Day 03
第9話 転校生/Read
エアーホーンのけたたましい騒音によって目覚め、今日は雨宮も含めた四人で、朝食をとる。
紗香と雨宮はすでに制服に着替えていて、繚介も外出用の恰好である。
雨宮の制服には、見たことのない校章。紗香とは違う高校に通っているようだ。
今日の朝食は和食だった。
主菜に鮭の
そして、神崎の目の前にだけ、あの緑色のスムージー。
「これ、マジで何が入ってるんだ……?」
隣に座る雨宮に訊いてみる。
「それを知ったら、きっとお前は飲まなくなるよ」
「怖すぎる……。てか、普通にまずいんだけど」
「トマトジュースを混ぜると美味くなるぞ」
「本当だ……これなら普通に飲める」
雨宮明という新たな共同生活者の助言により、スムージーは難なく克服することができた。
*
私立進学校である朱鷺沢高校は、土曜日でも授業を行っている。
紗香がちょうど校舎の下駄箱前に入ったところで、
「おはよ、和泉」
とん、と背後から肩を叩いて、クラスメイトの武田咲姫が現れた。
「おはよう、武田さん」
「ん。和泉、今日も朝から来てるんだ? 最近早いね」
咲姫は無邪気に、そう訊いてくる。
紗香が朝から下校時間までちゃんと学校に通うようになったのは、最近になってからのことなのだ。
紗香は言外にその理由を問われているような気がして、
「まあ、ね……」
と口ごもってしまう。
その間にも咲姫はせっせと靴を履き替えていて、すでに教室に向かおうとしていた。
そういえば、咲姫も普段はギリギリの時間に登校してくることが多いような。
今朝はいつになく張り切っている様子なので、紗香は彼女をじっと見つめながら、今日は何か特別な行事でもあったかな、と記憶をたどっていると、その疑問に気付いてか、
「今日、転校生が来るんだってっ。職員室に寄って、先にどんな子か見に行ってやろーと思って。悪いけど、一番乗りに見に行くからっ。先行ってるねっ」
咲姫は説明だけを残して、駆け足で校舎のなかへと去っていった。
紗香は彼女の背中を見送ると、自分の靴箱を開けて――そこで、止まった。
一旦、慌てて靴箱の扉を閉めた後、周囲をきょろきょろと確認する。
ちょうど登校してきた生徒たちが過ぎ去ってから、再びゆっくりと扉を開けた。
まずは少しだけ開けた隙間から覗き込んでみて――やっぱり、ある。
まだ新品同様にまっさらな上靴の、その上に重ねられた一枚の封筒。
おそらくその中身は、手紙の類。
靴箱を経由して手紙を受け取ること自体は、初めてのことではないのだが、入っているのがこの封筒となれば、話は大きく変わってくる。
その封筒は、学校の購買で売られている由緒ある人気商品の一つでもあって。
薄茶色のクラフト紙でできたアンティーク調の封筒に、結ばれた可愛らしい細いリボン、購買職員の趣味で売られているドライフラワー。
渡せば必ず恋愛が成就すると噂の、ラブレター三点セットである。
(……嘘でしょ)
手に取った封筒には、丁寧な字で「和泉紗香様へ」と書かれていた。
*
結実が登校してきたとき、教室はどこか騒然としていた。
クラスメイトたちは口々に何かを話し続けていて、ところどころでは笑い声のうねりが生じては消える。誰もが熱を帯びた様子だが、深刻そうな雰囲気というわけでもない。
それと、紗香と咲姫が、二人とも朝から教室にいる。
これも初めてではないが、相当珍しいことだった。
そして何よりも違和感を抱いたのは、綺麗な長方形型に配置されているはずの机が、今日は窓際の隅一つ分だけ多くはみ出していること。
そこは結実の後ろにあたる座席で、そんなものは昨日まではなかった。
「なに、転校生?」
結実は自分の机に鞄を置いて、隣に座っている咲姫に訊いた。
「そ。ウチはもうこの目で見てきたよ、職員室で」
さすがは咲姫だ、と結実はほんの少しだけ感心する。
彼女は流行りものに敏感で、他人のことを詮索したがる。
頼りになることもあるけど、ちょっと面倒な部分も多い。
悪く言えば、おせっかい。
それが結実の率直な評価だった。
「で、どんな子だったの?」
「ちょっと地味すぎかもだけど、大人しそうだったよ。なんていうか、大和撫子? みたいな?」
「へー、大和撫子……」
その言葉を聞いて、脳裡に
昨日の朝にぶつかった、あの黒い和服の女性。
あの女性に対する印象も、それにかなり近いものだった。
当時の記憶を思い出していると、ふいに、教室が静かになる。
担任教師が入室して、クラスの全員が教師の言葉を待っていた。
「すでに噂に聞いているかもしれないが、転校生が来ている」
無言で廊下の方に視線をやると、教壇の真ん中から少し端へ寄る。
熱い視線を注がれるなか、堂々と現れた転校生の女の子。
彼女の名前が、黒板に大きく書かれる。
教室にはかつかつというチョークの音だけが響き、女生徒の迷いのない手の動きを、誰もが目で追いかける。
〈伊賀響子〉の文字を背後に、ついに転校生は口を開いた。
「私の名前は
そう言って、新しいクラスメイトたちに向かって
とても簡素な言葉だった。
拍子抜けしたような間があいて、すぐに拍手の嵐が起こる。
新たな仲間を歓迎するムードのなか、結実はただ啞然としていた。
真っ直ぐに下ろした長い黒髪、無感情な仏頂面。
髪型こそ昨日とは違っているが、それでも右目の下にある小さな泣きぼくろまでもが、あの日の記憶と明確に重なっていた。
伊賀響子――それがあの朝ぶつかった、不思議な女性の名前だった。
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