第2話 期間工になったので今日一日曝す件

 仕事が終わると外は朝だった。この日は夜勤だったようだ。さすがに若くはないこの体にはきつ過ぎる。寮に戻ると、部屋にある食べ物はインスタント食品しかない。こんなものを食べていたら体を壊すだろう。確かに肥満気味で、体に倦怠感はあるが、大きな病気は無いようだ。しかし殺風景な部屋だ。テレエビとパソコン、ベットを除けばコミック、雑誌くらいしかない。この仕事も長いようだ。部屋に生活臭が染みついている。ここで寝るのかと思うと気が滅入る。下にコインランドリーがあるから食堂で食事をしてその間に洗濯してしまおう。

 なるほど、この男の知識や経験はそのままなのか。と言うか、この男の体に俺の意識が入ったようだ。兎に角、洗濯と飯だ。この頭の鈍さは糖と睡眠の不足だろう。このような状態での思考は意味がない。判断はベストな状態で行わないと。特に今のような不可解で未知な状態であれば特に。

 コインランドリーは空いていて、洗濯には1時間程度で済みそうだ。食堂に向かうと夜勤明けのスタッフが食事をしていた。少し臭い。この男はあまりコミュニケーションをとるのが得意では無いようだ。軽く目礼して、カウンターにある総菜とご飯、お吸い物を取り、彼らの輪には入らずに、少し離れたところに座った。恐らくこの男の習慣だろう。意識すれば、彼らの会話に入ることは出来るが、まだ早い。と言うか臭い。食事中は止そう。

 食事はたいして美味くない、美味くは無いが、食べれる、と言うか十分食べれる。俺がいつも食べるようなものではないが、素朴で安心するいつもの味と言う感じだ。恐らくこの男の体に馴染んでいるのであろう。

 食事が終わると夜勤スタッフはパラパラと帰って行き、俺は、洗濯物が終わるまでテレビでニュースを見ながら状況を整理しようとした。この男についてだが、そう、この男と言うのも何だから、これからはこの男の事はぶーやんと呼ぶことにしよう。ぶーやんだが、年齢は俺と同じ。誕生日まで同じだ。何か因果関係があるかもしれないが、今は置いておこう。なるほど、意識を集中するとぶーやんの記憶が見えてくる。一言で言うと、特筆すべきことの無い、その他大勢の人生だ。しかも負け犬人生か。なるほど、頭は良くないが、大学までは出ているようだ。しかも工学系電子科か。あまり聞いたことの無い大学だが、俺自身が関わりなかったからよく分からない。ただ、断片的な記憶からは恐らくFランだろうな。まあ、頑張って入ったようだ。なるほど、ぼっちな大学生活。地元の中堅製造メーカーに勤務。要領は悪いが、真面目さを買われ、割と幸せな社会人生活を送っていたが、リーマンショックで業績が落ちてリストラか。その後は転々と職を変えて、ここに至ると。真面目さが買われて、かなり長い間契約を続けているが、正社員への登用は難しいようだ。両親は既に死亡。少し早いが、年齢による病死。元々短命の家系のようだ。兄弟も無し。配偶者、子供、恋人どころか友人すら無し。天涯孤独と言うやつか。趣味も特になし。酒、たばこ、ギャンブルはやらず。淡々と生活して、老後の資金をためている。貯金は、なるほど、それなりに持っているようだ。FIREするには足りないが現金で3千万と少々。その他実家を除くと資産は無し。運用という考えはないようだ。

 殺風景な部屋には当然経済紙どころか四季報すらない。PCはあるが、少し疲れているようだ。洗ったばかりのシーツを敷いて眠ることにした。起きると日が落ちており、次の勤務の時間が近づいている。顔を洗って、食堂に行くと、いつもと変わり映えの無いメニューが並んでいた。ぐっすり眠れたようで、腹は減っている。ガテン系メシとでも言うのだろうか。全体的に茶色い定食を頼んだ。健康のためにサラダも追加したが、この体は野菜が苦手のようだ。不快感を感じるが、健全な精神は、健全な肉体から、という信念に基づき食した。工場に入ると考えずとも体が動き、勤務の準備を始めた。意識は自分のものだが、体の一部は他人のモノのような違和感。そうだ、昔友達の家で遊んだゲームのようだ。家では遊ぶことが禁じられたからこっそり、ゲームをさせてもらった。あまり裕福な家では無かったので、ゲームも古いものだったが、俺にとっては斬新で、ゲームの世界に没頭した。ロールプレイングや推理ゲームだったと思うが、操作するキャラクターとシンクロして自分がキャラクターになったように感じた。もちろんキャラクターは勝手に動くし、選択肢も少ないが、その時の感覚に似ている。俺がぶーやんを動かしているような感触だ。あまりにもはまりすぎて、塾を大幅に遅刻してしまい、遊んでいたことがバレ、その後はその友人とも会うことも無かったが、いま突然思い出した。

 そのような脳死状態で仕事しているとあっという間に夜明けになり、本日の業務は終わった。若い人たちは仮眠して遊びに行くようだが、俺はしっかり寝て、仕事までの隙間時間に調べものをする予定だ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る