第2話 世界の秘密/Reconfirm

 覚醒してなお、視界は黒く塗りつぶされていた。

 椅子に座った状態で、頭に袋かなにかを被せられているようだ。

 それを外そうとするが、両手は椅子に縛り付けられている。

 数秒間、無意味に藻掻もがくだけに終わった。


「おっと、もう目が覚めたみたいね」


 少女の甲高い声がしたあと、袋が外される。

 網目のあらい黄土色のズタ袋を手に立っていたのは――昨夜出会った、あの少女だった。


和泉いずみ紗香さやか……」


「へえ、名前覚えてくれてたんだ?」


 やや挑発的な表情を目に浮かべて、驚いたように言う。

 神崎が縛られた両手を動かそうとしているのを見ると、


「ああ、それ、まだ外せないから。ちょっと話聞いてくれたら外してあげる。女子高生ひとりで気絶した成人男性を運ぶのは、けっこう大変なんだから」


 なぜか責めるようなトーンで、紗香は言った。

 神崎は大人しく抵抗をやめて、部屋を見回した。

 部屋には、全体的に黒や灰色っぽい印象があった。

 コンクリート打ちっぱなしの外壁には、視覚的にも強い圧力がある。

 ちょうどドラマや映画で見る警察の取調室のように、椅子に縛られた神崎の前には、小さな机と、それを挟んで彼と向き合うように椅子がもう一つだけある。

 机の上には、小さいスプーンの入ったティーカップが一人分だけ置かれていた。それと、皿の上にばら撒かれた可愛らしい個包装のされたチョコレート。

 紗香は神崎に向かい合う椅子に、すっと脚を組んで座った。

 神崎が机からゆっくりと視線を上げると、紗香の大きな目と噛み合った。

 紗香はチョコレートの個包装を剥がし、自分の口に放り込む。


「もしかしなくても、あなた今緊張してるわね。もっとリラックスしなきゃダメよ。あるがままの現実を受け入れるの。じゃなきゃ、腹をわって話し合えないじゃない?」


 彼女の言っていることの意味が、神崎にはよくわからなかった。

 そもそも今はどんな状況で、ここはどこで――名前は知っているが、もっと根本的な意味で――彼女は、誰なのか?

 そしていったい、何について腹をわって話し合おうというのか?


「ほーら、まだ肩に余計な力が入ってるわ」


 彼女は机に身を乗り出して、肩をぽんぽんと叩いてくる。

 当人は軽く叩いてるだけのつもりなのだろうが、感覚の研ぎ澄まされた今の神崎にはそれがやけに強い力に思えた。


「ほら、これ食べて」


 もう一つチョコレートの個包装を剥がすと、今度はそれを神崎の口に放り込んだ。

 神崎は言われるがままにそれを噛み砕き嚥下えんげした。


「どう、美味しいでしょ?」


「……」


「率直な感想でいいのよ。べつに怒んないから」


「……甘過ぎるやつは好きじゃない。安っぽいし」


 言われた通りに神崎が率直な感想を告げると、彼女は不満そうな顔でぶつぶつと「なんで分かんないかなぁ」とかなんとか呟いたあと、自分でチョコをもう一つ食べた。

 そして、ティーカップの内容物をゆっくりとすする。その間、微妙な沈黙が流れた。


「まあ、あんまり混乱させても仕方がないから初めに言っておくけど、わたしたちはあなたを助けるために来たの。これは好意なのよ」


「誘拐が、か? 目的はなんだ? 人身売買?」


「人聞きの悪い!!」


 声を張り上げて、机を叩く紗香。ティーカップが跳ね、少しだけ中身がこぼれた。

 とても気の短い少女であるようだった。

 つまり、神崎が最も苦手とするタイプ。


「混乱してるのはわかってるけど、ちゃんとぜんぶ説明するつもりよ。紅茶いる?」


 紗香はティーカップを持ち上げるが、神崎は首を振った。


「いらねえよ、そんな砂糖水。あとそれお前の飲み差しだろ」


「あっそ」 


 紗香はぷい、とそっぽ向いた。


「くだらん話はいいから、お前はなにがしたいんだよ。本題を話せよ」


「だーめ、まだ早いわ。物事には順序ってものがあるの。後悔先に立たず、よ」


「それ、微妙に意味違ってるけどな」


 指摘すると紗香は眉間にしわを寄せた。

 あまり角立てるのも良くないと思って、神崎はそれ以上は何も言わなかった。


「とにかく、あなたが完全にリラックスするまでは本題には入れないの。とげとげしてると現実をあるがままに見れなくなるから。そして心を落ち着けるには、甘いものが一番いい。どう、チョコレート食べる?」


 神崎は要らなかったが、答える余地もなく紗香は口にチョコを放り込んできた。


「さて、世間話はこれぐらいにして、本題に入りましょう。少しはリラックスできたみたいだし」


「もう入んのかよ。あんま変わんねえじゃん」


 どうも彼女に翻弄されているような気がして、神崎はリラックスできるはずもなく苛立った。が、最初の時に感じていた恐怖や緊張は確かになくなっていた。

 もしかすると、それこそが彼女の本当の目的だったのかもしれない。


「なぜここに連れてこられたのか、知りたい?」


 机に身を乗り出して訊く紗香。

 神崎は頷くこともせずに、威嚇するようにじっと彼女を睨みつけた。


「それについても、今から説明するわ。でも、少し話が長くなると思うから――」


 言いながら紗香はこれ見よがしに、机の下からゆっくりと何かを取り出した。艶消しされた黒い物体には圧倒的な存在感があり、間違いなく死の気配そのものがあった。

 は机に置かれると、大きさのわりに重量感のある音を立てた。

 無愛想に開いた砲口を神崎に向ける、マットブラックの拳銃だった。

 彼女の得意気な目を見て、神崎の背中に嫌な冷汗がつたった。 


「ちゃんと最後まで、聞いてくれる?」


 それは懇願ではなく、実質的には脅迫だった。

 神崎は無言だったが、紗香はそれを肯定と解釈したのか勝手に話し始めた。

 紅茶を一口だけ飲んで、真っ直ぐに神崎の目を見つめてくる。

 彼女は、顔から笑みを消した。


「で、まずあなたがいまここにいる理由からだけど――」


「――待て。その前に俺の質問に答えろ」


 下手に抵抗をすれば撃ち殺されるかもしれないという不安はあるにはあったが、この程度の交渉なら取り合うくらいには話が通じる相手だろうというのが、神崎の推測だった。

 それに、目の前に座っている彼女はあくまで可愛らしい少女の姿をしているので、拳銃を持っていてもなお、神崎には彼女が脅威に見えなかったのだ。まるでオモチャの武器を手にしている女の子かのように。

 紗香は、不条理な状況でも自分の言葉を強く遮ってみせた神崎の度胸を買ったのか、少し驚いたような、面白そうな顔をした。


「いいわ。答えてあげる。三つまでならね」


 白く細い指を三本立てて言う。

 彼女が予想以上に簡単に要求をんだので、神崎は少し戸惑った。


「じゃあ……質問一つ目。どうして俺の名前を知っている?」


「ああ――それについてはあまり怒らないでほしいのだけど」


「いいから、答えてくれ」


「数ヵ月間、あなたを監視していたの」


 〝怒らないでほしい〟と前置きまでしたくせに、悪びれもせずに彼女は答えた。

 道徳的・法的な問題はいまは放っておくとしても、ひとりの女の子に監視されるような心当たりは神崎にはなかった。

 依然、彼女の目的はわからない。

 考えたところで真実にはたどり着けないので、神崎は疑問をそのまま言葉に吐き出した。


「何のために?」


「それ、二つ目の質問ね。そして答えは、あなたについて調べるために」


 以上説明終わり、というような顔をする。

 質問の答えとしてはあまりにも不十分だと思った。

 神崎はれったさを覚えると同時に、彼女に対するとある疑惑が湧いた。


「お前、質問の回数浪費させるためにわざとアバウトな答え方してるよな?」


「はい、三つ目の質問ね。そして答えはお見事、その通り」


 これで最後の質問、終わり。


「三つも質問に答えてあげたんだし、わたしの要求も聞いてくれるわよね?」


 神崎は脚を開いて、明らかに不満を垂れるような態度をとった。


「要求? なんだよ?」


「あなたには、わたしたちの仲間になってもらうわ」


「――は?」


 それはあまりに唐突で、理解不能な要求だった。


「この世界の危機が、着々と迫ってきている。それを食い止めるのにはあなたの力は絶対条件なの。だから仲間になってほしい。あなたが望むと望まざるとにかかわらず、ね」


「待てって。なんで俺が」


 理解の及ばない言葉。


「昨日の夜、確信に変わったの。あなたは〝神の遺伝子〟を受け継いでいるわ」


「神の、遺伝子……?」


「いや、〝神の遺伝子〟なんてのは、少し文学的な表現かもね。もっと科学的な正式な言い方をすれば、〝CSTV-04因子〟とも呼ばれているわ」


「CS……?」


「とにかくあなたには、規格外の力が眠っているはずなのよ」


 彼女の声のトーンは低く、至って真剣な面持ちをしていた。


「なにか心当たりはないかしら? たとえば、正体不明の頭痛をわずらっていたりとか。あとは、特別な運動もしていないのに突然身体能力の向上が見られたとか。今日は眼鏡をかけていないのは、コンタクトに変えたからってわけじゃないんでしょう?」


 確かに両方とも心当たりがあった。

 昔から神崎の悩みの種であった発作。

 そしてなぜか視力が上がって眼鏡が不要になり、なぜか身体に筋肉がついていたのは、ちょうど今朝の話だ。


「超能力者――超人的な能力を使うことができる人間は、確かに実在するのよ。その能力は人によって異なる。たとえば、わたしの場合は――」


 紗香はチョコレートの包み紙をつまみあげた。

 彼女が指先にほんの少し力を込めるような仕草をすると――包み紙は赤く燃え始め、一瞬にして灰に変わった。


発火能力パイロキネシスってわけ。そしてあなたの場合は――何があったか、説明してくれる?」


 続く答えは、神崎が説明するのを促すように、見つめてくる。

 思い出されるのは、昨夜の記憶。


「発作が激しくなってきて、それで気を失いかけたら、まるでスローモーションみたいに、時間が……」


「なるほど。タキサイキア現象か」


 紗香は顎に手を当てて、聞き慣れない言葉を呟いた。


「タキサイキア?」


「そ。突発的な危険状態に陥ったときに時間が長く感じられる現象のことよ。まあ、あなたの場合肉体の運動全体が加速していたから、別物かもしれないけど。とにかく、それがあなたの持っている超能力のようね」


「それってまさか、時間を操る能力……?」


 神崎の答えに、彼女は口元を歪めた。


「そこまでの能力ではないわ。あなたの主観では時間の流れがスローになってたのかもしれないけれど。さっきも言ったでしょう。実際には、あなたが加速していたの。だからきっと高速で移動及び思考ができるとか、おそらくそんな能力でしょう」


「高速移動……」


「そう。あなたがそうであるように、超能力者は確かに実在するの。ただ、それらはすべて〈監理局〉によって巧妙に隠蔽されているけれどね」


「〈監理局〉……?」


 彼女は現実味のない言葉ばかり口にする。

 神崎は鸚鵡オウムのように繰り返すことしかできなかった。


「ええ。人類危機監理局、通称〈監理局〉。超能力者を捕まえては人体実験や兵器化に使っている、国際機関のことよ」


「そんな組織、聞いたことねえよ」


「ええ。表向きは存在しないことになっているもの」


 平然と答える紗香。


「それに人体実験って、倫理的に問題だ」


「そう。だから止めないといけない」


「どうやって?」


「わたしたちの、能力チカラで」


 とても正気だとは思えなかった。

 超能力の存在ですら信じられないというのに、国際機関が裏では悪事を働いているなんて陰謀論は、いくらなんでも妄想に決まっている。「表向きでは存在しないことになっている」という設定も、あまりに妄想症患者にとって都合が良すぎるように思えた。その上、仮に彼女の言う〈監理局〉が実在したとしても、裏から世界を操る国際機関を、たかだか十代の少女が解体できると本気で信じ込んでいるのも、はっきり言って異常だ。

 しかし神崎の疑念を無視して、紗香は話を突き進める。


「それに仲間になることで、あなたにもメリットがあるわ」


 ぴしっ、と神崎の顔を指さした。


「あなたはその強力な能力チカラに見られてしまった。きっと〈監理局〉はあなたをまで追ってくるでしょう。それはもう、執拗にね」


 脅すように、彼女は低い声で言った。


「わたしたちの家で生活することが、あなたにとっていちばん安全だわ」


 話はまったく現実味を帯びていないが、〈監理局〉云々はともかくとしても、一昨日に武装集団の襲撃に遭ったことは紛れもない事実だ。

 それに、彼女が助けてくれたこともまた事実なわけで。


「そしてわたしがリーダーを努めるチーム〈リビルダーズ〉と共に戦ってほしい。〝世界の危機〟を食い止めるために」


「そこからなんで急に、〝世界の危機〟なんてもんが出てくるんだよ?」


「……それは――ごめんなさい、わたしもよく分かっていないの」


 彼女は申し訳なさそうに、目を伏せた。


「でもあなたの協力がなければ、その時がきたときにわたしたちだけではどうすることもできない。だから、あなたには仲間になってほしい」


 机に身を乗り出して、握手を要求するように手を差し出してくる。

 その手を握りたいなどという気持ちは全くなかったが、両手を縛られているのにわざとそんな素振りをしているのだろうことに腹が立った。


「お前さあ、俺を調べるために監視してたって言ったよな」


「ええ。ちょっとした知り合いがいてね。その人に協力してもらったわ」


「じゃあさ、俺のことはどこまで調べたんだ? 名前以外に、どこまで知ってる?」


 神崎が訊いたのは単なる好奇心からだけでなく、確認の意味もあった。彼女の語る内容が妄想でないのであれば、神崎について正しい情報を持っているはずだ。

 そうでなければ――彼女は人違いをしているか、根拠のない妄想に罹患りかんしているか、だ。

 紗香は淡白な顔になった。万華鏡のようにくるくると変わる表情を持つ女の子だ。


「色々知っているわよ。父親とは生まれた頃からずっと疎遠なんでしょ?」


「ああ」


 事実だった。

 両親は神崎が生まれてすぐに離婚し、母親との二人暮らしになって以来、父親は一度も神崎の前に姿を現すことはなかった。神崎はもう、父の顔も憶えていない。

 それでも変わらず多額の仕送りだけは毎月きちんと払われ続けているので、今もどこかで生きていることだけは確かだった。


「それからはずっと母と二人暮らしで、あさがお幼稚園から光陰小学校に。そこから地元の公立中学校の森島中学に上がって、高校はなんと、わたしが現在通っている高校と同じ、朱鷺沢ときさわ高校に入学」


 ここまで完全に事実の通りだった。

 想像以上に、徹底的なリサーチが入っていたようだ。


「ていうか俺たち同じオナ高校コーなのかよ」


「何、オナコーって。下ネタ?」


「いいから、続けてくれ」


 紗香はぽかんとした表情の上から、また能面を被った。


「――しかし五年前、朱鷺沢高校に入学するも問題を起こし、一年も経たずに強制的に退学。その後に母親は精神を病んで自殺。いまは天涯孤独の労働青年ってわけね。勤め先はホテル〈ラブハイヴ〉。他にも、家族構成は――」


 彼女が得意げに話している間、神崎の表情を徐々に冷たくなっていった。

 それを見た紗香は、能面を顔に貼りつけたまま訊いた。


「どうかした?」


「いや、違うなと思って」


「え?」


「お前の調べ、間違ってるぞ。俺の母親は確かに死んでるけど、自殺なんかしてないし、高校は学費が払えないから自主的に退学しただけだ。問題なんか別に起こしてないし」


「マジですか?」


「うん、マジで」


 言った途端、紗香はなぜか表情を歪ませて、ぶるぶると震え出した。


「おい、どうした」


 そこまで激しく彼女の感情が揺すられるとは思わなかったので、神崎にまで動揺が伝染うつった。 

 ついに紗香はばたん、と椅子から立ち上がって、すっと後ろを向いて俯き出したりする。


「ちっ……あいつが……適当な仕事するから……あとでしかっておかないと……」


 そんなことを小声でぶつぶつ呟くが、動揺した神崎の耳には入らない。

 神崎は震える彼女の肩を見て、


(もしかして……泣いてる?)


 そんなことを考えた。

 こちらに落ち度など何もないはずなのに、女子高生の姿でそんなことをされると、なぜか罪悪感を覚えてしまう。


「おい、和泉いずみ


「――っぶしゅん‼」


「は?」


 くしゃみだった。


「お前、風邪引いてんの?」


「――っさいわね!」


 振り返りざまにティーカップを掴み、いきなり紅茶を引っ掛けてきた。


「ちょ、何すんだよ⁉」


「あんたを救うために大雨のなか走り回ったから、こっちは風邪気味なのよ‼」


「だからって紅茶ぶっかけるか⁉」


「それは、盗聴器対策よ‼」


 冷たい紅茶を頭から浴びたせいか、神崎は心まで冷え切ったような気がした。


「はあ……話は終わったんだろ。もうこれ外してくれよ」


 結局、彼女のリサーチは間違っていたのだ。ここにいる理由はなかった。

 神崎がうんざりしたように言うと、紗香は意外にも言われた通りにした。

 鍵を手錠にはめながら彼女が訊いてくる。


「で、どうするの? 協力してくれるのかしら」


 答えは決まっていた。


「いや、帰る」


 当然、拒否。


「そう、残念だわ。出口はあっちよ」


 自由になった神崎は立ち上がって、部屋を出ようとした。

 扉のドアノブに手をかける。


「――帰る場所なんて、まだあるのかどうか知らないけど」


 紗香の言葉を聞いて、神崎の足が、止まった。

 数分前に起きた出来事を思い出す。

 燃え上がるアパート。

 仮に家に帰りついたところで、全焼しているのは確実といえる。

 そういえば、彼女は最初になんと言っていた?


〝――だから仲間になってほしい。あなたが、ね〟


(こいつ……初めから俺に選択肢を与える気なんて……)


 神崎は紗香の狡猾ともいえる策略に呆然とした。


「あなたの協力を得られなかったのはとても惜しいわ。でも、もしあなたの家が火事になったとかで、帰る場所がないときは、ここに泊めてあげないこともないから、そのときはどうぞ、頼ってちょうだい?」


 わざとらしく言う。


「……」


 無言で、紗香の元へと戻った。


「とりあえず、これであなたの身の安全は確保されたわね」


 紗香が薄暗い取調室の扉を開くと、隙間から暖かい光が入り込んできた。

 その向こうに待ち構えていたのは――大きな洋風の部屋。

 絵に描いたような大富豪の家のリビングルームだった。

 眩暈めまいがしそうなほど高い天井には、近未来的な複雑な形状のシャンデリアが吊られ、さわやかに部屋を照らしている。

 壁際にある暖炉が、ひときわ高貴な印象を演出していた。

 居心地が置き去りにならない程度の、洒脱な空間。

 奥にはテレビとソファが置かれていて、そこには青年が一人だけ座っていた。


「〝勧誘〟は終わったか、紗香?」


「ええ」


 紗香は頷いた後神崎を見て、説明した。


「彼はわたしの兄、繚介りょうすけ。能力は未来予知プレコグニション、〈リビルダーズ〉の活動に重要な中枢となるメンバーよ」


「よろしくな、神崎」


 整った顔立ちのクールな印象の青年が言う。

 神崎は無言で応じた。

 紗香は神崎に振り向いて、両腕を大きく開く。


「ようこそ、ここが我が家――そして、今日からはあなたが生活する場所」


 こうして、奇妙な兄妹との同居生活は、唐突に始まったのだった。

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