第6話
「そうか。殺されたいのは貴男なのか」
額が触れる。
瞳までも触れそうな近さで、青年は囁いた。
「全てを失って……虚無に堕ちた。存在が曖昧になる」
「俺は、死にたがりに見えるのか?」
問えば、青年は顔を離し首を振って否定を示す。
「本来の貴男なら、きっともう自らを終わらせている。誇り高くある貴男なら。貴男は戸惑っている。だから、まだ。此処にいる」
ブラウローゼの視線が青年を見つめ、自身の汚れた手を汚れのない頬へと伸ばした。
「俺は、妻の枯れた死体を抱き死にたかった。だが、妻はいなかった」
妻キルシュが既に死んでいることは、ブラウローゼが覚醒した際に直ぐ様理解した。
その残り香のような気配を見つけ死体だけでもと歩いた。
だが、其処にいたのはこの青年。
「私が貴男の妻に?」
「お前は俺の妻の子だろう。妻は私と共に生きる事を選び、吸血鬼となった」
青年は目を見開いてから、目を細めた。
「母の血か。化け物と呼ばれる由縁は」
「大元は俺だ。妻は人間だった。憎いか?」
「憎い?」
「虐げられていたのだろう?」
瞬いた瞳は伏せられ、思考する。
その顔はキルシュと瓜二つだった。
「憎い、とは思わない。外は不快なものしかない。人間は醜いから……。母もそう」
「キルシュが?」
思わず反応を見せれば、青年は哀しげに微笑む。
「母は、私を産むことを憎んでいた。腹の中からの記憶はないが、声だけは覚えている。『産まれないで』『あなたなんかいらない』『私が欲しいのはあなたじゃない』『Blaurose』」
無感情に青年は向けられた言葉を紡いだ。
母にすら愛されないで生まれた孤独な自身への言葉を。
「だから、私は外は好きではない。望まれぬ私にはこの狭く暗い部屋が丁度いい」
触れていた手に青年は手を包むように重ねた。
「望まれぬ私と、望みを失った貴男。何の縁だろうか」
ぬくもりを求めるように、青年は頬に置かれた手に押し付ける。
幼子のような仕草でありながら、それはひどく悩ましげだ。
「縁か……。むしろ、運命だろう。互いに何もない」
「与えてはくれないのか?私は貴男を見た時にはもう、与えられた」
手を退かし、首筋へと顔を埋める。
猫のようなそれで甘え、囁く。
「身を焼く衝動。貴男が欲しい。美しい貴男が、狂おしいほどに」
唇から零れた言葉が闇に消える。
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