閉鎖された記録

閉鎖された記録-①/Record-01

――200X/08/29


 施設のなかに四季はなく、そこはいつまでも冬だった。

 温もりも色彩もない部屋。

 白い壁に囲まれた、だだっ広い空間。

 中央には透明のデスクと、二つの椅子が向き合うかたちでしつらえられている。

 少女は対面に座る老爺ろうやからわざと視線を逸らし、後ろの壁を見つめていた。

 じっと見ていると白が目にみて、具合が悪くなりそうだった。

 少女は壁面に、薄く残された血の跡を見つけた。

 老爺が口を開く。


――今日も夢の話を聞かせてくれるかな?


「昨晩も、夢はみませんでした」


――本当かい? 印象だけでも憶えていないか?


「……」


――もしかして、思い出すのが怖いのかな?


「そんなことないです。ただの夢なので」


――では、どうして話せないのかな?


「言葉にするのが、難しいです」


――できる限りでいいんだよ。分析は我々がする。


「空が――」


――空が、どうした?


「空が、ないてました」


――鳴く? それはどんな鳴き声なのかな?


「えっと、動物の鳴き声じゃなくて、人の……」


――人。それは男か? それとも女か?


「たぶん、女の人だったと思います」


――空が女性の声で、泣いていた?


「……はい。大声で叫ぶような感じで……」


――それは……何かを悲しんでいたのかな?


「いいえ、違うと思います」


――では?


「空は、悦んでいたような気がします」


――何を?


「終焉を、だと思います」

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