第9話

 暗く狭い世界。

 熱い吐息が反響する。

「綺麗だ。ブラウローゼ」

 青年はブラウローゼの首筋に噛み付く。

 赤い血が唇の端から零れる。

 その右手には、真っ赤な薔薇。

 傷付くことも構わず、青年は薔薇を掴み、ブラウローゼの身体を飾り立てる。

 くぐもった声は呻きか嬌声か分からない。

「ほら……貴男の白い肌には赤い薔薇が良く似合う。腹が薔薇に咲くなんて……本当に美しい」

 血塗れの右手を舐め上げる。

 ブラウローゼの身体は胸より下は引き契られていた。

 本来、内臓があるべき場所は薔薇園となっている。

 力なくソファーに横たわるブラウローゼに青年は愛しげにキスを贈る。

「ブラウローゼ。私の薔薇。私は、今、幸せだ」

 美しい微笑みを浮かべ、キャンバスのセットされた場所に移動する。

 手には絵筆とパレット。

「美しい……本当に」

 恍惚に呟きながら、青年は絵筆を進ませる。

 その瞳に宿るのは歪な愛。

 限りなく吸血鬼である青年が持った歪んだ運命は、その心だった。

 愛されない青年は心惹かれた美しい吸血鬼に魅せられ、狂おしく愛した。

 愛されないと知っているから。

 美しいままを望み、筆を進める。



 ブラウローゼ。

 私の青い薔薇。

 私を愛することが不可能な薔薇。

 貴男は私を黒い薔薇と例えた。

 貴男は知っているか?

 黒い薔薇の花言葉。


『憎しみ』『呪い』


 私は貴男を、狂おしい程に憎しみ呪うように愛してる。


 貴男に、哀されていても。

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