第4話 取り合えず、お金は大事だよ~と言う件

 なぜお金を稼ぐのか!それはそこにお金があるからだ。と偉大な経済学者が言ったとは聞いた事はないが、落ちているお金を拾わないほど、清廉ではない。体は無能でも、意識は天才トレーダー。これだけのタネ銭しかないが、ぶーやんがここで死ぬまで働く金くらいは軽く稼げるはずだ。頭が回らなくとも、未来を知っているのだから。

 そう、ここに来た原因である、不正問題だ。田中発動機はトミタグループに吸収されて、株は上場していないが、サプライヤの中堅企業の中には状況しているところが多くある。その中でもこの問題で50%以上も株価を下げたメーカーもあり、これでインパクトが出ない程度の空売りをかければ、1.5倍くらいは稼げる。通常のレバレッジであれば3倍程度だが、海外の取引所を使えば20倍分の空売りが出来る。

 もちろん、ぶーやんは信頼が無いので、損失が保証金を超えない範囲で即ロスカットされる。手数料も高い。さらに税金もかかる。まあ、節税方法はいろいろあるがあまりやりすぎると良くないので、XDAYまで百万単位で低レバで遊んで本番に備えよう。

 XDAYがいつか分からないが、少なくともニュースリリースされた日は分かっている。構内で不正の話が出た後もアウトだ。ちょうど先週EVの先進的な開発PJの発表で関連するサプライヤーは株が暴騰している。感覚的には来週頭がピークだ。発表後だから、5%を超えるような大幅な上昇は無い。相場操作と思われることは無いと思うが、安全をみて、数社に散らして空売りだ。

 その後は、仕事の前後に各社の株価は見るが、淡々と日常を過ごした。

 そしてXDAY。数日前に、本体出向の社員が騒いでいたが、それがトリガーだった。瞬く間に不正問題がが明らかになり、生産のペースは落ちて、俺たちにも書類運びなどさせるようになった。で、今日の記者発表だ。俺以外の期間工は現実味の無いドラマの様にTVを見ていた。俺にとっては既に知っていることだが。そして、現実的な奴らは、明日からどうなるか心配しだした。大丈夫だ。明日からラインストップ、再来週には雇止めだろうから。今日明日で他の仕事に入れないだろうから、寮は追い出されないだろうが、自動車関連の期間工募集は激減するだろう。まあ、あまり人間関係を構築していないから、こいつらがどうなろうと興味は無いが、俺にとっては、買い戻しのタイミングを見計らうという大仕事が残っている。幸い職長から明日から監査が入るため、指示があるまで寮で待機するように伝えられた。俺たちは最低限の片づけを行い、寮に戻った。まだ、市場は開いてはいない。だが、いきなりストップ安になるので今日は買い戻さない予定だ。明日になると下がり具合が落ち着いてくるから、そのタイミングで買い戻す。長期的にも下がるだろうが、あまり先の事は分からないから、利確することにした。タネ銭が増えれば、いろいろな稼ぎ方も出来るだろう。

 その日は予想通りだったので、食堂に行くと、みんな集まっているが、殺伐として俺が来るまでに揉め事もあったようだ。まあ、俺には関係ない。なるべくヘルシーな食事を選び食べた。ほかのやつらは、食事ものどに通らないのか、飲み物だけのやつが多かった。明日が分からないからこそ、食える時に喰っとけと言いたいがほっておく。彼らを支配しているのは先行きの分からない不安なんだろうが、元々、こんな仕事に先行きなってあるのか分からない。体を壊せば終わりだし、その為の保険をがっつりかけている訳でもないようだ。こう言うことを想定した奴は少ないだろうが、資金を準備するために働いていたやつらは、冷ややかな目で見ていた。社の方針が決まり次第どうするかは決めているのだろう。この間も日当はでるから、おいしいと言えばおいしい。まあ、俺にとっては誤差のような額だが。

 そして、翌日、数回に分けて全ての株を買い戻した。空売りの影響か思った以上下がり、手数料、税金を引いても3億程度は稼げた。これだけあれば、5%で運用しても手元に一千万以上残る。独り身なら多少の贅沢しても十分足りる額だ。その内、この金で商売するなり海外に住むなりしても良いだろう。まずは金銭面では自由を得たのだ。

 しばらくして、俺たちは解雇。荷物をまとめ実家に戻った。戻る前に、清掃スタッフを雇い、ちょっとしたリフォームをして、家電も買い換えた。多少古いがしっかりした作りだから、しばらくはここを本拠地としよう。金は稼いだが、これから何をしようか。比較的小奇麗な服を取り出し、一見でも入れる、それなりに高いフレンチで一人新しい門出を祝った。

 強かに酔った翌日は昼近くまで寝てしまった。食事をどうするか考えていると、呼び鈴が鳴った。そうだ、久しぶりに帰ってきたのだから、近所の人から見たら、急に人が住んでびっくりしているのかも。事前に挨拶すべきだったか。そう思ってドアを開けると、スーツ姿の男性二人、後ろにも何人か居そうだ。変な訪問販売か、宗教かと露骨に嫌な顔をすると、俺に負けないくらい不機嫌な顔で、

 「〇〇さんですね」

 と聞いてきた。そうだと返事すると、紙を出して読み上げた。つまり令状だ。インサイダー取引を容疑だ。ただの期間工にそんな情報を入手出来る訳無いと言っても当然通じない。裁判になればなんとかなるのか。有能な弁護士が雇えるか分からんが、今は逃げることは出来ない。しかも一期間工にこれだけの人数。そう、見せしめだろう。国は国民に株を推奨するが、一国民が儲けすぎるのを嫌う。そして生贄を作る。そんな基本原理すら忘れていた。そう、お金は大事だ。そして誰かが稼げば誰かが損する。弱い人間が稼げば、魑魅魍魎に食い散らかされる。まだ国だからマシかも知れない。そして、車の後ろに乗せられた瞬間、また、工場でドアを取り付けていた。

 どう言うことだ?


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