恋毒魔王
「私の魔界へ、ようこそ」
エリスの言葉と共に、真っ黒な世界に色が明かりが広がっていく。
そして、気がつけば目の前にはエリスの洋館のエントランスを何倍にも広くしたような、広間が広がっていた。
天井からはシャンデリアが吊るされ、蝋燭の明かりで、薄く広間が照らされていた。
俺達の視線の先、一段高くなっている所には玉座があり、そこにエリスが足を組んで座っていた。
エリスは背後にあるステンドグラスから差し込む光を受けて、微笑んでいる。
それは強者の余裕。
Sランク冒険者二人を前にしても、動じるどころか脅威とすら感じていないような笑み。
「七大魔王が一人、【恋毒魔王】、ヴェノシア・ブラッドローズがあなたがたのお相手になりましょう」
「魔王、だと……?」
何を言ってるんだ、コイツは。
荒唐無稽な話なのに、信じざるを得なかった。
エリス改め、ヴェノシアと名乗ったコイツから発される魔力が、圧が、コイツと俺が違う生物であることを本能的に知らせてくる。
「魔王ってことは、あなたが魔物たちの王なの?」
先輩が本気の時にしか使わない武器『鳴神』を構えながらヴェノシアに問いかける。
「私があんな知能の無い獣の王? 勘違いしないで。私はれっきとした魔族の頂点に立つ存在、大陸の覇者なのよ」
魔族? 大陸? 何を言っているんだ。
こいつの言っている意味は分からない。
しかし一つだけ質問しなければならないことがあった。
「何が、目的だ」
俺はヴェノシアに問いかける。
傷はまだ大丈夫だ。ポーションを打ったから、まだ持ちこたえられる。
「目的?」
玉座に座るヴェノシアが首を傾げる。
「なぜこんなことをする。どうして凛華を攫った」
「攫った? 違うわよ、私はそんな自らの意志に反するようなことはしない。あの子は自分の意志で私のもとに来たの」
「どういうことだ」
「そういう約束なの。あの子が私に身を差し出す代わりに、あなた達に手を出さないという、ね。私としてもあなた達を殺すより九尾の権能の方が欲しかったし……それに今日みたいな、あなた達の美しい感情が見れるでしょう?」
「美しい、感情……?」
俺はヴェノシアが言っている意味がわからず、眉をひそめる。
「私はね、人間の感情が大好物なの。私達魔族とは違って、人間の感情は何倍にも、美しい極彩色のように煌めいている……! だから、私は人間の生み出す感情を好いている。いいえ、愛していると言ってもいいわ」
ヴェノシアは瞳を閉じて胸の前で両手を祈るように組み、そしてバッと俺達へと突き出した。
「だから私は、その感情が揺れ動くさまがみたいの!! 愛情を、憤怒を、悲哀を、喜悦を、失望を、憎悪を……っ!!!」
両手を頬に当て、笑みを漏らす。
その狂気的な笑みに、綾姫が悲鳴を漏らした。
「ふふ、あなた達の感情は、とても美しかったわ……」
ヴェノシアは感嘆のため息を漏らす。
ヴェノシアは、今油断している。
俺は神王鍵を取り出し、『運命切断』発動しようとした。
しかし……発動しない。
「ああ、使えないでしょう。それは」
俺が何をしようとしたかを分かっているかのように、ヴェのシアがそう言った。
「あなたのそれは危険だから、先に禁止させてもらったわ」
「なん、だと……」
禁止、それはまるで……。
「その通り、九尾の権能から一つ模倣させてもらったわ」
「なんだよ、それ……」
「今は一つしか禁止できないけど、でも脅威なのはそれくらいしか無いものね」
「誰が、脅威にならないって?」
圧縮した魔力を解放した先輩が目の前に迫っていた。
先輩の姿が見えなかったのか、ヴェノシアは目を見開いていた。
日本刀がヴェノシアの頸を斬っていく。
しかし、先輩の刀がつけたのは浅い傷だけだった。
ヴェノシアの白い肌に一筋の赤い線が走り、血が一滴流れ出す。
「あらあら、せっかちね」
首に傷をつけられたヴェノシアは全く動じておらず、クスクスと笑うだけだった。
傷はすぐに塞がっていく。
先輩は、手加減したわけではない。全力の一撃だったはずだ。
あれが俺に当たれば鎧を着ていても軽く一刀両断される程度の威力はあった。
「なんで……」
「多分、魔力が濃すぎる」
俺達のところまで後退してきた先輩が答えた。
「ずっと放出してる大量の魔力で威力が殺された」
「ふふ、放出してるなんて。そんな大層なことはしてないわ。これはただ無意識のうちに出てるだけよ」
ヴェノシアが口元に手を当ててくすくすと笑う。
「嘘だろ……」
要は、先輩にならった魔力圧縮で魔法を散らす方法と一緒だ。
ヴェノシアは圧縮もせずに、ただ垂れ流している魔力で、先輩の圧縮した一撃を止めんだ。
膨大な、俺では上限すら分からないほどの魔力量。
先輩のさっきの言葉を理解する。
こいつは魔力の塊なんかじゃない、魔力そのものなんだと。
「そうだ、一つハンデを上げましょう」
ヴェノシアはポン、と手のひらを合わせる。
「一撃だけ、無抵抗で受けてあげる。まあ、攻撃を当てれたらの話だけど」
どうする、どうすればいい?
生半可な攻撃では先輩のように止められるだけだ。
俺たちの動きが固まっていると、ヴェノシアが退屈そうにため息を付いた。
「何もしてこないの? もしそうなら、私の方から先に動くけど」
「……」
ヴェノシアがそう言った瞬間、先輩が鳴神を鞘に納刀した。
一見降参したかのように見えるが、俺は知っている。
これは先輩が最強の一撃を放つときの動作だと。
鞘に入った鳴神を腰のあたりまで持ってきて、腰を落とす。
先輩の中で魔力の圧が高まっていく。
次の瞬間。
「『
雷鳴が轟いた。
鳴神の能力の一つである『
チャージタイムを必要とし、一度の電磁砲を放つために必要なチャージタイムは約三分。
しかしその分、威力は絶大。
そして先輩は今、魔力圧縮の力を刀身に乗せ、その威力は何倍にも引き上げられている。
先輩の持つ技の中でも、最強の威力を持つ技だった。
雷そのものとなった先輩が、ヴェノシアの放つ圧倒的な魔力を引き裂いて肉薄する。
一閃。先輩が刀を振り抜いた。
先輩の狙いはヴェのシアの首で、ヴェノシアは宣言通り無抵抗でそれを受けたようだった。
「あらあら」
ヴェノシアの首に一筋の切り傷が生まれ、血が溢れ出す。そしてヴェノシアの首から上と、胴体が……ずれた。
なぜかまだ余裕の笑みを浮かべているヴェノシアの首が落ち、床に転がる。
「や、やった……」
「倒した、のか……?」
清華と俺が呆然と呟く。
いや、きっとそうだ。いくらあの膨大な魔力を持っていたって、先輩の最強の一撃を受けて無事なはずがない。
そのはずだった。
「お、お兄ちゃん、あれ見て……」
綾姫が床に落ちたヴェノシアの首を指差す。
「くすくす」
首だけになったヴェノシアは……笑っていた。
「これで倒したと思ってるの? 随分と脳天気なのねぇ」
ヴェノシアの首が黒い影となってどろりと溶けたかと思うと……胴体に新しく頭から先が生えてきた。
「私は魔力そのもの。頸を断たれたくらいじゃ死なないわよ」
ピンピンしているヴェノシアがそこには座っていた。
新しく生えてきた首には傷一つ無い。
これは不味い。
先輩一人でもなんとかなるかわからない。
運命切断も封じられた俺は、さっきから視界の端に映っているウインドウに視線をやった。
そこに書かれているのは『【竜の因子】が起動されました』というアナウンス。
死の淵で、俺の身体に刻まれた竜の血が呼び起こされていたのだ。
「『
俺はスキルを発動した。
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