第3話

 二十年前。

 ヴィーダーベレブング家は人間達に突如として襲われた。

 正確な理由は不明。

 当主ブラウローゼは誰よりも先に先陣をきった。

 しかし、人間達は先に呪術師達に術を使わせてブラウローゼの魔力を相殺。身体の支配権を奪った。

 そして始まったのは殺戮。

 意識だけが鮮明に。

 されど、身体は屍の如く動かず。

 数少ない一族は訳も分からず、人間を襲う事を知らぬ狭い平和な人格者達は蹂躙されていった。

 封じられる刹那。

 雷に映ったのは、自身の名を叫ぶ愛しき妻を捕えた、宝石の瞳をした男の姿だった。



「貴様に俺の絶望が分かるものか!」

 怒号は空気を震わせ、窓硝子にひびを作らせる。

 怒れる唇が歪に引かれた。

「ふはは……。さぁ、仕舞いにしよう」

 少女を肉塊にさせた指先が男の心臓がある胸に置かれた。

 血走る瞳がブラウローゼを見つめる。

「案じるな。楽には死なせない。こうして……」

 呟くと、指先が衣服と肉を突き破る。

 蔓が赤く染まる。

 指が肉の中で蠢く。

 その指が心臓に触れた。

「このまま、生きながら心臓を出してやるも悪くない。だが、それではつまらないだろう?」

 美丈夫は美しく、そして冷徹に嗤う。

 指先が脈打つ心臓を撫でる。

 それが一際強く押し付けられた。

 すると、血に染まる手は引き抜かれた。

「東の国には薔薇にまつわる変わった伝承がある」


 ドクリ――


 男の心臓が脈打つ。

 否、それは心臓に埋め込まれた何か。

「何でも、その薔薇は人間の生き血で紅く咲くそうだ」

 急速に男の中を何かが這い回る。

 それは余す事なく伸びて行く。

 男の視界が赤く濡れた緑に覆われる。

 ブラウローゼは、嗤っていた。

「貴様の醜い血で咲かせてみせろ。Dumm Rose愚かな薔薇

 心臓を突き破り薔薇は咲き誇る。

 醜い血に濡れた薔薇。

 グシャリ、と胸に咲いた薔薇を踏み付ける。

 紅を帯びていた瞳は緩やかに紫へと戻る。

 静寂が室内を包む。

 願いは果たされた。

 けれど、その顔は達成感よりも虚無を抱いていた。

「嗚呼……大丈夫だ。今行くよ、キルシュ」

 ブラウローゼはそうか細く呟くと王座に背を向け、謁見室を後にした。

 そこには踏み潰された薔薇と男の屍以外、何もなかった。


 吸血鬼には魔眼を持つ者がいた。

 人間を虜にさせる魔性の瞳でもあり、あるはずのない幻を見せることができる。


 

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