閉鎖された記録
閉鎖された記録-③/Record-03
死んでやろう、と思った。
京極玲は優秀だった。高校での試験の成績は常にトップクラス。運動は苦手だったが、それを補って余りある学力があり、国立大学の物理学科にも現役で合格できた。勉学に励んだ日々は、彼女にとって自信と誇りの源だった。
その自信が揺らぐことも何度もあった。大学の講義は想像以上に難解で、周囲には自分以上に優れた学生が数多くいた。一年生のうちに、彼女はかつての輝かしい成績が過去のものとなりつつあることを実感した。それでも彼女は与えられた課題に真剣に取り組み、なんとか脱落することなく大学生活を乗り切った。
大学三年生のとき、彼女は生物物理学という新しい分野に出会った。生命現象を物理学の観点から探求するその試みに強い興味を抱き、翌年には生物物理学研究室に所属した。研究に没頭する日々が始まり、玲は再び自信を取り戻しつつあった。
その後、玲は博士課程までを修了後、彼女は〈
だが、現実は厳しかった。職場の競争は熾烈で、彼女は毎日プレッシャーに苛まれた。
職場では、高度な技術と知識が要求され、彼女は期待に応えようと必死だった。
私生活でも問題が生じた。母親が重い病に倒れたのだ。玲は看病と仕事の両立に苦しんだ。まだ中学生の弟の面倒も見なければならなかった。
研究に集中できない日々が続き、彼女は次第に追い詰められていった。
ある日、彼女のチームはとある重要なプロジェクトで失敗し、その責任を一部背負うことになった。上司からの叱責と同僚からの冷たい視線が、彼女の心をさらに追い詰めた。その夜、玲は自室で泣き崩れた。これ以上、自分に価値があるとは思えなかった。全てが無意味に感じられ、生きる希望を見失っていた。
(わたしは……何のために生きてきたのだろう?)
激しい波の音が、足元から
自殺の名所とも呼ばれる崖。その岩肌の上に、京極玲は立っていた。
あと一歩でも踏み出せば、彼女の身体は重力の虜となって海へと落ちていく。
玲は目を閉じ、呼吸を止め、ゆっくりと足を踏み出そうとして――
「だれ……?」
そこで止まって、踏み出すかわりに、ゆっくりと後ろを振り返った。
海からの轟音に紛れて、誰かの声が耳に届いたのだ。
振り返ると、そこに女が立っていた。
金髪の長い髪と、西洋的な顔立ち。
彼女は口元をにやり、と歪めて、
「親が悲しむわよ」
と、流暢な日本語で、先ほど聞こえた言葉を繰り返した。
「あなた、誰……?」
「親よ」と女は答えた。「まあ、貴方のではないけど」
言いながら彼女は、こちらに歩み寄ってくる。
崖際に立つ玲に逃げ場はない。
飛び降りるか、このまま立ち尽くすか。
動こうとしても、膝が震えだして止まらない。
死の恐怖なんて、数秒前には消えていたのに。
この女は、死よりも怖いのだ。
そう本能が確信していた。
「あなた、人生に疲れているようね。それは大切なことよ――星を手にするには、まず闇に身を委ねないといけないから」
そいつが目の前に立ったとき、玲は初めて気付く。
彼女の瞳の色が、左右で違っていることに。
「私の名前は、リサ・ストロングマン――」
そっと、玲の両頬に手を触れた。
優しく撫でるように。
あるいは、その表面から輪郭を探るように。
リサと名乗る女の顔が、どろりと溶けるように変形していく。
そして数秒後には――リサは、京極玲とまったく同じ姿になった。
「――そして今から、私が京極玲」
顔だけでなく、背丈も、体格も、声も。
それを見た本物の玲は、ぶるぶると肩を震わせる。
彼女は、笑っていたのだ。
「あなたが、私の代わりに生きてみなよ」
そこには恐怖と、呪縛から解放されたような清々しさが同居していた。
救世少女たちのリビルド:Red and Blue かわべり @edakura333
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