ようやく戻れたの件

 狙いどおり、見事に不正を記録した書類と試験片はぼやで焦げてしまった。まあ、このボヤ騒ぎで、監査どころではなくなったのだが。無事このニュースを聞き終えると、なぜか、ホテルのスイートルームで酒を飲んでいた。状況が理解できるまでどれほどの時間が掛っただろうか。浴室の鏡をみて、ようやく本来の俺であることを理解できた。死を覚悟したことによる走馬灯の様なものだろうか。いや、他人の人生を数か月何百回、何千回、それ以上数えられないくらい繰り返すことはないだろう。すべてが夢だったのか、スマートフォンは沈黙しており、不在着信も無い。ニュースを見ると、田中発動機の工場が復帰したことと、ラインストップにより一部の車種で納期遅延が見込まれ数十億の損失が発生、年末年始に稼働して1月中には解消すると報道されていた。

 狐につままれたようだが、何とか俺に戻れた上に、危機は去ったのだろうか。ただ、D発の内情を知る身としては、このままでは同じことになると思い、動き出した。D発にとっては高々数十億であるが、安易に用意できるものでもない。ここぞとばかりに、新技術を発明したベンチャーに向かい、D発との共同研究契約を白紙にすることを提案。合わせて経理の外部機関による調査も提案した。もちろん経理が飛ばない様に、怖いお兄さんたちに監視もさせた上でであるが。代案と不正経理の証拠を出すと、言葉を無くし、俺の提案に乗ってくれた。D発には社長と共に向かい、契約について確認すると、向こうから締結の延期を要請してきた。内部留保が少ないD発は今すぐ研究開発に使える資金が無く、しばらく待ってほしいとの事であった。

 俺は、不自然にならない様に、時期が延びることでEV開発の商機が無くなるでの困ると言い張り、不穏な雰囲気を作った。想定通り、D発の開発担当役員が激怒すると、けんか別れするように席を立ったが、上座に座り一言もしゃべらなかった男が俺たちを止めた。横柄な開発担当役員とは違い、D発のせいで契約が出来なくなったことを詫び、その上で、トミタと直接契約しないかとの言ってきた。想定通りだ。当然向こう側に非があるので、契約条件はこちら側に有利な条件だ。後日トミタ本社での契約となったが、これでこのディールは完成したと言って良い。俺は資本家内裏としての役割を果たした。ついでに金主には契約と共にベンチャーの株式はトミタに売却するようにアドバイスし、俺の持ち分も含めトミタに買い取ってもらった。この会社は完全にトミタの子会社になるが、それはそれで平和だろう。たとえEVが下火になっても。

 さて、俺の心配事は全て解決したから、もうひと仕事だ。


   

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