第8話


 甘やかな吐息が首筋を撫でる。

 暖かな息が強く吹けば、肉を貫く鈍い音が身の内から聞こえた。

「う……あ……」

 じゅる、と吸い上げる音が外と中から響き渡る。

 吸血鬼の吸血は対象に快楽を与える。

 今更に、青年が吸血鬼であることを知らされる。

「嗚呼……貴男の血は、こんなにも美味しいのか」

 唇を離した青年は恍惚な声色で呟いた。

 その顔はブラウローゼからは見えない。

「貴男だけ。貴男だけがいれば……私はきっと幸せだ」

 噛み付く青年。

 笑っているのか泣いているのか。

 その肩は震えていた。



 ブラウローゼは青年に全てを委ねた。

 失うものなど、もう何もないからだ。

 そして、ただ一度起きた悲劇から生まれた青年を哀れんだから。

 愛しき妻に似ていても、その片目には常に仇がいる。

 愛せなかった。

 自身の無力から咲いた黒い薔薇を、ブラウローゼは愛することが出来なかった。

 孤独に咲く薔薇。

 罪悪感。

 何が罪で、悪なのかも分からない。

 愛する妻の形見であり、仇の最期の置き土産。

 青年には何の意図もないにも関わらず。

 愛することが出来なかった。


 出来ることは、“哀する”ことだけ。

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