第8話 とりあえずできることはやるべしと言う件
出来ることはした。無駄と思いつつ、自分の携帯の番号は覚えていたので、電話をかけ、メッセージを残し、メールもした。当然、見知らぬ番号の電話は出ないし、メッセージも聞くことはない。メールは未読で破棄。まあ、そうだろうね。もう手が無いと諦めたところに、ある男の顔が思い浮かんだ。いやそいつに似た奴が前を通り過ぎたので、思い出したのだ。そうだ、俺は情報屋を使っていた。金額もさることながら、独立のための第一歩になるこの案件はいつも以上に慎重に進めていた。そして、安くも無い情報屋を使って調べていた。金額は高いが情報に誤りがない。それがそいつの売りだ。一度、そいつに付き合って、情報収集に使っているバーに行った。そこは小汚くて、俺はすぐに撤収したが場所は覚えている。そうだ、そこにこの情報を売りに行こう。
俺は即動いた。その日の夜にはそこに行き、男が来るまで待ち続けた。深夜もかなり更けたころにそいつはやって来た。しばらく様子を見て徐に近づいた。
「あんたかい、あのベンチャーについて情報を集めているのは」
「何で知っているんだい」
「それくらいの情報も分からないようなやつらな、ろくな情報はないだろう」
「言うね。あんたはそれなりの情報を持っているのかい」
その言葉に対して、おれは例の会計担当の写真を出した。
「何だい、これは」
俺は簡単に説明して、会計担当が身の丈に合わない額をこの女に貢いでいることを教えた。
「別にスキャンダルはいらないんだが」
「ただのスキャンダルならな。これだけの金がどこから出ていると思う」
「横領か」
「まあ、調べないと分からないが、少なくとも焦って手を出すタイミングではないかな」
「で、あんたはこれを売りたいのか?そもそもなんでこんなことを調べたのだ」
「あまり言いたくないが、俺の知り合いがこの女に騙されているようなので、調べてみた結果だ。知り合いには教えたが、勝手にやったから金をとる訳にもいかない。だから、少しでも金にしたくてね」
「ふーん。でいくら」
「言い値で良いよ。それが役に立ってからの後払いで」
「そんな条件で良いのか」
「ああ、今回は挨拶の代わりみたいなものだからな」
男は懐から財布を出して、札の束を二つ。恐らく二十万円だろう。それを俺に押し付けた。
「借りは嫌いだから。あんたを信用するよ」
「じゃあ、ここの支払いは俺がするよ」
それから、ほぼ無言で酒を飲み交わした。
慣れないことをしたのか翌日は二日酔いだった。あとは情報屋がうまくやるだろう。
それからしばらくして、D発の不正が明らかになり、ベンチャーの会計担当も海外に飛んだ。だが俺には関係がない。そうなることを知っていたし、俺に教えたし。これで、このループから抜けられるのだろう。それがどうなるか分からないが。
まあ、そんな心配は無駄で、やはり目が覚めたら、ブーやんで元に戻っている。あのバカ(俺なんだが)、あれだけ教えたのに、金引っ張って投資しやがった。と言うか俺は馬鹿か、バカなんだろうな。どうしようもない。ただ単に半丁博奕に勝ち続けただけの愚か者が勘違いしただけだったんだな。
まあ、とりあえず出来ることはした。そして、俺は役に立たないことが分かった。
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