魔王と竜人


「『竜人化ドラゴニュート』」


 その言葉と共に、俺の身体が紅蓮の炎に包まれた。

 吹き上げるドラゴンのブレスのような炎に、ヴェノシアと先輩が止まり、こちらに視線を向けた。

 炎の中から現れたのは、竜の鎧を纏った俺。

 さっきまでとは全く装いが違う俺を見て、朝陽先輩がその金色の瞳を見開く。


「すごい……なにそれ……」

『説明は後で。先輩、俺も加勢します。傷も大丈夫になったので』


 本当は今も傷は治っていないのだが、今はそんなことは言ってられない。

 幸い、竜人化した影響によるものか、痛み自体は薄れているので戦うことは出来る。


『清華は綾姫を守ってくれ。頼む』

「分かりました……私では、力になれないでしょうから」


 清華は、試行錯誤しているものの、まだ以前凛華から指摘された「火力が足りていない」という課題を克服できていない。

 そして、ヴェノシアは常時膨大な量の魔力が身体から溢れ出しており、生半可な攻撃では傷一つすらつけることができない。

 あの魔力の鎧を突破するには、それいじょうの魔力をぶつけるか、もしくは大威力の攻撃をぶつけるかしかない。

 生まれついた体質で魔力を操ることができず、大威力の攻撃手段を持っていない清華は、あのヴェノシアが常時放ち続けている魔力の鎧を突破し、傷をつけることが出来ないと判断したのだ。

 清華は護符のようなものを十枚ほど取り出すと、綾姫と自分を囲むように護符を並べた。

 そしてそのうちの一枚に手を触れると、半円球の透明なドームが清華と綾姫を包んだ。


「妹さんは私の結界で守ります。ご武運を」

『任せた』

「お兄ちゃんどうしちゃったの……? それに何この状況……?」


 色々と起こりすぎて困惑している綾姫に、俺は謝る。


『ごめんな、綾姫。絶対に守ってみせるから』


 その時、ぱちぱち、と玉座から拍手が響いてきた。


「へぇ……すごい。とんでもない魔力の塊じゃない。確かにそれなら、私の魔力も切り裂けるでしょうね」


 ヴェノシア楽しそうな表情を浮かべながら、素直に称賛する。

 そのヴェノシアを見ながら、俺は先輩の隣に並んだ。


『先輩、この状態は長くは続きません。俺が出来る限りアイツを引き付けて、魔力を削ります。だから、隙を見てアイツの弱点を探ってください』


 俺が提案した作戦はシンプルな総攻撃だった。

 ヴェノシアは首を切っても再生する。普通なら致命傷となるはずの攻撃も、ヴェノシアにとっては単純に再生できる攻撃なのだ。


 だが、ヴェノシアだって生物だ。

 だったら、なにかしら弱点があるはず。


 それに、この世界がどうやって作られているのかは検討もつかないが、あいつが作り出した世界なのだから消耗させれば自然と消えていくはず。

 長期戦は無理だ。俺の傷もあるし、綾姫を守りながら戦うこと自体、すぐに破綻する。

 なら、最適なのは全力であいつの魔力を削り切ることだ。


「分かった。それでいこう」


 先輩も俺の案に賛成する。

 すると先輩の腕輪──携行型アイテムボックスが光った。

 バチバチと帯電し、先輩の鳴神を収納する。

 素手で戦うわけじゃない。ヴェノシアと戦うために武器を切り替えているのだ。


「『鬼丸』」


 先輩が武器の名前を呼ぶ。

 すると手に現れたのは、無骨な棍棒だった。

 先輩の全長は背丈を遥かに超え、太さも木の幹のように太く、威圧感のある見た目だった。


「たとえ膨大な魔力を持っていたとしても、この『鬼丸』で、削り殺す」

「物騒ねぇ」


 先輩の言葉にヴェノシアが笑う。


「じゃあそろそろ、私も戦いましょうか」


 ヴェノシアがついに玉座から立ち上がる。


「行くよ、尊くん」

『はい』


 先輩が鬼丸を引き、俺は拳を構える。


飛行ドライブ


 まず繰り出したのは、背部の噴射口を使った接近。

 噴射口から炎が吹き出し、急加速する。

 ヴェノシアに肉薄した俺は拳を振りかぶり……心臓の位置をぶち抜いた。

 鮮血が飛び散る。


「うふっ、そんなに触れたかったの?」


 しかし心臓を潰されたのにもかかわらず、ヴェノシアは逆に上気した頬で、色っぽい笑みを作った。

 赤い鎧で覆われた拳を引き抜く。

 すぐさまヴェノシアの貫通させられた胸は再生した。


 俺は構わず首を手刀で斬り飛ばす。

 しかし首を切り飛ばした側から再生する。


「それはさっきので無駄だって分からなかったのかしら」


 ヴェノシアは呆れたようにため息をつく。


「じゃあ、今度は私の番ね」


 凶暴な笑みを浮かべたヴェノシアが、一歩俺に近づいてくる。

 なにか来る──!

 俺はとっさに飛び退こうとしたが……出来なかった。


『なっ……!?』


 まるで地面に縫い付けられてしまったかのように足が動かない。

 視線を下に向ければ、影で出来た棘の生えた蔦が、俺の足に絡みついていた。


『飛行──』


 その蔦を引きちぎろうとするも、びくともしない。

 一本一本が超高密度の魔力で形成されていいるのだ。


「棘が貫通しないなんて本当に驚いたわ。大抵の鎧は貫通してしまうのに。良いでしょう、少し本気を出してあげる」


 耳元で囁く声。

 気がつけばヴェノシアが俺の胸部に手のひらを当てていた。


『ッ!?』


 不味い……ッ!!

 そう思った時。


「!」


 ヴェノシアがその場から飛び退く。

 すると今までヴェノシアが位た位置に、棍棒が叩き込まれた。


『先輩……!』

「やっぱり、避けたね」


 先輩の棍棒を避けたヴェノシアを見て、先輩はくすりと笑う。

 っそうだ。どうしてヴェノシアは今の攻撃を避けたんだ?


 あの再生能力があれば、とんな攻撃を受けてもすぐに回復してしまうはずなのに。

「このSSレアアイテム『鬼丸』の能力はたった一つ──『周囲の魔力を吸収すること』。これを避けたってことはつまり、膨大な魔力は持ってるけど、魔力の量は無限じゃないってことだよね?」

『!』


 魔力を吸収する。

 ヴェノシアにとって天敵のような能力だ。

 その能力があればヴェノシアの魔力の鎧も通じず、あの膨大な魔力だって削り切ることができるかもしれない。


 ヴェノシアは先輩の言葉に笑みを作るだけで答えない。


「光明が見えてきたね」


 先輩が笑って棍棒を肩に担ぐ。


「さあ、私と尊くんで……削り切ろうか」

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