ。
けれど自分の心を奥底から騙し切れるほどに、シュニーは大人ではなかった。
何か言ってやれ。結果を出せる程の時間はまだ経っていないが、自分が馬鹿にされたも同然なのだぞ。
そう己の誇りは主張するが、しかし反論の言葉は出てこない。
「無駄口叩いてないでさっさと歩け。冷えてきやがった」
誰も気に留めない、気付いてすらいないだろう領地を預かる者としての醜態。
じわりと心の隅に黒い染みが広がるのを自覚しないようにしながら、シュニーはそのまま歩き続けるのだった。
四人が目的地に到着したのは、それから二時間ほど歩いた後である。
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