第4話

 ブラウローゼは覇気を失った雷の瞳で、ある場所を探し求めた。

 そこには残り香のような愛しき妻の気配。

「キルシュ……俺の愛しい姫」

 うわごとのように愛した妻の名を繰り返しながら、足だけが進む。

 石作りの螺旋階段。

 自然の光の入らない地下室への道。

 緩やかな足取りで、ブラウローゼは降りる。

 生きた妻に出会えぬ事を知りながら冥府へ降りる。絶望だけのオルフェウスのような気分のまま。

 降りた先。

 頑丈に作られた鉄の扉。

 鍵などあってないようなそこに手をかけた。

 開け放たれた扉。

 明かり取りの窓から月光が一筋射し込んでいた。

 そこには、人がいた。

 月光に白銀を輝かせる髪を持つ細き身体の人。

 振り返るその顔は……。

「キル……シュ……?」

 ブラウローゼの最愛の妻キルシュによく似ていた。

 キルシュによく似た人はひどく驚いた様子でブラウローゼを見つめていた。

 それは食い入るように。

 魅せられたかのように。

 だが、ブラウローゼは気付いた。

 その片目が憎き宝石と同じ瞳だと。

「お前は……」

 妻によく似た顔をし、片目に宝石を持つ。

 それの意味する答えに愕然とし、瞬く間にあの男への憎悪を生み出す。

「……貴男は……」

 擦れた声は思うよりも低く、ブラウローゼの耳を打った。

 何を言うわけでもなく、それは目を伏せた。

「血の匂い……断末魔……貴男が」

 擦れた声が紡いだ単語。

 それらの声色の低さに漸くその主が男だと気付いた。

 青年はカーテンでも纏うように白の布地を身体に引っ掛けているだけの格好。

 周りには見馴れたキャンバスや画材。

「私も……殺してくれるのか?」

 青年は薄らと微笑みを浮かべた。

 それはこの世のものとは思えぬ美しさだった。

 魅入られたようにブラウローゼは返すことは出来ず、ただ、青年を見つめ返した。

「ならば、どうか……貴男を描かせてくれ」

 青年はふわりと風に流されるように眼前に近寄る。

 憎い宝石を持つ彼は雷を覗き込む。

「貴男は……美しい。私が今まで見た、誰よりも……何よりも」

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